第十話 【居眠り】
人一人すれ違える程度の細道を進む道中、アルマーニはふと何かに気付き「おい」と、呼び止めた。
「どう、した?」
先頭を進むゼスが渋い表情で止まり、頭だけ後ろへ向ける。
「これは」
「穴……ね。奥まで続いてる?」
暗視ゴーグル越しに目を細めたグレッダは、近付いてきたリーナの持つ松明の灯りで確信した。
不安気に穴を覗き込みながらソルシェは眉を上下させる。
穴は直径一メートル程で、コボルトがギリギリ這って出入り出来る大きさだった。
奥は完全に闇の中であって、人の眼で確認は出来ない。それほどまでに奥へ続いているようであった。
「この穴を利用して、コボルトがここに来たのでしょうか……?」
「受付の野郎がこんな穴を見逃すかぁ?」
首を傾げるソルシェの横で、アルマーニは後ろ首を撫でながら舌を打つ。
「オレは、気付かなかった」
ようやく振り返ったゼスは、落ち込んでいるのか肩を落として首を左右に振った。
「松明と暗視ゴーグルの見え方が違うからね、前だけ集中していると分からないかも知れない」
フォローを入れてやるグレッダは「それに」と、続けて細道の奥へ指差す。
「気付かなかったけれど、あそこにトーテムがある。視線の誘導には抜群だと思うよ」
「あっ、ホントだ。全然気付かなかった」
改めて奥を見据えたリーナは、思わず素で呟き苦笑いを見せる。
目を細めてよく見れば、確かに細道の終わりを示すように置かれた人型の不気味なトーテムが、こちらを嘲笑うかのように立てられていた。
しかも、松明の灯りを前に照らせばトーテムの影が伸びてくるという仕掛け作り。
「コボルトってこんな高等技術を持ってるのね」
前へ進み出す一行の中で、リーナは驚愕しつつ感心した。
だが、その後ろでソルシェは首を左右に振り否定する。
「コボルトは戦闘のプロであって、物作りは下手だと図鑑に書いてあったような気がします」
協会に置かれた冒険者のための書物を読んだのだろう。歴代の冒険者たちが記した情報の数々は、大抵の場合知恵になることが多い。
しかし、例外はいくつか存在するものだ。
「ゴブリンとコボルトは仲が良いらしいからなぁ。物作りを教わってるかも知れねぇ」
「えっ、そうなんですか!?」
アルマーニの情報に、ソルシェは驚き頭を抱えた。
互いの利益のために情報交換をする。魔物には魔物のコミュニティが構築されているため、例外は多数存在するだろう。
それを知るには、やはり経験を積み重ねるしか方法はない。
「トーテムはゴブリン共の専売特許だからね。気を引き締めるだけ損はないよ」
グレッダの言葉により、皆が頷き再び歩みを進める。
トーテムを一瞥し、蹴りを一発入れておいたところで、アルマーニたちはようやく細道を抜けた。
そこで、先頭のゼスが顔を歪める。
「コボルト……」
「何匹?」
忠告に身構えるリーナは、松明の灯りを消ししゃがみ込んだ。
大盾から覗き込むリーナは、暫く様子を窺っていたが、次第にその表情は困ったように眉を八の字にさせていく。
「多分、見張りで二匹いると思うんだけど……」
「? どうしたんですか?」
首を傾げながら指を差す方向へ覗き込んだソルシェは、同じく困ったように眉をひそめる。
彼女たちが見たのは、石柱に立つ二匹のコボルトだ。
槍を片手に支えとして、うなだれるように棒立ちしているコボルトは、居眠りしているようにも見える。
こちらの気配に気付くこともなく、舟を漕ぐこともしないコボルトは、どうやら熟睡しているらしく、立っているだけ偉いというものの状態だ。
「絶好のチャンスじゃねぇか。二匹くらいなら俺らで殺せるぜ」
「罠の可能気は十分にある。何かあれば援護を頼むよ」
やる気を見せる二人に、リーナは力強く頷いて弓の準備を始めた。
アルマーニは長布を用意して、腰のダガーを口に咥える。同じくグレッダも準備を済ませ、短剣片手に息を殺す。
「暗殺ってのは性に合わねぇんだけどな」
広間と思わしき場所へ踏み入りながら、アルマーニはぼやきつつも辺りを見回す。
灯りなどはなく、四本の石柱が支える広間はどこか王座の間を思わせる広さだ。
奥には低い段差があり、椅子を模した死体の山の中には、頭蓋や臓器が剥き出しで積まれている。
蝿が飛び回っているのは、そのせいか。
上からの狙撃を警戒していたアルマーニは、穴など開いていないことを確認して素早く石柱へと近付いた。
コボルトの様子を窺い、長布をピンと張った状態で、アルマーニは一気に敵の口を塞ぎに掛かる。
もがくこともないコボルトの首筋にダガーを深く刺し込み、血飛沫を撒き散らしながら脱力する身体をしっかりと抱き止める。
だがそこで、アルマーニは違和感を覚えた。
「おい、こいつは……」
「アルマーニ! 罠だ!」
同様に始末を終えたグレッダから確信の言葉が吐き出され、アルマーニは息を飲んだ。
絶命して脱力したのではない。
噴き出す血の量や、呻き声ももがくことすらしないコボルトは──既に死んでいたのだ。
「ウオォォォォッ──!!!」
グレッダが走り出そうとする前に、どこからともなく獣の遠吠えが広間に響き渡り、二人は肩を震わせた。
「逃げてください! 奥からコボルトが!」
ソルシェの叫びが響くと同時に、アルマーニは駆け出した。
しかし、その短い距離を駆け合流することは出来なかった。
「ガルァッ!」
「ウガッ、ギャッ!」
どこから湧いてきたのか、コボルトが凄まじい勢いで走り抜け反転し、アルマーニを鋭く睨み付けたのだ。
二匹のコボルトに阻まれ、グレッダは逃げることを諦めすかさず槍を構える。
「援護するわ!」
矢を引き絞り放つリーナ。
だが、その矢が放たれる前に、コボルトが地を蹴った。
手斧で叩き落とすアルマーニは、背後から感じる異様な気配を感じ取り、恐る恐る後ろを一瞥する。
「なんだ、ありゃあ……っ!?」
玉座まで並ぶコボルトの群勢。
そして何より目を奪われたのは、あの異物を積み上げた椅子に腰掛ける人型をした──白銀の狼であった。




