第六話 【迷いの決断】
「ぐあぁぁっ!」
「うるさいよ」
協会の医務室内にある病室で目を覚ましていたアルマーニは、至る所から鈍い痛みが身体中を駆け巡り悲鳴をあげていた。
それを叱咤したのは、グレッダだ。
「全く君は、医務室の食事がそれほど気に入ったのかい?」
「バッカ野郎、ここの飯はなぁ……俺の手料理より酷ぇよ」
見舞いに来たグレッダと皮肉を交わすアルマーニは、ふと目の前を通った女医に愛想笑いをして少し頭を下げる。
広くもない医務室には、毎日腐るほどの冒険者が運ばれてくるのだ。
人手など常に不足しており、皆に配る食事など食えればマシだと思えという状態である。
かといって、賃金が高い訳でもなく、毎日毎日ろくでもない冒険者たちを相手にする女医や看護士たちには頭が上がらないものだ。
「まあ、君のことだ。すぐに良くなるだろうけど、これでも食べて早く完治を頼むよ。僕一人だと稼ぎも少ないからね」
「おぉ! 燻製の干し肉たぁ贅沢なモン、有り難く食わせてもらうぜぇ」
紐に吊された干し肉に大興奮しつつ、アルマーニは自らの衣類に紛らわせる。
「……で? 彼女はまだ来ていないのかい?」
何も刺されていない白い花瓶を一瞥し、グレッダは小首を傾げた。
「あぁ、変な奴らに捕まってねぇといいんだがなぁ……」
不安気なアルマーニの言葉に、グレッダは内心焦って、眉をひそませ頷いて見せる。
「白昼堂々と無粋な真似はしないだろうけど、僕も警戒しておくよ」
怪我人にいらぬ心配を掛けさせるなど、パートナーとしてあるまじきことだ。
不安は身体の治療を遅らせる。
無理をしようとするかも知れない。
無理をすれば必然的に中途半端な状態で、アルマーニは動き出すだろう。
「おう、頼むぜ」
アルマーニは弱々しく、だが嬉しそうに微笑んで親指を立てた。
「じゃあ、僕はこれで」
「ありがとな」
互いに軽く手を上げて別れを告げたグレッダは、病室を出るために医務室の扉を開ける。
と、
「おっと、失礼……君は」
不意に現れた女性に驚き、素早く横へ避けたグレッダ。
その前にいたのは、未だ包帯が取れないままの受付嬢であった。
「様子を見にきました」
受付嬢は表情一つ変えず軽く会釈して医務室へと踏み込む。
ソルシェでないことに、明らかに残念そうなアルマーニだが、受付嬢は気にすることなく辺りを見回す。
「……じゃあ」
迷いを見せたグレッダだが、結局病室を後にし、扉が静かに閉められた。
「んだよぉ、手ぶらかよ?」
「仕事上、金品の譲渡は禁止されておりますので」
「真面目だなぁ。というより、仕事で来たのかよ」
淡々と話す受付嬢に、アルマーニは肩を竦ませようとして痛みに顔を歪めた。
「まだ、痛みますよね」
心配そうに見つめる受付嬢の手が、アルマーニに触れようとして止めた。
「強い鎮痛剤、売りましょうか?」
「怪我人に対して手厳しいじゃねぇか。実は楽しんでるだろぉ?」
「いえいえ、とんでもない」
真顔で言ってのける受付嬢は、懐から取り出した鎮痛剤と思わしき灰色の瓶を、アルマーニの前にちらつかせる。
これが楽しんでいないとすれば、皮肉や嫌味ということだろうか。後者の方がクセが悪いと思うが……。
アルマーニは深い溜め息をついてシッシッと手で振り払う。
受付嬢は残念そうに鎮痛剤を懐にしまい込み、表情を変えた。不意に纏う真剣な彼女の雰囲気に、アルマーニの口も自然と閉じられた。
「彼女さんはお見舞いに来られましたか?」
「またそれかよ。来てねぇよ」
この数分で同じ質問を二回もされるとは思わず、アルマーニは気怠げに答えた。
すると、顎に手を当て「そうですか」と、受付嬢は淡白に呟き納得する。
「本題です。貴方は本気で彼女と──」
「俺は本気だぜ」
受付嬢の意味を察したアルマーニは、彼女の言葉を遮り白い歯を見せた。
だが、すぐ後には頬を掻いて微妙な表情へと変えてしまう。
「あいつがどう思ってるかは、知らねぇがなぁ」
苦笑して右手を後頭部に当て、枕にゆっくりと沈ませていく。
「私なら──」
「んぁ?」
深刻そうに呟いた受付嬢。
声には出さず濡れた唇だけが動かされ、アルマーニは眉をひそめて彼女を見つめる。
胸に手を当て、小さく息をついただけの受付嬢は、それ以上何も言わず重い空気が流れ始めてしまう。
「……まぁ、あいつを見掛けたら伝えておいてくれ。見舞いになんか来るな。隠れとけってな」
「……人使いが荒いですね」
「お前を使ったのは初めてだと思ってたんだがなぁ」
アルマーニは皮肉っぽく笑ったと同時に、凄まじい激痛が走ったのか、顔を歪め歯を食いしばった。
その姿を鼻で笑い、受付嬢は静かに頷く。
「それでは、お大事にしてください」
「お、おう……またな」
「はい。また」
軽く手を上げて見送ったアルマーニに、受付嬢は再び会釈をして病室を後にした。
暫くゆっくりと歩き、忙しなく動く看護士たちを横目に、受付嬢は振り返ってアルマーニがいた病室を見据える。
「馬鹿ですね私は。愚か者です。結局、何も変わらないのに」
自分の行い、発しようとした言葉。
それらを全て恥じ、拳に力を込めて受付嬢は前を向き真っ直ぐ歩いていく。
その歩みには、若干の迷いがあるかもしれない。
最善のサポートをするために、ボルネードの企みに探りを入れ、少しでも彼の役に立つために。
「私に出来ることをしなくては」
協会に戻った受付嬢は、深い闇を心の中に押し込み、強い決心を胸に自らの仕事を始めた──。




