表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/57

拍手お礼小話 三



本編の続きは気長にお待ちください。申し訳ございません。



 



【孝太の観察記録1】


 昼前、麦茶片手にもうひと頑張り勉強……いや、勉強は飽きたし筋トレでもするか、とか思いながら居間を抜けようとしたら、縁側に白金の頭を発見した。アッシュだ。

 一人は暇だし、どうせならアッシュに付き合ってもらおうと思って近づいた。

 アッシュはマジですごい。ガチムチじゃないけど腹筋とかバッキバキだし、体力もあって俺の筋トレと同じメニューじゃ息も切れない。俺が今までやってた筋トレが子供騙しだってわかる。まあ俺は確かに子供なので、まだメニューは変えるつもりはないけどな。逃げてなんかないぞ!

 アッシュ目掛けて歩き出した俺だけど、数歩もしないうちに、大きな背中の端からチラチラと黒髪が見えて、思わず足を止めた。


 ――あれ、姉ちゃんじゃね?


 なんとなく、ホントなんとなく、息を殺してそっと二人の死角に隠れてみる。

 こそりと覗いたら、姉ちゃんが唇を尖らせながらアシュールの足を抱え込んでいた。


 ……なんか変な事してるわけじゃない、よな?


 少し不安になりつつ暫く眺めていたら、姉ちゃんがいきなり抱えていたアッシュの足をペイッと捨てた。立ち上がる姉ちゃんの手には……爪切り?


「今回だけだからねッ!!」


 とか叫ぶ声が聞こえて、姉ちゃんはドスドスと足音荒く何処かへ消えた。こっち来なくてよかった。

 怒れる後姿を見送り、アッシュに視線を戻すと、縁側に残されたアッシュは満足そうに手足の先を眺めていた。

 その横顔が妙に煌いているように見えたんだけど……俺の気のせいか?


 ……。


 俺、思うんだけど。


 姉ちゃんって、――「ツンデレ」なの?





【異世界人の爪切り事情】


 そろそろお昼ご飯だし、縁側で用意が出来るのを待ってようかなあ、なんて思って行ったら、既に先客がいた。

 アシュールが大きな背中を丸めて何かをやっている。

 私はこっそり近寄って、そっと後ろから覗き込んだ。そして覗いた瞬間、ギョッとした。


「アシュール何やってんのッ!?」


 きょとんとこちらを見上げるヤツの正気を疑う。

 アシュールの手には何故かペンチ。そしてそれを足の指先に当てていたんだ。ペンチを!


 ――おいおい指ねじ切る気!? 私の聖域でスプラッタは勘弁!!


 私は憩いの場が血まみれにされることを想像してしまい、慌ててペンチを取り上げる。

 「危ないでしょ!」って言ったら、アシュールはことりと首を傾げた。……妙なキラキラを振りまくのはやめなさい。お前は蝶々か。周りに飛び散るのは燐粉ですよ、ってか! 迷惑以外の何物でもないな!

 アシュールは眉を吊り上げる私をじっと見て、何かを思いついたように一つ頷いてから、左手の指先を丸めてこちらに向けた。それから右手の人差し指でとんとんと爪の部分を叩く。


「…………」

「…………」


 はあ、つまりアレか、爪を切ろうとしてたと?


 ……。


 いや危なすぎるだろ! ペンチとか、チョイスが! せめてハサミにしようよ!? いやハサミも十分危ないけどねっ!?


 もしかしたらアシュールの世界の爪切り道具がペンチに似てたのかもしれないけど……、っていうか階段下の物置の工具箱のさらに奥に入ってたヤツじゃないコレ。よく見つけたな……。

 私はいつの間にか家の中を熟知されていることに軽い寒気を覚えつつ、“何か問題でもあるのか?”とでも言いたげな顔をしてるアシュールをちらりと見た。特大の溜息が出るのを止められない。

 問題大有りだっつーの。

 私はアシュールにちょっと待っててと言いおいて、居間の棚に仕舞ってあった爪切りを手にして戻った。


「こっちの世界で爪を切る道具はこれだから」


 そう言って爪切りを振ってみせる。アシュールは「ああ、それか」とばかりにこっくりと頷いた。

 見た目が似てたかもしれなくても、一応は誰かに聞いてみなさいよね、まったく。

 大体、今も頷いたのはいいけど、使い方なんて当然わからないんだろうね。

 ……面倒だな。お母さんでも呼んで来ようか。

 迷う私の手をアシュールが取った。

 見本を見せろとばかりに指先と爪切りを近づけられる。

 一瞬考えたけど、まあ、それくらいならいっか、と思って私はアシュールが敷いた新聞紙の前に座った。




 パチリパチリと小気味いい音をさせながら適当に伸びていた部分を切って見せてから、爪切りをアシュールに渡す。

 アシュールは納得したとばかりに何度か頷いて、躊躇なく爪切りを受け取った。


「…………」

「……?」

「…………」

「……!」


 おいこらそこの不器用!


 私は心の中で激しく突っ込んだ。


 そもそも、爪を挟めてすらいないじゃないか!


 わざとか!? ハイスペックシンデレラの癖にわざとなのか!!?


 思わず胡乱な目で見てしまったけど、アシュールが妙に真剣なので何も言えなかった。

 ……箸を使うのには直ぐに慣れたくせに、爪切りは駄目ってどんな?

 そう思ってる間にも、つるりつるりと爪切りはアシュールの爪を滑っていく。危なっかしいことこの上ない。


 ……仕方ないなあ!


「かして!」


 私は半ば怒鳴るように言って、アシュールの手から爪切りを奪った。

 何で私がこんなことを……、と若干憤りつつも、アシュールの大きな手を取って爪切りに取り掛かった。


「…………」

「…………」


 皮膚を挟んじゃわないように注意しながら黙々と爪を切っていると、ちょっとだけ面白くなってくる。

 そういえば私、細かい作業って案外好きなんだよね。元カレは駄目人間だったから、よく耳かきも爪切りもしてあげてたんだった。

 ついでにヤスリも掛けて両の指先が綺麗になると、今度はアシュールの足を引っ張り出す。最初は足の爪を切ろうとしていたみたいだから、主に切りたかったのはこっちなんだろう。

 これまた大きなアシュールの足を膝に乗せ、硬い爪を少しずつ削るようにして切って行く。本当はお風呂に入った後が切りやすいんだけど。

 片方が終わって、もう片方。親指から順番に、薬指まで達したときだった。


「…………」

「――っ!」


 なんか視線を感じるなー、と思って顔を上げたら、にこにこ……いや、ニヤニヤしながらアシュールがこちらを眺めていた。しかも、私が抱えているのとは逆の足を立てて、その膝に肘を付いて頬杖をつきながら。


 ……。


 何様!!? というか私こそ何を楽しんじゃってんの!!?


 現状に立ち返った私は、慌てて残りを切り終わると、ガンッとアシュールの足を投げ捨て、爪切りをヤツに突きつけながら言い放った。


「今回だけだからねッ!!」


 二度と私に爪など切らせるんじゃねぇ!! という気持ちを込めて睨みつけ、足音荒くその場を立ち去ったのだった。

 アシュールの世話に楽しさを見い出してしまった自分を撲滅したい!






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。






↑更新応援してくださる方、お気軽にポチッとお願いします。



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