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『人のいない戦争』  作者: 電子
第1章『入社』
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第四話『形だけのお仕事』

 彼らの会議というものは、大見が想像しているものとは遥かにかけ離れたものだった。


 もっと皆が一列に席に着き、全員に議題が配られ討論するというのが大見の想像していた会議であったが、これは言うなれば女子のお茶会といった類だろう。


 神崎や睦合はどんどんとお菓子の袋を開けている。


「自己紹介含むとはいえ、一応会議ですよね。こんな適当でいいんですか……。なんで大体お菓子が広げられてるんですか」


大見が栗尾に尋ねる。


「そんな真面目にしなくていいですって。こんなオプションパーツ企画会議なんて5分くらいで書いてテキトーに提出しとけばいいんですよ。それより、班員紹介早く始めちゃいましょう」


栗尾が紙をピラピラたなびかせながら言った。


「あ、あのー。その前に栗尾さん。敬語はやめてください。僕は貴方より階級とやらは上のようですが、仕事に関しては全くのど素人ですから」


大見は申し訳なさそうに言った。


すると横から神崎が身を乗り出してきた。


「ほう。いい心構えだな。クソガキ。じゃあタメ口ってことで。ていうか元からそのつもりだがな」


神崎が笑いながら早速タメ口で話してくる。


「あんたに行ったんじゃないわよ神崎。あんたは敬語使いなさい!」


栗尾が神崎に言った。


「いや、別にいいですって……」


大見は栗尾を諌める。


すると栗尾は大きくため息をついた。


「はー。……正直それはそれでやりづらいんだけどなぁ。まああなたがそういうなら……タメ口ってことで、いきます……か」


確かに栗尾たちもやり辛いってのはあるのかもしれない。


上司で後輩で年下でタメ口。よくわからなくなる。


素直に敬語のままにおくべきだったかと大見も思ったが、副班長なんて命令を下すことは少ないだろうし、そんな上司面したくもなかった。


「皆さんもそれでお願いします」


大見は深々と頭をさげる。


大見があまりにも礼儀正しく頭を下げたものだから、神崎を除くほとんどの班員は、つられて大見にお辞儀した。


 栗尾は大見が顔を上げるのを見計らって、中央にからホワイトボードの前に立った。


「……さて! じゃあ自己紹介いきましょう! じゃあとりあえず私からかな。栗尾美沙二十六歳 階級は技術査部長! 独身です! 以上!」


にこやかに栗尾は短く自己紹介した。

 あまりにも短すぎる。そんな情報は名簿みれば確認できる。と大見は突っ込みたかったがやめておいた。


「ギャハハ。それで終わりかよ!」


神崎が高らかに笑う。


栗尾は赤らめながら神崎を睨みつけた。


「うるせー! こんな場所で自己紹介するのなれてないの! じゃああんたがお手本の自己紹介とやらを見せなさい」


「神崎皇。二十六歳。階級は技術査部長。好きな食べ物はカレーとチーズだ。チーズが好きっていうのは別にチーズを使った料理だけが好きなわけじゃなく、チーズ単体も普通に好きだ。大見。それを踏まえて毎日この俺にチーズを貢げ」


神崎は自信満々に言った。


「結局食べ物が追加されただけじゃないの……。それに後輩、しかも上司の人間にエサを要求してるし。大見くんはこいつに餌あげちゃダメよ。つけあがるから。じゃあ次、むっちゃん」


