第85話 水の族長を超える霊力
氷室は酒が保管してある倉庫に向かう途中で光族の男の姿を見つけた。
とっさに身を隠しその男の様子を伺う。
(あの光族の男は美雨王女の光の王配か?)
この屋敷に滞在している水族以外の者は美雨王女の関係者しかいない。
氷室が見つけたその光族の男は辺りを伺いながら人気のない倉庫の方に歩いて行く。
その怪しい行動に氷室は警戒感を強める。
先程、海人たちとも美雨王女について来た光の王配の真の目的について話していたところだ。
本人が言うようにただ旅に同行して来ただけならかまわないがこのように水族の族長の屋敷内をうろつかれると他に何かの目的があるように感じてしまう。
氷室は自分の気配を消して自分の腰に差している半月刀に無意識に手をかけた。
今は神官になることを望んでいる氷室だが戦闘技術に関しては水族の中でも一目置かれる腕前だ。
妹の美波の事件が起こる前まで氷室は海賊や盗賊などをこの半月刀で倒してきた。
余程の腕前でなければ氷室が負けることはないだろう。
(でも油断は禁物ですがね。あの男が光の王配なら剣術の腕前も高いでしょうから)
各部族の王配候補者たちがみんな戦闘技術が高いとは言えないが仮にも次代の王配として候補に挙がる者たちだ。
それなりの腕前だと思っていた方がいい。
氷室はそっとその光の王配と思われる男の後を追う。
するとその男は倉庫の近くで立ち止まった。
後を追ってきた氷室も近くの木の陰に隠れる。
一瞬、倉庫の中の物でも盗むつもりかと思ってその男をよく見ると氷室は違和感を感じた。
(あの男……強い霊力を持っているのは分かりますが何か普通の霊力と違うような……)
氷室が疑問に思った瞬間、その男の身体から一瞬だけ物凄く強い霊力が立ち昇る。
時間にして瞳を瞬くぐらいの短い瞬間だったが氷室はその霊力に圧倒されて思わず身を反らしてしまい足元の小枝を踏んで「パキン」と音を立ててしまった。
「誰だ!?」
(しまった!)
光族の男は氷室の存在に気付き声を上げる。
男の前に姿を現すかためらったがよく考えればここは水の族長の屋敷。
族長の息子の自分が隠れる必要はないのだ。
むしろ怪しい行動を取っていたのはその男の方であり一瞬とはいえ男から立ち昇った強烈な霊力の正体も気になる。
もしそれが水族に害になるモノならこの男を排除するように族長に報告した方がいい。
たとえ光の王配であったとしても。
氷室は木の陰から姿を現しその男に近付く。
近付くとやはりその男の身体の中に霊力の塊のようなモノを感じる。
「私は水族の族長の次男の氷室です。貴方は美雨王女に同行してきた光の王配の方ですか?」
礼儀を損なわない程度に丁寧に話すが氷室はいつでも己の半月刀を抜ける体勢を崩していない。
それは目の前の男も同じだ。氷室のことを警戒しているのかいつでも剣を抜ける姿勢のままでいる。
「……水の族長の息子……? 確かに顔立ちが水の族長に似ているな。俺は美雨の光の王配の光主だ。光族の現族長の息子でもある」
(やはり光の王配でしたか。現光族の息子が光の王配になったのですね)
男の正体がハッキリと分かったので氷室は少しだけ安堵する。
光主と名乗った男が光の王配ならば余程の愚か者でない限り水の族長の屋敷で問題を起こすことはないだろう。
しかし光主の中に存在する霊力の塊の正体を知ることは重要なことだ。
「光主殿とお呼びしてもいいですか?」
「別に光主と呼び捨てでかまわない。お前だって族長の息子だというなら水の王配候補者のひとりなんだろ?」
「……一応そういうことになっています。では私のことも氷室とお呼びください。私の名前は「お前」ではないので」
嫌味を混ぜて答えると光主は僅かに苦笑しながら警戒していた姿勢を崩した。
「悪かったな、氷室。別に俺は水族にケンカを売りに来たんじゃないんだ。お前……じゃなかった、氷室もそう警戒しないで欲しい」
