第五話 【裏腹な想い】
血塗れのアルマーニとボルネードがぶつかり合おうとする。
こちらは死を覚悟しての特攻だ。
「俺も本気だぁ! 殺す気で来やがれぇ!!」
「ほざけ、野良犬がっ!」
負傷している左手に変形させた斧槍を持ち、突き出された剣をステップで避けていく。
痺れはもはや右腕から肩に掛けてきている。だが足は動く。足が動けば回避は出来る。
「小癪な」
避けるアルマーニに嫌気が差したのか、ボルネードが足に向けて剣を振り始めた。
一撃でも与えれば動かなくなると踏んだのだろう。しかし、アルマーニも簡単には攻撃など当たらない。
斧槍を地面に突き立て、攻めてくるボルネードの横っ腹に蹴りを入れると、次の一手に備え大きく下がる。
「ぬぐっ……!」
油断していたボルネードは、蹴りを食らいながらも前へ出た。
斧槍を力強く弾き、負傷している左腕を刺激し、やはり足を狙って剣を振るう。
「ぐうぅっ……やり方が、汚ねぇんだよ!!」
アルマーニは今にも手放しそうな斧槍をしっかりと握り締め、横へ一閃させた。
ボルネードはその一閃を再び弾き返したが、アルマーニの繰り出した足蹴りをまたしても正面から食らってしまう。
胸を蹴られた衝撃で若干怯んだボルネードに、アルマーニはさらに頭突きをかます。
「貴様に、負ける訳が、ないだろう!」
負けじと頭突きで対応したボルネードは、アルマーニと凄まじい勢いで頭をぶつけ、二人は大きく仰け反った。
「がっ……ぁ」
「くぅぅぅ……!」
似た者同士ではないかと疑うほどの戦いだが、先に動き出したのはアルマーニだった。
額から血を流し、それでも意地だけで斧槍を突き出そうとした瞬間。
「ダメ! 逃げて下さい!!」
「あ゛……!?」
突如ソルシェの叫び声が響き渡り、アルマーニは眉間に深いしわを刻んだ。
と、同時に、左ふくらはぎに鋭い痛みが走り、アルマーニはバランスを崩した。
「馬鹿めがぁぁ!」
そんなアルマーニの首筋に、態勢を整えたボルネードの剣が容赦なく突き出される。
「止まりなさい!!」
刹那、野次馬にも負けない程の制止が協会に広がり、ボルネードの剣はアルマーニの首筋を貫くことなく止まった。
呆気に取られ尻餅を着いてしまったアルマーニが、制止をした声の主へ視線を向けると、そこには右腕を包帯で巻いた受付嬢が険しい表情で立っていた。
「この戦い、貴方の反則負けです」
受付嬢の衝撃な言葉に、ソルシェを含めた皆が騒然とし始める。
すると、待ったを掛けた受付嬢の横に連れられたのは、一人の小柄なレンジャーであった。
弓矢を持った少年が暴れようとするものの、数人の男たちに拘束され首を何度も左右に振っている。
「あいつ、矢が刺さってるぜ」
「もしかして加勢したのか?」
「決闘じゃねぇのかよ……」
ザワつく野次馬共を一瞥し、ボルネードは冷たい目を向けて舌を打った。
「今回の決闘は明らかに仕組まれたもの。彼の挙動がおかしくなった原因はわかりませんが、その矢は明らかにこの者の仕業です」
包帯で巻かれた左手をアルマーニに指差し、受付嬢は力強く言い切る。
「お、おれは! ボルネードに脅されただけで……っ!!」
拘束されているレンジャーは、半泣きの状態でボルネードを見つめた。
だが、ボルネードから返ってきたのは冷たい視線のみで、レンジャーは小さな悲鳴を上げて身体を震わせる。
「勝てないからって、最低です」
ソルシェの言葉に、野次馬共の標的が一瞬にしてボルネードへと切り換えられる。
「ボルネード……」
身体を持ち上げられないアルマーニは、静かに殺意を膨らませるボルネードの名を呼んだ。
