9愛の女神は思い込みが激しい
「あなたって恋をする前に死んじゃったじゃない? それってすっごく可哀想だなって思ったのよ」
女神は聞いてもいないことを勝手に喋りだした。
「恋するとね、世界がキラキラ〜って輝くのよ。全てが愛おしくなって、力が湧いてくるの。もう、この人しかいないって感情を知ってほしくて」
「あの。とりあえず私の話を聞いてもらえます?」
「まあ。ごめんなさいね。私ったら、呼んでくれたのが嬉しくて、つい」
女神は意味もなく一回転した。ヒラヒラとした衣装が花のように広がって綺麗だ。
「グリンヴェディ様。あなたが私に祝福を授けてくださったんですか?」
「そうよ」
余計なことをしやがって、という言葉はかろうじて飲み込んだ。呼び出されて喜んでいるところ悪いが、さっさと用事を終わらせたい。
「髪を切っても元通りになるのも、祝福の力ですか?」
「それ、いいでしょ?」
女神は心から嬉しそうに笑って、私の手をとった。
「愛されピンクの髪はモテ要素よ!」
「やっぱりお前が原因か」
「え?」
「切っても切っても元通りになるから怖かったんです」
私は慌てて言い直した。女神の機嫌を損ねて、祝福を剥がしてもらえなくなったら困る。
「女神様の祝福が強すぎて困っているんです。どうしてこんなに強いんですか?」
「だってぇ。苦労しないように、いっぱいあげたかったんだもん。キラキラした人生を楽しんでよ。ね?」
女神は可愛らしく首を傾げた。女の子向けの雑誌でしか見かけないような、あざとい表情もついている。世界の美を集めたような女神がやると、恐ろしいほど神々しく輝いて見えた。
今の私には、ぶん殴りたいほど憎たらしい仕草だが。
「平民ちゃんが王族と結ばれる物語にするには、ちょっと強引に因果律を捻じ曲げないと叶わないのよ」
「叶わなくていいんです! 興味ないから!」
「えー……でも女の子の夢って、高スペックイケメンを捕まえることって聞いたんだけどな」
「決めつけないで! 他人を蹴落として自分だけ幸せになんてなりたくないよ!」
私は祝福が強すぎて攻略対象たちが異常行動をしていると教えた。
「アンネマリー様とフランツ様は、グリンヴェディ様が素晴らしいって絶賛している恋愛を謳歌しているんです。それを私が壊してしまってもいいんですか? 愛の女神が愛を壊すって矛盾してます!」
「えぇ……でもぉ……」
「グリンヴェディ様の教えは、他人の恋なんて潰せってことですか? そんなひどいことを言う女神だったんだ。ショックだなぁ」
「ち、違うわよ!? 私は純粋な愛を司る女神で」
「不倫の女神に名前を変えます? 婚約者がいるのに他の女に付きまとうのは、不倫の第一歩な気がするなー」
女神は頭を抱えて黙ってしまった。あとひと押しだ。
「今ならまだ間に合いますよ。祝福を消して、無かったことにするんです」
「祝福を剥がせってことぉ? できないこともないけど……」
「過剰すぎる祝福は呪いと同じです。異常なほど好かれるところを消してください」
「えー。その祝福を作るのが一番難しかったのに。それにね、祝福を消しちゃうと魔王と戦う手段がなくなって、死ぬわよ」
魔王とは、やはりラスボスだろう。
「死ぬってどういうことですか?」
「すぐに死ぬわけじゃなくて。魔王が来たときに。あなただけじゃ力不足なのよ」
「い、今から鍛えれば」
「無理無理、人間の力じゃ足りないわ」
女神は私の肩を掴んだ。
「いい? あなたの力を増幅させられる異性のうち、上位五名と恋人になれるように祝福を授けたわけ。あなたはその五人から一人を選んで、一緒に魔王を倒すのが楽な道だったのよ。別に他の異性でもいいけど、王子たちに比べると威力は落ちるわ」
とんでもなく使い勝手が悪い力だ。女神パワーで一人でも発揮できるように作り変えてほしい。
「どうしようかなぁ。せっかく手間をかけて転生させた子を殺されるのは嫌なのよ。魔王の復活も迫ってるし……」
女神は急に明るい笑顔になった。