「そう言われても貴方の行動はどう説明するのですか? 光主。こんな人気のないところで一瞬とはいえ強烈な霊力を発したりして。それに光主の中にあるその霊力の塊の正体はいったい何なのですか?」
疑問を口にすると光主の表情が明らかに変化した。
目を瞠り心底驚いている様子だ。
「氷室は俺の中のモノの存在が感じられるのか?」
「そんな化け物みたいに強い霊力の塊に気付かない訳ないでしょう」
何を当たり前のことを言っているのだという態度を見せた氷室に対して光主は金の瞳を鋭くする。
一瞬やる気かと氷室の身体にも緊張が走った。
だが光主は自分の剣を抜くことなく代わりに不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ、俺のコレに気付くなんて水族の王配候補者にも見込みのある奴がいたんだな」
「何のことです……?」
「氷室。お前、かなり霊力が強いな。自分で霊力を抑え込んでいるようだが潜在的霊力は水の族長以上だろ?」
「……っ!」
図星を差された氷室は言葉に詰まった。
自分の霊力が父親の海羽以上だと気付いたのは自分自身だけだと思っていたのだ。
そのことに気付いたのは海龍神殿で神官見習いとして生活するようになった時だった。
海龍神殿に流れ込む海からの気のようなモノを自分の身体が吸収していってるのに氷室は気付いた。
まるで水を得た魚のように自分の霊力が強まるのを感じてから氷室は周囲に気付かれないように自分の霊力を全力で解放することなくひたすらその事実を隠してきた。
そうしなければ氷室が将来の族長や水の王配に選ばれてしまうと思ったから。
幸いにも父親の族長や海人たちも氷室の中に眠る霊力の強さに気付いた様子はなかった。
だから安心していたのにまさかこの光族の男に見破られるとは。
(いえ、ここは落ち着きましょう。この男が本当にそのことに気付いたかを見極めなければなりません)
「そんなことはありませんよ。もちろんある程度霊力が強いことは認めますが父上以上の霊力ではありません」
冷静を装うとする氷室を光主は鼻で笑う。
「氷室が霊力の強さをなぜ隠すのかは知らんが俺の中にいるコレの存在にはかなりの霊力の持ち主じゃないと気付かないはずだ。なにしろ水の族長も気付かなかったしな」
(父上がこの霊力の塊に気付かなかったですって!?)
衝撃の事実を知らされて氷室は狼狽えてしまう。
「まあ、今の段階でコレの正体をバラす訳にはいかないが気になるなら氷室が自分でコレの正体を探ってみればいいさ。もし氷室が俺と同じモノになれたならコレの正体が分かるだろうよ」
(この男と同じモノ……?)
「少なくとも氷室にはその素質だけはありそうだからな。だから氷室にだけは教えておいてやろう。俺は自分と同等の力を持つ男しか美雨の水の王配に認めるつもりはない。氷室が水の王配になりたいと思ったら俺と同じモノになれよ」
「水の王配選びに口を出すのですか?」
「違う。これは忠告だ。俺と同じモノにならなければ美雨の水の王配に選ばれてもそいつは不幸な事故で亡くなる可能性が高いから気をつけろってことさ」
それだけ言うと光主はその場から屋敷の方へと戻って行く。
その後ろ姿を見つめながら氷室は唇を噛み締める。
(つまりあの男と同等の力を持つ者が水の王配に選ばれなければ水の王配を殺すということですか。厄介なことになってきましたね)
おそらく海道では光主の力に対抗できない。
大切ないとこを殺される訳にはいかないのだ。
(あの男の中に存在するモノの正体も突き止めなければならないですし。父上でさえアレの存在に気付いていないなら悪戯に騒ぐ訳にはいきませんから私が調べるしかないですね。そのためにも美雨王女に近付いてみますか。美雨王女ならアレが何か知っているかもしれません)
氷室は気が重くなりながらもこれから自分がしなければならないことに考えを巡らせた。




