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第七話 【途中棄権】



「生きて、生きて……いますか?」



 皆が駆け出しの少女に集まる中で、ソルシェは恐る恐る近寄り、声を絞り出した。


 頭を殴られたゼスは、失いそうな意識を自らの手で叩き起こし、駆け出しの少女の首に優しく触れる。


 

「……辛うじて、生きている」


「本当に!? 良かった、本当に良かったわ」



 ゼスの小さな呟きに、リーナは大きく脱力しながら頬を緩めた。


 腹や胸を突かれたにも関わらず奇跡的に生きていたのは、最後の最後まで少女がもがいた結果だろうか。


 心臓目掛けて突かれた槍は鎖帷子に防がれており、致命傷を負っているのは腹と太ももだけだ。


 しかし、素人の止血など長くは保たない。歩くことも、呼吸すら危うい状態で、早く帰還しなければ命は一瞬にして散ってしまう。



「ごめ、ごめん……俺、守れ、なくて……」



 落ち着いた駆け出しの少年は、喉を震わせ後悔と懺悔を繰り返す。


 ゼスはフラついた身体で駆け出しの少女を抱き上げると、大盾をリーナに手渡した。



「出来るだけ早く帰還しましょ」



 険しい表情で、リーナは呟いた。


 駆け出しの少年はグッと涙を堪え、肩を震わせながらゼスの身体を支えにいく。



「貴方たちは? 進むの?」



 リーナの問いに、ソルシェは暗い面持ちで首を左右に振った。


 

「本当に、ごめんなさい。謝って、済む問題じゃないけれど、私が……私が守ってあげれば」


「貴女が謝る必要はないわ。この結果はワタシたちが招いたことよ。たまたま、貴女たちが参戦してくれたってだけ」


「でも、でも私はあの子の目の前に──!」



 涙ながらに訴えるソルシェに対し、リーナは大盾を力強く地面に振り下ろした。


 重い音が響き、驚いたソルシェは息を飲んで硬直してしまう。



「勘違いしないで。貴女はワタシの一党じゃない。他人の一党を心配して、そんな顔して、まだワタシを責めるつもりなの?」


「違っ、私は……!」


「そこまでにしとけって。騒ぐとまたコボルトの奴らが来ちまうぜ」



 責めあう彼女たちの身体を離し、アルマーニは洞窟の奥へ顎をしゃくった。


 落ち込むソルシェと、鼻息を荒くさせて走って行くリーナ。


 アルマーニは肩を竦めてソルシェを一瞥して、大きく息をついた。



「……帰るぞ」


「……はい」



 アルマーニの言葉に促され、ソルシェはゆっくりと歩き始める。


 競争が終わった今、焦る必要はない。

 だが、コボルトがいつ戻ってくるか分からない以上、この場に留まるのは危険だろう。


 それは、ソルシェにも理解出来る。

 生きていたという安堵はあるものの、帰還した後に回復が間に合わなければ結局は意味がない。


 身体を震わせ、最悪の状況を想像するソルシェに対して、アルマーニは何も出来ず、何も言えないまま来た道を戻って行った。



「外だ!」



 前から駆け出しの少年が歓喜の声を上げて指を差した。


 行きと同じく、帰り道は鼠一匹すら遭遇することなく、無事外へ出ることが出来た。


 ぞろぞろと地下洞窟から戻ってきた冒険者たちに、暢気に本を読んでいた受付男は驚きながら立ち上がる。



「もう帰還したのか!? その傷、誰にやられて──」


「医者を、呼んでくれ」



 駆け寄る受付男に、ゼスは駆け出しの少女を視界に入れさせる。


 すると、受付男は息を飲んでゼスごと協会へと引っ張っていった。駆け出しの少年も支えながら、リーナも一緒に着いていく。


 残されたアルマーニとソルシェは、まだ明るい空を見上げて息をついた。



「たかだか初心者への昇級試験で、なんでコボルトがいやがったんだ……」


「…………」



 血で乾いた髪を掻き毟り、アルマーニは地下洞窟を一瞥した。


 答えが出ない疑問に、ソルシェは黙り込んだまま協会へ入っていった彼等を、未だ見つめ続けている。


 重苦しい空気に堪えきれないアルマーニは、ソルシェの前に立って手を突き出した。



「え、あの……」


「不安なんだろ。怖いんだろ。なら俺の手握っとけ。少しくらい安心すんだろぉよ」



 突き出した手を一度揺らし、アルマーニはソルシェを見つめる。


 ぶっきらぼうな優しさに、ソルシェは黙ってアルマーニの手を両手で握り締めた。


 震えが止まらず、早い鼓動が伝わるのではないかと杞憂するソルシェだが、不思議と恐怖は薄らいだ気がした。


 だが、代わりに襲ってきたのは、涙だ。



「助けて、あげられなかった……」


「相手が悪かったんだ」


「目の前で、血が噴き出して」


「怖かったな」


「悲鳴が、耳にこべりついて、取れなくて!」



 涙を溢れさせ、ソルシェはアルマーニの手に額を置いた。


 吐き出されていく言葉一つ一つに、アルマーニは優しい声音で一つ一つ返していく。


 声にならない泣き声を漏らし、ソルシェはゆっくりと崩れ落ちた。

 アルマーニもしゃがみ込み、弱い彼女の頭を撫でてやる。



「力不足で、悪かった」



 アルマーニの言葉に、ソルシェは黙って首を左右に振った。


 それでも、アルマーニは血に染まった自分の手の平を見据えて、力強く拳を握り締める。



「家まで送るぜ」


「……だい、じょうぶです。ごめん、なさい」



 ゆっくり、ゆっくりと立ち上がり、涙を手の甲や腕で拭ったソルシェは、弱々しい微笑んで頷いた。


 不安で仕方ないが、彼女がそう言うからにはアルマーニも強くは言えない。


 それでも協会を出るまでは付き添い、正門を出たところで、ソルシェは深々と頭を下げると、そのまま行き交う人々に紛れて消えてしまった。


 

「はぁ、何やってんだぁ俺は」



 見送ってから、アルマーニは後悔して頭を掻いた。


 血塗れのせいか、民衆の視線が痛く刺さり、アルマーニは仕方なく風呂屋へと足を向けたのだった。




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