石を投げられ、罵声を浴びせる野次馬に紛れて、黒外套の男は闇の中へと姿を消していく。
金や脅しで得た仲間を失い、敵だらけの中でボルネードはゆっくりとアルマーニを見下ろした。
「……予定は狂ったが、まあいいだろう」
意味深な言葉と共に、ボルネードから殺意が溶けるように消えていく。
怪訝げに見上げるアルマーニを嘲笑うかのように剣を収め、ボルネードは口角を上げた。
「俺を衛兵にでも突き出すか」
「いえ、この件を王直々に報告致します」
余裕のボルネードに対して、受付嬢が厳しい口調で言い切った。
「俺は貴族だ。王が貴様らの戯れ言に耳を傾けると?」
「王国がそこまで腐っているというのですか」
「腐っているとも。だからこそ俺が特等として昇格した」
眉間にしわを寄せた受付嬢が唇を噛み締める。
外套を靡かせ笑みを浮かべるボルネードは、踵を返し堂々と背中を向けた。
「俺は諦めん。必ず貴様を殺してやる」
協会の表門が開かれ、ボルネードは含み笑みを見せ去って行ってしまった。
静けさが戻り、皆は顔を強張らせ生唾を飲み込んだ。
「アル!」
弾かれたように駆け出すソルシェに、アルマーニは気が抜けたのか大の字に寝転ぶ。
痺れや痛みよりも先に疲れが来たようで、ソルシェは心配そうに顔を覗かせた。
「すぐに治療してもらわなきゃ!」
「あぁ、頼む……」
柔らかく手を握られ、アルマーニは安堵したように瞼を閉じる。
「医療班!」
受付嬢の指示により、白のローブに身を包んだ男女数名が、担架を持って駆け付けると、手慣れた様子でアルマーニを持ち上げていく。
「離せ! 離してくれよ! おれは!脅されてただけなんだ!!」
背中で両手を縛られた小柄なレンジャーは、今や姿も見えないボルネードの名を何度も叫び涙を流していた。
熱が冷めた野次馬共は散っていき、残ったのは数名の受付たちとソルシェだけとなった。
「アル……」
祈りと感謝と罪悪感を胸に、運ばれていくアルマーニを見送るソルシェ。
そんな彼女に、受付嬢が厳しい面持ちで近寄っていく。
「貴女をここまで狙う理由。本当はご存知なのではありませんか?」
「えっ?」
突然の疑いに、ソルシェは目を丸くさせた。
「私はなにも……!?」
「ボルネードは、貴女を落としたいという理由だけではないと見えるんです」
ソルシェの言葉を遮り、受付嬢は真剣な眼差しで協会の表門へ目を向ける。
「ボルネードは次の一手を必ず仕掛けてきます。貴女はその度に、彼に頼るおつもりですか」
「それは……」
受付嬢の言葉は重く鋭いもので、ソルシェは何も答えることは出来なかった。
ボルネードは執念深く、プライドも人一倍高い男だ。前回もそうだが、確実にアルマーニという存在を殺しに掛かってきている。
少しずつ、だが明確に、ソルシェの逃げ場を壊しているのだ。
頼れるのはアルマーニのみ。
それでもいつか、強大な魔の手に沈められてしまう。
「離れろとは言いません。いえ、言えません。ですが、何かしらの対策を取らなければ……」
受付嬢は肩を竦めて踵を返した。
恩があるからこそ、アルマーニを心配するのだろう。受付嬢は強い。地位もある。
いざとなれば、強行手段を取ってでも彼を守れるかも知れない。
だが自分はどうだ?
足を引っ張ってばかりで、守ってもらってばかりで、平々凡々と毎日を過ごしている。
「私は」
協会へ帰っていく受付嬢に、ソルシェの言葉は届かなかった。
ポツリと頬に当たった冷たい雨に、ソルシェはゆっくりとくらい空を見上げる。
一粒、二粒と増えていく雨は次第に強くなり、ソルシェの想いを流していった。




