怪しい雲行き
「こちらです。」
生徒会長直々に案内をしてくれるのには、驚いたが、この学園の広さには改めて、驚かされた。
体育館から理事長室までは、30分も歩かされた。途中に見えた建物についてはエイリッヒが丁寧に話してくれた。
アルラは特に図書館が気に入ったようだ。あの大きさの図書館なら何万冊あるのだろうか。人間社会について、詳しく知りたいんだとか。図書館は一般人なら有料だが、ここの学生なら無料らしく、24時間やっているようだ。学生は10時までらしいが。
後は、決闘場の多さといったところだろうか。建物を見つける度に、エイリッヒが「決闘場です。」を何回リピートしたことか。
彼女いわく、この学園には貴族がたくさんいる分、派閥争いが絶えないんだとか。生徒どうしの喧嘩は決闘により、勝ったものが権利を得る。
明日からは、派閥による勧誘が激しくなるようだ。勧誘を断ると決闘により、決着をつけることもあるらしい。
どの派閥も優秀な人材をかけて決着することもしばしば。選抜みたいなものだ。
要するに、この学園は競争率がハンパないということだ。
エイリッヒに何処に所属しているのか聞いてみると……
「私は私の道を進むだけです。」
何処にも属さない、フリーらしい。なぜだろう。ものすごくかっこいい。誰よりも男らしい。女だけど……
「いつまで、ドアの前に立っているのですか?」
肝心なことを忘れていた。話がずれるのはなんとかしないといけないな。
エイリッヒは「私はこれで。」といい、何処かへ行ってしまった。
カズトは、いかにも高級なドアを開けた。
ズシリと重い感覚が伝わってくる。ここだけは、別次元みたいだ。
その奥には、椅子に腰掛けたマサトーナがいた。
「遅かったですね。」
ペンを動かしながら話しかけてくる。彼女の机には、これでもかってくらいの書類が置かれていた。
「すまない。それより……」
「どうかしましたか?」
マサトーナは私の顔に何か?といった表情をしている。
「メガネかけてるんだな。」
彼女はメガネをかけていたのだ。メガネ一つでここまで印象は変わるものだろうか。酒に酔っていた時とは違う。
典型的な才女感が出ている。恋愛より仕事的な。
「この方が、集中できるんですよ。」
目が悪いのかと思ったが、そんなことはないみたいだ。伊達眼鏡というやつだろうか。よく、頭がいいと見られたいとし、おしゃれアイテムとして使われる事が多いが、彼女の場合は、集中ができるからだそうだ。
スラスラと書いていたペンを止め、メガネを外し、本来の話しをし始めた。
「その前に一ついいですか?」
マサトーナはアルラの方へと視線を向ける。アルラ関係のことだろうか?
「アルラ殿には悪いんですが、部屋を出てくれませんか?」
どうやら、俺と2人だけで話がしたいらしい。
突然の言葉に、アルラは「なんで?」と言った。ここにいてもカズトとしては、別に問題はないのだが……
マサトーナの真剣な表情からは何か大きな問題が起こったような感じだ。それが、俺のことなのか。それともアルラなのか。
(俺ののことならまだしも、アルラに限っては本人が傷つく場合があるな……)
知らない方がいい事もある。
カズトはアルラをなんとか説得し、自由に見学するように言い聞かせた。護衛として、エイリッヒが付いてくれるとの事だ。何から何まで、王女様にやらせて気持ちがめいる。
今度、何かお礼できたらいいと思う。エイリッヒの性格なら断りそうだが、絶対に受け取らさせようと心で決めた。
マサトーナには、あまり雑用に使うなと注意しておこう。改善しなければ、禁酒させるつもりだ。
話は戻り、2人だけになった空間が妙に寂しい。
「念のために、盗聴防止用の結界を張っておきます。」
部屋一帯が、緑色の世界に変わる。この部屋は防音性が高いはずだが、もしものためにと、思ったのだろう。
それ程、やばい話ということだろう。
カズトはソファーに座り、マサトーナと面が合う。
その静かさは。太陽のような存在が、今は裏で輝く月のようだ。
暗殺者。その言葉が一番似合うかもしれない。
昔の俺みたいな感じで、なぜだから安心する自分がいる。
(俺は俺を捨てたはずなんだが……)
「この事は他言無用ですよ。」
