第二話『バーチャルとリアル』
大見は、地下にある大きな部屋の扉の前に連れてこられた。
大見がドアの上には、『実習室』という文字が刻まれている。
栗尾がドア前の認証パネルにカードをかざすと、ロックが外れ、ドアが開いた。
部屋の中にはパソコンがずらりと100台以上並んでいる。
朝っぱらのこんな時間だからか、部屋には大見たちの他には二、三人がポツポツと座っているだけだった。
栗尾はゆっくりと部屋を見渡すと、大見を連れ、隅の席の方に向かっていった。
「ここら辺でいいかな。今はみんな業務中だしここもスカスカね」
栗尾はゆっくりと空き椅子に座る。
「君もここ座って」
「失礼します」
栗尾に促され、栗尾の隣に大見も着席する。
栗尾は足を組みながら何かファイルをパラパラとめくっている。
おそらくマニュアルかなんかだろうか。
大見はそんな栗尾に目線を泳がせた。
なにしろ、栗尾はやや褐色肌のハーフのような顔つきでかなり整っている。
しかも背が高く、さっき一緒に歩いた限りでは175センチほどはあったと思う。
そこらへんの男よりはでかいのではないだろうか。
しばらくすると、ようやく読み終えたのか栗尾が面をあげた。
「あ、えっと……自己紹介がまだだった……。大見くんね? 私は栗尾美沙。階級は技術査部長。栗尾でいいわ」
栗尾は気さくに握手を求めた。
爪は軽いマニキュアが施してある。
大見は拍手などなれないものだから、少し緊張した。
「へ、へえ。部長さん……なんですね。直々の指導ありがとうございます」
大見はそう言って握手に応じた。
「いやいや私は部長じゃないって……。この『部長』はそう言う意味の部長じゃないの。ていうか研修で教わったでしょ? 開発部の階級と命令系統くらいは」
栗尾はやや呆れ口調で言った。
「僕、中途だから研修やってないんです。天野さんも「君は特別入社だから」って……。一応軽い説明は受けたんですけど……何しろ入社した時期が時期だったものですから」
すると栗尾は驚いたような怪訝な顔をして一瞬フリーズした。
「……んん? 特別入社? うちにそんなの合ったっけ……。まって。わけがわからなくなってきた。そもそもあなた何歳なの? みたところかなり若いけど」
「十六です」
「は?! 高校は?!」
「この会社入ることになったので辞めました」
「……こ、高校中退か。そして何もまだ教わってないと……。何があったか知らないけどこれはかなりめんどくさいわ」
栗尾はそう言って腕時計で時計を確認する。
さっさと終わるもんだと思っていたのか、そのあとマニュアルをまた開きながら少し考えに耽り、しばらく沈黙が続いた。
気まずい雰囲気が流れる。
大見なりになんとか打破しようと、大見は口を動かす。
「あ、あのー栗尾さん。その前に質問なんですが……この会社、こんなことやってて大丈夫なんですか? 聞いた限り犯罪スレスレ……っていうか犯罪じゃ……」
大見は訊ねた。
「え? あー大丈夫よ。……いや人によって解釈が違うかも。法律では認められてはいないけど、ここは『日本政府公認』。ひいては国連からの要請によって動いてるから。経費も秘密裏に国から出てる。厳密には憲法上違法なのは確かだけど、政府からの命令で動いてるからねぇ。私はOKだと思ってるわ」
「へ、へぇ。初めて知りました」
唐突にぴょんぴょんとすごい話が飛び込んでくる。
大見は現実味がなさすぎて驚くことさえせず、いたって普通の受けごたえをしてしまった。
そして栗尾は続ける。
「麻生電機だけじゃない。中国のランドマーク社、アメリカのクローンデジタライズ社……世界の名だたる防衛産業に関係する会社はどこもこんな感じ。つってもあっちはそもそも合法だから日本みたいにコソコソやってないけどね」
栗尾が足を組みつつ言った。
