拍手お礼小話 二
後書きにオマケ。
【裏小ラウンド、チャリ練!】
「アシュールー! 腰が引けてるよーっ!」
「…………」
只今、アシュールは自転車の猛特訓中です。
ほんとヤツは負けず嫌いだよね。
元の世界に帰っちゃったら使えない技術(?)なのにね。
アシュールは初めて見る自転車に驚いて、一度乗って難しいとわかると不満顔で教えて欲しいと言って来た。もちろん言葉に出したわけじゃないけどね? 目がモノを言うから、あの人。
仕方なく、ほんとーに仕方なく、優しい私はアシュールの自転車練習に付き合ってあげているのだ。
「こらー! 簡単に足ついたら進まないでしょー!」
「……」
ま、実は結構楽しんでますけど、私。
「真っ直ぐ前見て……何やってんの! 余所見しちゃ駄目だったら! ハンドルには体重を掛けないで、手は添えるだけ!」
「…………」
必要以上に声を上げながら、スパルタクスも真っ青なくらい大変厳しく指導しております、私。
なんか、日ごろの鬱憤が解消されるよね。人はこれを八つ当たりという。あは。
でも何かこう、いつも隙の無いアシュールが危なっかしく苦戦している様子は眺めていて気分がいい。……性格悪い? 望むところですよ誰も気にしない問題ない。
「おぅおぅ、しっかり漕ぎなよー?」
「………………」
内心ニヤニヤしながら、表面上は厳めしい顔を作って指導する。つい口調がおかしくなってしまうがこちらも全く気にしない。
あはは、フラフラしちゃって! 笑いを堪えるのも大変だっつうの。あ。転びそうになった。ははははは―ケホッ……ははは!
「こらー! やる気あるのかー! そんなんじゃ歩く人に追い越されるぞー!」
「……………………」
そう言った途端、私が立っているところから少し先の方まで一人で漕いでいっていたアシュールが、何故か急にぴたりと止まった。おい何しているのだ早く続けたまえよ。私の楽しみを奪う気か。
訝しく思っていたら、自転車を降りたアシュールがくるりとUターンしてこちらに戻ってくる。自転車が玩具のようにまるで重さなんてありません、みたいな感じで翻り、アシュールがそれを乗らずに引っ張ってくる。
諦めたのか? それとも何処か怪我したとか? 見たところ派手に転んだりはしてなさそうだったけど……。
ちょっとだけ不安になりつつ黙ってアシュールの動向を見守った。
んん?
……。
あれ。
何か……
……お怒り、
かしら?
私は自転車を引っ張りながら徐々に近づいて来るアシュールが放つ異様な気配を感じた。
アシュールの周りにゆらりと陽炎のような揺らぎが……。
あ。
何か
ちょー嫌な予感。
自転車を引きながらゆっくり近づいて来るアシュール。不覚にも一歩後ずさる私。
――いや不覚とか言ってないで逃げた方が良くない? ヤバイなんか悪寒が半端無い。
俯き加減のアシュールが不気味すぎる。ヤツの周囲に妙に凪いだ空気が流れているような……。
だがしかし余計な矜持(ええただの対抗心ですが何か)から簡単に逃げ出すことも出来ず、アシュールがそれなりに近くまで来た頃(まだ十分に距離はあるけどね)にそっと声を掛けてみた。
「あー、……アシュール? どうかした?」
だけどアシュールは答えず、そのまま少し進んでから、スッと俯けていた顔を上げた。
「!!」
うわあ!
怖っ!
ちょー笑顔とか、怖っ!!
爽やか過ぎて怖いなんてあるんだねっ!!
ああでも目が据わってるし……!
身の危険を感じた私はひくりと唇の端が引き攣るのを感じ、弾かれたように身を翻した。
これはあれです逃げるが勝ちというやつ……!
走り出した直後、背後でガシャンと自転車の倒れる音がした。おいおい私の自転車だよそれは壊れるじゃないか! ってそんなことよりも問題は……。
強まる嫌な予感に振り返ると。
「ぎゃーーー! ちょ、アシュール追いかけて来ないでーーっ!!!」
「フッ-----。------?」
アシュールが何か言ったけど何て言ったかさっぱりわからない! 最初に鼻で笑ったのはわかった! だがどうでもいい! とにかく追いかけてくるなーー!!!
必死に走った私だけど、足が長く、しかも鍛えられてるっぽいアシュールに敵うはずもなく。あえなく撃沈。
「ッ! ちょ、待っ、ハァ、ま、待ッた……! スト、ップ! いち、いち、いちじていしっ!」
観念した私は立ち止まって振り返り、両手を前に翳して、ちょー笑顔なアシュールを制止する。
私ってば息切れ半端無い。もはや自分が話してる言葉が何語かもわかりません。誰か翻訳機、いや酸素!