まるで、何トンもの隕石がのしかかるような言葉だ。流石の俺も深呼吸をし、乱れを防ぐ。
「アルラの存在が、教会に知れ渡りました。」
「……っ! 早いな。」
教会。それは、何処の国にも尽くさない。政治に関与しない。一つの独立国家ぐらいの勢力を持つ団体だ。
奴らは、精霊を物として使う国家と長い対立を繰り返してきた。
精霊は神々の使い。だから人が容易く触れていいものではない。元の世界へ帰そう。それが彼らの考えだ。
この話をすると、教会の方が偉いと思うだろう。だが、この世界の闇に関わってきたカズトならこの事が如何に重大なのかすぐわかる。
なんせ、奴らは……
「数えきれない程の精霊を殺している……詳しくは知りませんが、有力な証拠がいくつも発見されています。」
表面は、精霊を偶像崇拝する組織。だが、裏面は精霊を殺し、その力を手に入れるためだ。
信者のほとんどは、洗脳されている。協会の幹部から「私達がやっているのは、解放です。殺しではありません。」などとふざけた事をほのめかし、信者に精霊を殺させる。
自分は手を汚さないのだから、精霊殺しの罪には問われない。
だが、詳しい事は分からない。力を奪う事は分かっているが、それを何に利用するのか分からない。
精霊と人間を合成させた強化人間を作ろうとしているのか、何かを目覚めさせようとしてるのか。その点に関しては、分からない。
宗教の弾圧は許されないのだから。
「恐らく、この学園にも生徒として紛れ込んでるでしょう。教師になるには、いろんな事を調べられますから。」
「成る程。それで、アルラを見つけたと?」
「はい。恐らく。」
アルラは風の精霊王の娘。恐らく、とてつもない力を持っている。それにあやかりたくなるのも無理はない。
アルラは純粋故に、騙されやすい。恐らく喜んで力を貸すだろう。
力を吸い尽くされて、挙げ句の果てには殺される。
そんな事はあってたまるものか。
俺の手からは血管が浮き出ている。
とてつもないくらいの闘気が溢れ出し、部屋が揺れ、結界にヒビが入る音がする。
あのマサトーナでさえ、カズトの闘気に鳥肌が立っていた。普通なら、気絶してもおかしくはない。気を保っているだけでも凄いことだ。
流石は神々の光刃団長。
このままでは話が進まないので、深呼吸をし、気を落ち着かせる。
「すまない。続けてくれ。」
(いつぶりだろうか。俺がこんなキレたのは……)
「はい。私達は全力を尽くして、アルラ殿を守ります。この学園の生徒ですから。」
「そうか……」
事によっては、カズトでも出来ない。その時はマサトーナに頼むしかない。精霊と言わないところだと、アルラを生徒として認めているようだ。
この学園の教師達なら、本気を出せば、教会のんて五分で壊滅させるはずだ。マサトーナがいる限り、下手のことは出来ないはずだ。
今いる、この世界でマサトーナに勝てる人間を知るものはいないだろう。表上のナンバーワンの実力者だ。
(可能性があるとしたら……俺か……もしくは……)
いや、それはありえない。絶対にありえないのだ。
ここまでは良かった。大丈夫だからだ。
だが、マサトーナが次に持ち出したのが問題だった。
「教会は、あなたの事も嗅ぎつけてみたいです。」
「………」
カズトは沈黙をせざるを得なかった。
カズトの過去を知るものは、ほとんどいない。だが、カズトは幼い頃にほんの少しだが、教会へ入り込んだ経験がある。
今は亡き、アサルディー帝王の命令で教会で諜報活動をしていた。いわゆるスパイみたいなものだ。
そこでカズトは、教会の幹部に気に入られ、真実を知る権利を得た。
だが、あちらも俺の存在に気付いており、真実を知った途端に攻撃をしてきた。
その時に謎の力が働き、カズトは拘束され、気絶した。気絶している時に、向こうはカズトの人体を隈なく調べ、自分の正体を知られてしまったのだ。
研究者らは、カズトの力を全部吸い取るつもりだった。その間に、力を解放し、拘束していた機械を吹っ飛ばした。
無論、そこにいた研究者は全員殺した。
その時の資料も施設ごと燃やしたが、どこかに残ってるかもしれない。それを見つけられ、公表されたら……
全世界が敵となる。




