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第七話 【知らないところで】



 ソルシェは誰もいない暗い屋敷の中で立っていた。


 こだわった装飾もなく、絵画は暗闇により不気味さを醸し出している。

 広い玄関ホールの中央で、ソルシェは顔を強ばらせて目の前の踊り場を見据えた。


 捕らわれた訳でも、誘拐された訳でもない。

 自らの意思でここに来たのだ。



「……出て来てもらえますか」



 冷静な声音で、暗闇にいる誰かに促す。


 すると、カツンという小気味の良い音と共に、中央階段の踊り場から一人の影が下りてきた。



「まさか君本人が来るとはな。何が目的だ」



 微かに窓から漏れる光に当たったのは、ボルネードだ。


 白のスーツにロングコート姿のボルネードは、両手を広げ柔らかくソルシェに微笑み掛ける。



「貴方の目的は私ではないのですか?」



 ソルシェの問い掛けは冷たいものだ。


 ボルネードは微笑んだまま、光から逃げるように影へと後退していく。



「確かに俺が欲しいのは貴様だ。だがなあ」



 鼻を鳴らし、ボルネードは眉間に深いしわを刻む。



「何も無しに手に入るとは思っていない。あの男は必ず障害となるだろう」


「私が説得します」



 ボルネードの言葉に、ソルシェは躊躇いなく答えた。


 意外過ぎる彼女の言葉は、ボルネードの表情を歪ませる。



「……あの男の入れ知恵か」


「いえ、私の意思です」



 迷いのないソルシェの目を見て、ボルネードは顎を撫でて口角を上げた。



「……でだ、貴様の目的は何だ」



 大理石の柱にもたれ掛かり、ボルネードはニヤリと笑みを見せて腕を組む。



「どうせあの男に手を出すな、とかだろう?」


「…………」



 ソルシェは顔を歪めた。


 図星を突かれたせいだろう。

 ボルネードは愉快に笑い、そのまま深い溜め息をついた。



「しかし面白いことをする。俺が欲しいのは貴様だ。だが、それでは興醒めだ」


「えっ?」



 ボルネードの表情が、にやつき顔から狂気的なものに変わった。


 沸き上がる殺意と怒り。

 それに驚いたソルシェは、身体を震わせて胸に手を当てた。



「人から奪ってこそ意味がある。価値が上がる。タダで手には入った物を誰に自慢出来る?」



 裂ける程の笑みを見せているボルネードだが、目は笑っていない。


 背筋にゾクリとするような寒気が通り抜け、ソルシェは額から嫌な汗が噴き出していくのを感じた。



「あの男に手出しするな? 条件を出せる程、貴様が優位に立っていると? 俺を笑わせるには十分な冗談だな」



 ボルネードは肩を竦めて柔らかく微笑んだ。


 狂気的で、尋常ではない思考を持つ男。


 選択を間違えたと後悔した時には、既にボルネードの手の平で踊らされていた。


 逃げることは出来ない。

 覚悟するソルシェ。だが、その表情はやけに冷静であった。



「貴様は嫌でも俺の女になる。別の選択はない。黙ってあの男が殺される姿をみていれば良い」



 柱から離れ、ボルネードは背中を向ける。


 今は帰れということだろう。



「……だめ」



 ソルシェは目尻に涙を浮かばせ、そろりと腰に手を当てた。

 ゆっくり、ゆっくりと近付き、腰に忍ばせた短剣を手に、真っ直ぐ歩いていく。



「……っ!」



 あと数歩というところで、ソルシェは強い衝撃と共に鋭い痛みが走り、短剣を落としてしまった。


 瞬時に振り向いたボルネードが、凄まじい圧を発しながら白銀の剣で短剣だけが弾き飛ばされたのだ。


 冷酷な視線がソルシェに降り注がれると、ボルネードは躊躇いなく彼女の頬を手の甲で殴りつけた。



「っ……!?」



 強い衝撃に少しバランスを崩したソルシェは、厳しく睨み返す。



「良い目だ。壊したくてたまらない。ああ、なるほど。俺が襲えば結果的に貴様の勝ちってことか。小賢しい女だ。末恐ろしいよ」



 ソルシェの顎を上げ、ボルネードは笑う。



「私は絶対に負けません」



 力強く言い切ったソルシェの目は、強さに満ち溢れていた。


 あの男をそれほどまでに愛しているのか。信用しているのか。どちらにしても、やはりアルマーニは殺さなければならない存在らしい。



「ああ、俺も負けやしないさ。絶対にな」



 愉しげにほくそ笑み、ボルネードはソルシェの胸に指を触れようとする。


 それを、ソルシェは嫌悪感を丸出しに手を振り払う。



「つまらん女だな。興醒めだ。そうだな、お互いに余計な真似をしないのなら、貴様らを暫く泳がせてやろうか」


「……信用出来ません!」


「なら殺すまでだ。貴様の死体は奴の手土産にしてやる」



 ソルシェの反抗など、どう足掻いても無駄にしかならない。


 奥歯を噛み締め、ソルシェは涙を溢れさせ拳に力を込める。



「いっそ──」



 死ねば、という言葉は出て来なかった。


 結局、自分の命が大事なのだ。

 それが、悔しくたまらない。



「分かり、ました……っ」


「ふん、所詮女はそんなものだ。帰って慰めてもらえばいいさ」



 苦渋の決断をしたソルシェは、ボルネードの嫌味を耳にしながら背を向ける。


 一体どうすれば良かったのか。

 ソルシェの頭には、自殺の文字しか浮かばなかった──。





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