三十九夏 おおきなかぶ
「ちょっと壱樹、何言ってるの!?」
私は慌てて壱樹に詰め寄る。
アシュールをおばさんの婿にする? ……意味がわからない!
“光物が好き”とか、何でそこからアシュールが――ってアシュールを振り返ると、アシュールは絶句しているような顔で、縁側からの光を反射していた。……白金の髪が。
――なるほど。
確かに、光ってる。ある意味、光物ではあるな。
目だって、夏の強い日差しが当ると、角度によっては鮮やかな青が差して宝石みたいに見えることがある。日本人には絶対にありえない色だ。
あ、あと笑うと無駄にキラキラしてるよね。誰かエフェクトかけてるんじゃないか、ってくらいだしね、下手すると笑った瞬間に“しゃららん”とか効果音まで聞こえそうだからね。誰得?
ん? でも壱樹はまだアシュールの無駄キラ笑顔は見てなかったっけ。
ってことは壱樹の“光物発言”はやっぱり髪の毛の話?
…………。
ああもう、話がズレてる!
アシュールのどこが光物なのかはどうでもいい。それより問題は婿発言だ!
私は壱樹の胸倉を軽く掴んで、揺さぶった。
「自分が何言ってるかわかってる!?」
「えー、うん、わかってるって。はは」
――おい、その締まりの無い笑い方、大変ムカつくのであるが。
へらりとした笑みを浮かべて言う壱樹に、ついぎりぎりと胸倉を締め上げてしまった私は悪くない。悪いのは壱樹の頭である。
「いーや、わかってない! 何がわかってないって、まず言葉の使い方をわかってないからね!?」
自分の母親の再婚相手に対して婿ってなんだ、って話!
「孝太にヘンな知識を植えつけないでよね! この子、ただでさえ小学生脳なんだからっ」
言った瞬間、孝太が「うっ」とか呻いていた。まさか自覚があったのか。――勉強しろ!
無意識に力が入っていたのか顔を真っ赤にうっ血させている壱樹を放り出し、替わりに孝太の肩をがっしりと掴む。
「孝太、よく聞きなさい。“婿”って言葉はね、親が娘の結婚相手に対して使う言葉なの。息子が母親の再婚相手に使う言葉じゃないからねっ!
ちゃんと勉強しないと、あんたも壱樹みたいに頭の中身が一部つるつるの豆腐なんじゃないか、っていうおかしな人間になっちゃうんだからねっ」
「豆腐……」
「…………」
孝太が呟き、アシュールは何とも言えない顔をしている。
頭に豆腐が詰まっている疑惑をかけられた壱樹は否定するでもなく、「まあ落ち着け」とか言いながら背後から私の肩に両手を置いた。
いま私は、弟の脳を守るのに忙しいんだ! とばかりに振り返ったら、何故か孝太の隣にいたはずのアシュールが片手を壱樹の肩にかけていた。
…………。
何この、『おおきなかぶ』状態。
孝太の肩を掴む私と、私の肩に手を置く壱樹、そして壱樹の肩を握り締めているアシュール。
大分人数(匹数?)は足りないけど、さながらカブは孝太ですね。
…………。
……とりあえず、一抜けさせていただきます。
とてもシュールな画になっていることは間違いないし、何より小学生脳と豆腐脳に挟まれているのは我慢ならない。私の脳みそ守らねば!
「――ということなので、アシュールはおばさんの婿にはなれません」
「何が『ということで』なんだよ、まったく。俺にはお前の考えていることがわかりませんよ。
……っつーかいよいよ肩が脱臼しそうなので、放してくれませんかね、アシュールさん」
確かに、アシュールの白い指がさらに白くなるほど握り締めていたもんねでも自業自得だと思う。
アシュールは壱樹の要望に特に表情を変えることなく手を放した。寛大な処置ですね。
「――どうも。それで、話を戻すけど」
戻さなくてもいいけど。
と言ったら話が進まないので、黙っておいた。
「まあ言葉が拙かったのはわかってるって。だけどさ、母一人息子一人でずっとやってきた俺としては、おふくろも娘のような、姉のような、妹のような、色々と兼ねた大事な存在なわけ。俺いま善いこと言ってる」
最後の言葉で台無しだけど。
「そんなわけで、娘を嫁にやるような気持ちなわけだ。いや、やるといっても奥さんにしてやるって意味で、アシュールさんとこにやるわけじゃないぞ? アシュールさんにはウチに来てもらいたい。んで、俺のいない間におふくろの支えになってくれたら嬉しい」
「…………」
「俺いま、すげぇ母親思いの素敵な息子ですね」
「だから一言余計だって!」
「――でっ」
思わず脛を蹴り上げてしまった。なんて奔放な私の足。いい仕事したね!
「……俺、今日一日でフルボッコ感が半端ないんだが」
だから自業自得です。
「あんたが言いたいことはわかった。確かに、おばさんもそろそろ再婚してもいいと思う。一人息子のいない寂しさも紛れるだろうし」
「だろ?」
「で・も! それにアシュールを推すのはどうかと思う! 大体、年齢だって、……アシュールが何歳か知らないけど、どう考えても私たちの方が近いし! アシュールにだっておばさんにだって選ぶ権利があるでしょう! ――いやいや、それ以前にアシュールはそのうち自分の世界に帰る人なんだよ!?」
言ってみて、胸のどこかが嫌な音を立てた気がした。
だけどそれに私は気づかない振りをして、壱樹の焦げ茶の瞳を睨みつける。なんとなくソワソワと落ち着かない気持ちの正体は何だろう。突き止めちゃいけない気がする。
そう思ったのに、空気を読めない壱樹が私の勢いに押されながらも言った。
「いやうん、まあわかるんだけど。――つーか、なんでむつがそんなに必死なわけ?」




