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上司がラノベ作家だった件について〜新入社員は元アイドル声優でした  作者: 佐倉陽介


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プロローグ 「銀幕の美少年」〜物語後半戦の1エピソードより

「......これ、本当に僕なの?」


 朝の光が差し込むダイニングにて。手元のスマートフォンを握りしめたまま、少年・天野祐希あまの ゆうきは呆然としていた。画面に映るのは、正式なキャスト発表記事。その冒頭に記された、たった一行の文字列が、彼の心を大きく揺さぶっていた。


 実写映画『怪人二十面相』小林少年役に三浦なおくんが決定!


「まさか......主演って、これ?」


 驚きとともに、言葉にできないプレッシャーがじわじわと胸の奥に広がっていく。


 確かに、モデルとして注目を浴び、短編映画の主演も経験してきた。けれど、長編映画は初めてだ。そして演じるのは、「小林少年」。昭和の名探偵・明智小五郎の助手であり、怪人二十面相と何度も対峙してきた、永遠の“少年ヒーロー”だ。


『怪人二十面相』は、1936年に発表された江戸川乱歩による少年向け推理小説シリーズ「少年探偵団」シリーズの第一作。


「おじさん......!」


 祐希は紅茶の湯気を置き去りにし、すぐ隣の書斎へと飛び込んだ。


「佐倉おじさんっ! ちょっと聞いてほしい!」


 ちょうどソファで原稿のチェックをしていた中年男性......作家の佐倉陽介さくら ようすけは、騒がしい足音に目を細めながらも顔を上げる。


「どうした、祐希。またオーディションの台詞忘れたとか?」


「違う! 主演だよ、映画の主演! 小林少年! 『怪人二十面相』だって......!」


 一瞬ぽかんとする陽介。だがすぐに、口元がほころぶ。


「......ああ、それはすごい。ついに三浦なおが“銀幕の少年探偵”になる日が来たか」


「笑ってる場合じゃないよ! 僕なんかに務まるかな、小林少年なんて......!」


 祐希の声はどこか震えていた。自分の芸名があの伝説的なキャラクターの横に並ぶことに、まだ現実感がないのだ。


「これってつまり、僕が“日本の少年の理想像”みたいな役をやるってことだよね?それも、映画で、主演で......!」


「まあ、小林少年といえば“賢くて、勇敢で、正義感の塊”みたいな存在だからな」


「む、無理だよ......」


 陽介は、そんな天音の肩に静かに手を置いた。


「祐希。自分で“無理”って決めつけるな。オーディションでお前を見て、彼らが『これだ』と思ったから、今そこに名前が載ってるんだ」


「でも、これまでは舞台とか写真とかで、自分の中の“静かな部分”を出せばよかったけど......今度はもっと、“動く”んでしょ? 走ったり、叫んだり、推理したり......」


「うん。小林少年は、ただ賢いだけじゃない。明智先生の命令を待つだけでもない。ときには自分で行動し、危険にも飛び込んでいく。強い芯がある少年だ」


「だからこそ、不安なんだ。僕に、そんな“芯”があるのかなって......」


 その言葉に、陽介は少しだけ笑った。


「祐希、お前は自分を知らなさすぎる」


「......え?」


「人前に立つたびに緊張と向き合いながら、舞台でも撮影でも、一度も逃げたことがない。自分の見せ方を考えて、共演者の動きも見てる。誰かに言われたからじゃなく、ちゃんと“自分の意志”で立ってる。そんなの、小林少年そのものじゃないか」


 祐希は口をつぐんだまま、陽介の目を見つめ返す。その瞳に映っているのは、あくまで等身大の“自分”のはずなのに、どこか肯定されているようで、胸が温かくなる。


「......おじさん、小林少年って、最初はただの少年だったのに、いつの間にか“明智小五郎に匹敵する知恵と勇気”を持つようになっていたよね」


「そうだな。彼もまた、“成長の物語”を生きてきたんだ。なら、祐希が演じる小林少年も、今この瞬間から“旅”を始める。カメラが回ったら、それはお前の新しい一歩になる」


「......僕の、小林少年が」


「そう。そしてその姿を、観客が見守るんだ。おまえならできる。いや、おまえにしかできない小林少年が、きっとそこにいる」


 祐希はゆっくりと頷いた。


 不安はまだ胸にある。けれどその隣に、“楽しみ”という新しい感情が芽生え始めている。


「ねえ、おじさん。これから“二十面相”と何度も対決することになるんだけど......」


「うん?」


「もし僕が負けそうになったら、ちょっとだけ応援してくれる?」


 陽介は笑って頷いた。


「もちろん。“影の明智小五郎”としてな」


 ......少年の冒険は、銀幕という新たな舞台で、まもなく幕を開ける。


(でも、本当にいいのかな......)


 祐希には一抹の不安がまだあった。


(僕、本当は女の子なのに)

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