「そうだ! 今から恋人を作ってよ。あなたが好きな人なら、誰でもいいわ。そうしたら恋人があなたの光の魔術を増幅できるようにお祝いしてあげる。どうかな?」
「どうかな、って」
驚いた。恋人を作れって言われて、真っ先に思い浮かんだのがアレスだ。何度も助けてもらったし、いい人なのは間違いない。
人として好きだし嫌われたくないと思っている。あんな人が恋人だったら嬉しいけど、向こうも私と同じ気持ちなのかは不明。
「これなら、あなたは好きじゃない人に言い寄られることはないわ。私って最高!」
愛の女神は自分自身も愛する対象らしい。今度は自分で自分を褒め始めた。
「どうしても恋人がいないと光の魔術が強くならないんですか?」
「そうよ。あなたの光は、愛情と結びついているの。愛を強く感じた時に真価を発揮するわ」
「やっぱりクソゲー仕様じゃん」
戦闘中に愛を感じないと強くなれないなんて。
もしこの女神に、気になっている人がいます、なんて言ったら無理やりくっつけてきそうだ。王子達を祝福で惑わせたように。
少し腹が立ってきた。
突然の思いつきぐらいの軽い気持ちで、女神は私を転生させて祝福も与えた。こちらの気持ちなんて、何も考えずに。その結果が、祝福で振り回される人生だ。
こっちは真っ当に生きるために苦労していると言うのに、女神はまた同じことを繰り返そうとしている。
何が愛の女神だ。
「グリンヴェディ様は、本当に愛の女神ですか?」
「そうよ。ちょっとしつこいんじゃない? あなたは早く恋人を見つけていらっしゃい」
「祝福をくれたのは、愛?」
「ええ。私の気持ちよ。地上の生き物を愛するのが私なの」
「じゃあ、魔王も愛さないと」
「え?」
人間にばかり戦えと言うのは理不尽だ。私は女神に役目を押し付けたい。
「愛の女神が魔王を愛するんです。愛の力で魔王を目覚めさせましょう。魔王も女神を愛するようになれば、侵略なんてする暇がなくなりますよ。きっと」
「私が、魔王を……?」
「やりましょう! 魔王を愛して、世界を平和にするんです。やがて愛の女神の名は広く知れ渡り、あなたの名前を冠した神殿が作られる。そんな未来が見えませんか? 私には見えます!」
そんなもの見えません。
「え……何それ……素敵」
女神が食いついた。
「そうよね! 地上の生き物全てを愛して慈しむのが私の使命よ。魔王だからって例外じゃないわ。あなたって面白いわね。さっそく行ってくるわ!」
「め、女神様! 祝福は!? 祝福を消してください!」
「ごめーん! 忘れるところだったわ。完全には消せないから、弱めておくわね!」
女神は私の肩を荒っぽく叩いたあと、晴れやかな顔で両手を広げた。どこからともなく花の雨が降り注ぐ。そして光がさす天井へ向かって昇天し、消えていった。
神様って派手好きなのか。それともあの女神がパリピなのか。
「……終わったのかな?」
後ろにいるはずのアンネマリーたちを振り返ると、それぞれ反応が違っていた。
まず神官長と学園長はメモをとりながら二人で議論を交わしている。アンネマリーは両手を胸の前で組んで心配そうに私を見ていた。ティナはいつもの表情で女神が消えた天井を見つめている。おそらく、女神はどうやって天井をすり抜けて外へ行ったのか考えているのだろう。思いっきり詐欺を疑っている顔だ。
「ルリエッタさん。体は大丈夫なの?」
私を心配してくれるのはアンネマリーだけだ。
「特に変化はないみたいです。祝福を弱めてくれたらしいですけど……」
「ええ。彼女の言う通り、祝福の力が弱くなっています」
ようやく神官長が私に関心を向けた。祝福を調べているのか、視線は私を向いているけれど、焦点は私よりも後ろにある。
「他人よりも好かれやすいところは残るかもしれませんが、人心を惑わせるほどではないでしょう」
「じゃあ、これで普通の学園生活に戻れるんですね」
王子を寝取った聖女という悪評は付けられずに済みそうだ。