短いスカートに視線誘導されつつ、大見は答える。
「それ……世界の裏って感じですね。日本国民はほとんど知らないですよ」
大見が少し笑いながら言った。
「いやいや……そんな陰謀論チックなもんでもないわよ。多分……ね」
栗尾は頬杖をついた。
それにしても、日本では表向きはこういう傭兵じみたことは法で認められていない。
この時になってようやく大見は少し疑問に思った。
幾ら国が認めているとはいえ、これが公になればただでは済まない。情報統制も大変だろう。
一体どのくらいの間、このことを国民にひた隠してきたのだろうか。そしてその秘密を自分みたいな高校生ぐらいの子供に教えていいものなのだろうか。
「大見くん?」
栗尾がぼーっとした大見に問いかける。
大見は慌てて取り繕うようなふりをして、また質問した。
「あ、すいません。えっと……つまり、世界中の会社が結託してテロリストやそういう紛争を解決しようとしているわけですか?」
「ま、大まかにはそんな感じよ。本来なら軍が動くべきだけど、まぁロボットだったら傷つかないし、味方への人的被害も少ないって理由から世界中でロボット戦闘が採用されたって流れかな。そんで会社に委託するようになったの」
栗尾が言った。
大見も確かに遠隔戦闘兵器を使いこなすには時間がかかるという話はちらほら耳にしていた。
だが、だからと言ってわざわざコソコソ法人が行うメリットがそこまであるのか大見には理解できなかった。
「まぁウチのZEROの取り扱い的概要は置いといて今度は『この会社』の話をしようと思う。この第一開発部は兵器開発がメイン。つまりさっきも言った防衛産業分野ね。それに加えてこの部署が要請を受けて『鎮圧業務や災害復興業務』を行う部署ってこと。で、第一開発部は普通の社内構造とは少し違ってて、課長係長とかは一応あるけど、実質的には階級で階層化されてる」
「階級……。さっきの技術査なんとかっていう奴ですか?」
「そうよ。この階級は元ネタは警察階級に準じて作られた。軍隊のようにしようという案も出たらしいけどね。ま、どうでもいい話」
「警察階級ってのは警部とかですか?」
「そう。例えば、私なら技術査部長だから巡査部長相当。あと天野さんなら技術部だから、警部ね」
栗尾が言った。
聞いてみた感じややこしいことこの上ない。
大見はこの時警察階級すら知らなかったものだから、警部がどのくらい偉いのかわからなかった。
ただ、栗尾もこの『新人研修もどき』を早く終わらせたがってる様子だったので、とりあえず詳しくは聞かなかった。
こういうどうでもいいことは後で調べればいい。
「わかりました」
大見は短く答えた。
栗尾は他に質問はあるかどうかも聞かないまま、ファイルのページを何枚かめくった。
「えーっと。じゃあ、そろそろ実戦についてお話しするわ。電源つけて」
大見は目の前のパソコンの電源を入れた。見かけはデスクトップ上のパソコンだが、複雑な操作をシミュレートするのにクラウドコンピューティング化あるいは中央処理コンピュータに処理を集めているだろう。
なんにせよ、このパソコンはただの子機にすぎない。
「さて。ZEROは文字通り遠隔操作型兵器よ。なんでこんなバランス悪い人型にしたのかって散々言われてるんだけど、これは多様的なミッションに挑むため、あとは現地の人間に機械っぽさで恐怖心を煽らないためだと言われてる。ま、ZEROは顔がのっぺらぼうだから普通に怖いけど」
栗尾はそう言うとキーボードを少し操作した。
すぐに画面にステージ選択が表示され、『city』という一番上のタブをクリックすると、鮮明な市街地が映し出された。
シミュレーションとはいえこれはほとんどリアル映像に近い。
何が現実でなにがバーチャルかわからなくなるほどだ。