栗尾は頭を抱えながら言った。


神崎の隣に座っていた睦合を指差した。


「睦合真弓です! 技術査で二十歳! 好きなものはお金で、嫌いなものは金髪です! よろしくねっ! 大見くん」


やけに明るく社交的だと思ったが、好きなものお金。


おまけに身につけている衣服もよくみたらブランド物だらけだ。こういうのに疎い大見でさえわかるほど着飾ってるこの女性は、とてつもなく俗物的な印象を大見は受けた。


 すると横で神崎が睦合を指差して言った。


「おいむっちゃん! この前金髪好きだって言ってたじゃん! だから俺茶髪から金髪にしたのに!」


神崎が自分の髪を指差して睦合に尋ねる。


「まぁ私の嫌いな色は神崎さんの髪色とリンクされてますからね。いくら神崎さんが髪を染め直そうが、染め直した瞬間に私の嫌いな色は更新されるようになっていますから」


睦合は先ほどの笑顔と全く違う全くの真顔で神崎を冷徹に突き放した。


「それもう俺が嫌いって言えばよくね?! いやよくないけど」


神崎がツッコミを入れる。だが睦合は無視。

栗尾はそんなやり取りに頭をかきながら、隣に座っていた男に視線をずらした。


「次はじゃあ森口さん」


栗尾がとなりの中年の男を手で示す。


森口は席から立つと一礼した。大見もお辞儀を返す。


「森口誠。41歳。技術査部長だ。好きなものはラーメンかな。息子が君の二つ上だ。よろしく。そしてようこそ大見君」


そういうと森口は着席した。


大見は森口の息子が自分とほとんど同じ歳とは驚いた。


「よしじゃあ次、佐伯」


栗尾が大人しそうなおかっぱ頭を指差した。


少し茶色がかったオカッパ髪は、完全に鼻元まで綺麗に隠している。


 素顔は口元以外全く見えない。おかっぱ頭で目が完全に隠れている。


こいつはどうやって周りを見ているのかというレベルで綺麗に遮断されているもんだから、大見はとても素顔が気になった。


 彼は静かに経つと、小さな声でつぶやいた。


「佐伯翔。十九歳。技術査。特技無し。趣味無し」


佐伯は早口のようにそう言うと、すぐに席に座ってしまった。


声が幼い。引きこもりは声や顔が幼いというが彼もそういう類だろうか。


 身長は大見とそんなに変わらないし、十九歳でコレだとこれ以上は成長は望めないのではないか、と大見は思った。


「えーっと最後、座繰」


栗尾が言った。すると、彼はゆっくりと立ち上がり一礼した。


「座繰流今。変わってる名前だから気をつけてください。流今は『流れる今』ってかきます。十九歳。技術査。陸上自衛隊からの出向。趣味は筋トレです」


爽やかそうな好青年の座繰が言った。


「え? 出向?」


大見が栗尾に尋ねた。


「ああ。一応陸自も最近になって遠隔戦闘部隊を作ろうとはしてるみたい。座繰みたいに陸自からきてるやつも何人かいるわよ。いずれ部隊ができたら逆にあたし達がそっちに転籍になったりして……。なんちゃってね」


栗尾が言った。


なるほどそういう人もいるのかと大見は感心した。


「じゃあ最後に、大見くんから何か一言」


大見は栗尾からいきなり振られ、体がビクついた。焦りつつ席を立つ。


「えっと……。大見です。若輩者ですが宜しくお願いします。早く皆さんのお役に立てるように頑張ります。趣味はゲームです」


「やっぱモヤシ君だなぁ。佐伯と同じタイプか」


神崎がちゃかす。


それを聞いた佐伯はボソッと口を開いた。


「大見副班長は、僕とは操縦スキルレベルが違います。私ごときと比較されては大見副班長に失礼ですよ」


佐伯は言った。


「何言ってやがる。お前も十分化け物だろーが」


神崎がため息をつく。


「え? 佐伯さんはそんなすごいんですか?」

大見が尋ねる。


「こいつはこの麻生電機にハッキング仕掛けたバカ。結局書類送検されたけどそのあと、こいつも半分スカウトでここに入ったんだよ。だからこいつもまぁオマエみたいなもんだ」


「へぇ。凄いんですねえ。僕はそっち方面はさっぱりです。どうかよろしくお願いします」


大見は握手を求める。だが佐伯はそれに応じようともせず、「よろしく」と短い返事を返したあと、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。


「まだ馴染んでない人にはいつもあの子はああいう態度だから気にしないで。まあ馴染んでてもそんな馴れ馴れしくしない子だから」


栗尾が大見の肩をたたく。


「は、はぁ」


「じゃあそろそろお仕事の方の企画書でも書きますか。あと二時間あるし、終わるでしょ」


栗尾が笑う。


もっと企画書って何日もかけて書くものじゃないのかと大見は疑問に思ったが、ここで変に突っ込んでしまってはせっかく進行の代役を務めてくれた栗尾に悪いと思い、黙っておいた。


普段の表向きの業務がどのようなものかも知っておきたいという念もあるので、ここではひたすら口を出さず流れの観察に徹することにした。


 大見はそれよりも佐伯がいなくなったのに始めてしまっていいのかと、栗尾に尋ねた。


「佐伯さんは?」


「いいのいいのほっときなさい。あの子はこういうの嫌いだから、さ」


栗尾は仕方のなさそうな顔で佐伯が出て行ったドアを見つめていた。


こういうの嫌いって、仕事にやるやらないとかあるんだ、と呆れた。

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