ぜえはあと肩で息をする私を見つめ、アシュールは一応私の必死の制止に応えて止まった。
……随分涼しげな顔でいらっしゃいますね。息が上がってすらいないってどんなだよ。むしろ私の体力が底辺的な?類を見ないほど貧弱的な?いやそんな莫迦な。これでも小学生の頃はリレーの……ってどうでもいいわ!
足がガクガクいっている私とは対照的になんとも煌くほどに端麗なアシュールの立ち姿。立ってるだけで喧嘩を売れるって素晴らしい能力ですねそんな無駄な能力捨ててしまえ! 軽く殺意が湧きつつ今は喧嘩を買う余裕がないので、まあとにかく話し合おうじゃないか、気に障ったのなら謝るから、と内心考えながら(喋れないから)見上げると、
「…………」
「――ッひゃああああああああわわわわわわわわ!」
目が合ったヤツは一瞬笑みを深くした。たらりとこめかみを伝う汗を感じる間もなく、アシュールはいきなり体勢を沈めたかと思うと、突進するようにして私を抱え、唐突に走り出した。しかもかなりの高速で! あばばばばば目の前の景色が異常な速さで流れていくー!
「待っーーーーーぁあああ!」
「待って」と言おうとしたけど叫びに侵食されました。日本語喪失。
アシュールは私をお姫様抱っこが崩れたような形――自分の左の肩から右の腰にかけて斜めに私を抱えて(俵担ぎじゃないだけましなのか!?どうなんだ!?)走るアシュール。これで全力疾走とか……う、嘘でしょーーーっ!!?
「ちょっ、と、とま、と、とま、とま、と……!」
トマトがどうした私ー!
自分で突っ込みつつ、あまりの速さと恐怖でまともにしゃべれない。やっぱり日本語喪失。誰かこの莫迦止めて!
これって何の嫌がらせ? 私が「歩く人に追い越される」とか言ったから? いやそうだろうね、うん。チャリなどいらん、走れば速い!的な? 何それどんな思考回路? こんなことでキレるなんてなんて心の狭い男っ!
そう思った瞬間、私の考えが伝わったのか、ぐんっとアシュールがスピードを上げた。本気で莫迦でしょこの人ーーーーー!
揺れる身体と恐怖を抑えるために必死にアシュールの首を締め上げる私。いやだって、落ちそうで怖いんだもん! 実際は結構安定感があるけど、でも精神的に不安定だから!!
「と、とまとまと、と、止まれ莫迦ーーーーーーーっ!!」
やっと言えた……!
かなり舌が危険なことになりつつ叫ぶと、その必死な声が功を奏したのかアシュールは徐々に速度を落として止まった。
そして私を抱えたまま地面に座り込むと、そのままばったりと仰向けに倒れこんだ。
マジで、ありえん……。
腰から下に力が入らず、暫くは立ち上がれそうにない。
どうしてくれるんだよ腰が抜けるとか初めての体験だこのやろー!
アシュールは仰向けになって、流石に上がった息を整えている。そりゃあ人一人を抱えて全力疾走すればね。
アシュールの上に私が乗っかっている状態なので私の身体がアシュールの呼吸と一緒に上下する。お互いの心臓がどくどくとうるさい。重労働を強いられている心臓を休憩させてあげたいけど、休ませたら死ぬから我慢する。しっかり働いてね私の心臓!
しかしアシュール、……君は何故そんなに顔が満足そうなのか。
もう怒る気力もわかず、私たちは二人して道のど真ん中で暫くの間ぶっ倒れていたのだった。
◇◇◇
「……なあ、アレ、孝太んとこのガイジンじゃね?」
「お、ホントだ。あの金髪は孝太んとこにほーむすてい来てるヤツだ」
「ええ? どこ……」
「っつーかアレ、何やってんの? 倒れてるけど……」
「上にお前の姉ちゃん乗っかってねぇ?」
「!!!」
「具合悪いのかな?」
「いや、起き上がったぞ。姉ちゃんの方」
「……」
「あ、馬乗りになった」
「いやアレは騎jy……ぐっ」
「お前は沈めばいいよ。……孝太聞いてるかあ?」
「お、おう、聞いてるけど、俺は何も見ていないぞ……!」
「「は?」」
「お、俺は先に帰るから! じゃあなっ」
「あ、おい!」
「……」
「……」
「なあ、孝太んちって反対方向じゃね?」
「孝太はジュンジョウ少年なのよ」
「はあ、まあいいけど。それよりあのガイジン大丈夫かね? 首ガクガクされてるけど」
「よくわかんないけど楽しそうだからいいんじゃない?」
「……だな」
「うん」
「とりあえず帰るか」
「うん」
「……孝太は?」
「知らね」
「……」