画面右下には残弾と武器切り替えのマークがついていて、右上はマップ、それと「0.2451s」という数字が表示されていた。栗尾はその数字を指差す。
「ZEROの基本的な操作は仕事をやりながら慣れるとして、いま覚えてもらいたいのは一つだけ。『通信速度』よ」
つまり、この数値は、信号の遅延の秒数を示しているのだろう。約0.25秒遅れているということだ。
「つまりラグ……ってことですか」
大見が小さく変動する数値をながめて言った。数値はだいたい0.25秒弱あたりをうろうろしている。
「そう。衛星を介しての通信だから、日本から離れたところほどラグが生じるわ。特にアフリカとかは反対側だからね。環境によっては二、三秒のズレなんてのはザラよ。アフリカの場合は衛星を二つ使って中継通信するからなおさらね。だから本来ならその地域に近い法人が担当するのが普通。例えばアフリカ大陸だと南アフリカ共和国のサプロン工業合同軍事かエジプトのアブールエレクトロニクスね」
つまり、全ての地域を各国の法人でカバーしているということだろう。
日本、そしてアジアはこの麻生電機が担当するというわけだ。
「あれ、でもさっきのブルンジ? は日本の麻生電機が担当したわけですよね?」
確かに先ほどはアフリカだったはずだが、と大見は疑問に思い、栗尾に問う。
「……今回は半分、通信遅延が大きい遠隔地戦闘のZEROの実戦テストも兼ねてたからね。『お試ししたいから』って譲ってもらったってのが実際のところ」
ひどく現実的な答えが栗尾から返される。つまり、さきほど神崎たち班員たちに殺されたテロリストたちは、テロリストではあるものの、実験台にされたと言っても過言ではない。
ぼんやりとした嫌な感じが大見を包み込む。
「実戦テスト……か」
大見は小さくため息をつくとコントローラーを強く握る。
「じゃあ、狙撃してみなよ。一応通信遅延レベルはアフリカぐらいにしてみるから、実際に遅延を体験してみて」
栗尾が何やらキーボードを操作して設定を変更する。
即座に先ほどの0.25秒が一気に1秒後半あたりまで跳ね上がった。
画面には人型の敵のようなものが表示される。スコープの十字に敵が重なったのを見て大見はボタンを押す。
すると、しばらくして弾が発射されるが、すでに敵は標準から離脱していた。
「うわ当たらない」
大見が呟く。
「当たんないでしょ? まぁオート照準があると多少マシにはなるんだけどね」
栗尾が言った。
「それより栗尾さん。もう少し近づけば……遠すぎてさすがにやりづらいです」
大見がコントローラーのスティックを前に倒した。
「いやいや、近づいちゃダメよ」
「え?」
咄嗟の制止に大見は一瞬戸惑う。栗尾は髪をくるくるいじりながら言った。
「対人でも、対遠隔兵器でも、常に距離をとりながら戦うのが遠隔兵器戦闘の鉄則よ。なぜなら、いくら高スペックのZEROでも、格闘戦とか近接戦闘に持ち込まれたらかなり不利になるわ。さっき言った通信の遅延のせいでね。だから、遅延が大きい場合は中距離〜長距離を維持することが求められる。相手が迫れば退がり、相手が引けば適切な距離まで迫る。このギリギリの距離感を保つことが大事よ」
「……やってみます」
大見は再びコントローラーを握ると、敵との距離をとりつつ行動してみた。
右上の画面には、おそらくロックオンした相手との相対距離が表示されている。40mと書かれている。
まあまあの距離だろうか。
大見が様々試行錯誤していると、栗尾はようやく終わったという感じで立ち上がった。
「ふーっ。じゃああとは自分で練習しておくこと。私は部屋に戻るわ。一応操作モードには三種類あるけどオートマティックモードで操作しなさい。歩きなんかはスティック1を倒すだけで自由に動けるわ。もちろん細かい動きはできないけどね」
栗尾はそういうと部屋を後にした。




