第90話 海羽との昼食会
「どうぞ。水族の海鮮を使った料理です。美雨様のお口に合えばよろしいのですが」
海羽に招待された食堂で美雨を待ち受けていたのは数々の魚を中心とした海鮮料理だった。
刺身にされた魚だけでも何種類もあり他にも焼き魚や魚介のスープもある。
(こんなにたくさんの魚料理って初めて見たわ。新鮮なお刺身ってなかなか王宮でも食べられないのよね)
水族で獲れた魚介類は他の部族にも王都にも売買されて運ばれるがその場合保存がきくように魚は塩漬けや燻製にされることが多い。
美雨が食べたことのある魚の刺身は主に王都の近くの川で獲れた魚だ。
海で獲れる魚をお腹いっぱい食べられるなど夢のように感じて思わず口元に笑みが浮かぶ。
「では遠慮なくいただきます」
美雨はさっそく刺身を食べてみた。
そのおいしさに感動すら覚えてしまう。
「とてもおいしいです! こんなおいしい魚を食べられるなんて幸せです」
「それは良かった。どうぞたくさんお召し上がりください。魚だけはいくらでもありますから」
喜びを露わにする美雨の姿を見て海羽の表情も穏やかに緩む。
美雨の隣りでは光主が次々と魚料理を食べてお皿を空にしていく。
(光主様って魚が好きなのかしら。すごい勢いで食べているけど……)
「光主は魚料理が好きなんですか?」
「ん? 魚は好きだよ。光族にいた頃は光拓によく川魚を食べさせられたし。海の魚はまた味が違っておいしいと思うな」
どことなく普段の光主より丁寧な言葉遣いを使っているのはきっと海羽の前だからだろう。
相手によって態度を使い分けられるのは人の上に立つ者として必要な能力でもある。
その点からしても光主を光の王配に選んだのは正解と言えるに違いない。
ただ普段の素の光主の姿を知っている美雨としては若干違和感を感じるのだが。
「そうですよね。私も新鮮な海の魚の刺身は初めてで食べ過ぎて太ってしまいそうです」
「美雨はもっと食べて身体に肉をつけた方がいいぞ。その方がさらに抱き心地がよくなるからな」
「……っ! ゴホッ! ゴホッ!」
予想できなかった光主の言葉に美雨は口の中に入れていた刺身が喉に引っかかりむせてしまった。
慌てて美雨はグラスの水を飲む。
「大丈夫か! 美雨」
光主が自席から立ち美雨に近付いて美雨の背中をポンポンと叩いてくれる。
だがそんな光主に美雨は恨めしい気持ちで視線を送った。
(海羽様の前でなんてこと言うんですか! 光主様! 心配するなら誤解されるようなこと人前で言わないでください!)
心の中で光主を非難する美雨だが海羽の前でケンカするわけにはいかない。
「だ、大丈夫です……ちょっと喉につかえただけですから……」
「それなら良かった。食べ物はよく噛んでから食べた方がいいぞ」
自分の言動が原因だとは思っていないのか光主はホッとしたような顔で自席に戻る。
何も知らない者から見たら女王候補を労わる王配としか思わないだろう。
(ううん。絶対に光主様の今の言葉は確信犯に違いないわ! 光主様は私をからかうのが好きなんだもの)
光主の性格を把握しつつある美雨はそう確信するがそれで光主のことを嫌いになるわけではない。
惚れた弱みというのは美雨の中にも存在するのだ。
「これはこれは、美雨様と光主殿は仲が良いですなあ。もうそのような深い関係を築くとは」
海羽は笑顔でそう発言するがその目は笑っていない。
どうやら光主の言動で美雨の純潔が既に汚されているのではと疑っているようだ。
美雨の純潔が汚されれば女王候補としての資格を奪われかねない。
海羽に誤解されて「美雨王女には女王になる資格はない」と氷雨に報告でもされたら大変だ。
(光主様が紛らわしいこと言うから海羽様が誤解してしまったじゃない! 光主様の馬鹿あぁーっ!)
なんとか海羽の誤解を解きたいが「私はまだ純潔です」という言葉は恥ずかし過ぎて美雨は口にできない。
すると光主が不敵な笑みを浮かべて海羽に答える。
「美雨が純潔であることは間違いないことですよ。女王になる者は正式に王配と結婚するまで純潔でいなければならないのですから。女王候補者が純潔かどうか疑うこと自体が不敬に当たると思いますがね」
光主に自分の純潔の話をされるのは美雨の羞恥心を最大まで刺激する。
美雨は顔どころか首まで真っ赤になってしまう。
「そうでしたね。大変失礼致しました。美雨様。どうぞ今の発言をお許しください」
丁寧に海羽に謝罪されて美雨も必死に冷静を装う。
「と、とんでもありません。気にしていませんから。私こそお見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
「お許しくださりありがとうございます。できれば美雨様には光主殿と同様に水の王配に選ばれた者とも仲良くしていただければ幸いです」
謝罪しながらも海羽は美雨に光の王配と水の王配を差別するなと釘を刺してくる。
美雨もそのことが分かったので己を戒めるように背筋を伸ばす。
女王が特定の王配を贔屓することはあってはならないのだ。
(ここは何か違う話題にした方がいいわね。そういえば海賊の被害のことを海羽様に訊く予定だったわ)
「海羽様。お伺いしたいことがあるのですが……」
「何でしょうか?」
「水族では最近海賊の被害が多発していると聞いたのですがどのくらいの被害が出ているのでしょうか?」
「海賊の被害ですか……そうですね、女王候補の美雨様にはお話しておいた方がいいかもですね。ではここ数年で増えている海賊の被害についてお話しましょう」
海羽が真面目な表情になったので美雨も気を引き締めて海羽の話を聞く体勢になった。
「海賊の被害は昔からあったことです。ただ昔は被害があったとしても一年に2、3件ぐらいでした。それが10年くらい前からその頻度が増えて特に水の王配の志水様が亡くなられてからは被害の件数が増加しています」
(水のお父様が亡くなってから海賊の被害が増えたというの? それは闇のお父様に続いて二人目のこの国の王配が亡くなったことで守護結界がさらに弱まったからってこと? それとも水のお父様が亡くなったことが原因かしら?)
守護結界については謎の部分が多い。
結界の詳細は代々の女王と王配にしか受け継がれていない。
海賊の被害が増えたのは二人の王配が欠けたことが原因なのかそれとも水の王配が欠けたことで水族を守護する結界部分が弱まったからなのか美雨には判断できない。
だがどちらにせよ守護結界の影響がまったくないわけではないだろう。
水のお父様の死は病死だがそれでも自分の癒しの力がその当時自由に使えていたら水のお父様を救えたかもしれないという思いは美雨の中から消えることはない。
「それで実際にはどのような被害が報告されているのですか?」
海賊の被害と言っても美雨は具体的な事例を知らない。
人的被害はあるのか、物的被害が多いのか。
「主に報告されているのは貨物船が狙われて金品や商品を強奪される事案です。もちろんその際に襲われた船に乗っていた者は殺されることが多いです」
半ば予想していたとはいえ人の命まで奪われているという海羽の言葉に美雨は少なからず衝撃を受ける。
(金品や商品を奪うだけじゃなくて乗っている人たちの命まで奪うなんて酷すぎるわ!)




