第84話 光主の日課
「美雨は明日水の王配候補者たちと会うんだろ?」
「そうですよ、光主。光主だって海羽様がそう話していたのを聞いていたではないですか」
夕食を終えた光主は美雨に用意された客室でくつろぎながら美雨との時間を過ごしていた。
部屋の中には野乃も控えているので二人きりではないが光主は美雨に甘える姿を隠そうとしていない。
野乃もこんな二人の姿には既に慣れていて特に二人の邪魔をすることはなかった。
それは光主がどんなに美雨に甘えて愛を囁いていても美雨の純潔を汚す最後の一線を越えないと光主のことを信じているからだろう。
光主も美雨が女王になるのを望んでいるのでその規則まで破るつもりはない。
惚れた男としては愛してる女に口づけ以上のことができないのは生殺し状態ではあるのだが。
「う~ん、そうだけどなぁ……やっぱり美雨と他の男を会わせるのは気が乗らなくてなぁ」
つい光主の口から本音が漏れる。
女王になる美雨に水の王配が必要だと理解していても本心は美雨を独り占めして自分だけが美雨の愛を得たいと願っているのだから当たり前だ。
「光主。私の水の王配選びに口を出すつもりはないと言っていたのは偽りの言葉だったんですか?」
真剣な表情で自分の顔を見つめる美雨に光主は自分の本心に蓋をする。
「俺が美雨に偽りの言葉なんて使わないさ。水の王配選びに口を出すつもりはない。今のは美雨に恋する男のただの戯れの独り言さ」
そう言って美雨の美しい銀髪を手に取りその髪に口づけると美雨はそれだけで顔を赤くした。
その初心な反応が光主の男としての欲望をさらに煽る結果になっていることを美雨は知らない。
(美雨が可愛い過ぎる。これ以上、ここにいたら美雨を押し倒しそうになるな。今夜はこの辺で引き上げるか)
美雨と離れるのは寂しいがさすがに光の王配として決定している光主であっても同じ部屋で寝る訳にはいかない。
そんなことをすれば美雨の純潔が疑われるし何より自分の理性が持たないことは光主自身が一番理解している。
「美雨はもう寝るといい。水の王配候補者たちに寝不足の顔を見せる訳にはいかないだろうし。俺は自分の部屋に戻るから」
「はい、分かりました。でも、あの、光主……」
「ん? なんだ? 美雨」
「私は光主のためにも水の王配候補者たちの方々の中から立派な水の王配を選ぶつもりです。だから光主も私が選んだ水の王配と仲良くしていただけませんか?」
必死な様子で訴える美雨の姿と「光主のためにも」という言葉が光主の心を揺さぶる。
(俺のために立派な水の王配を選ぶとか言われると余計に他の男を選ぶなとか言えなくなるじゃないか!)
水の王配候補者たちに自分と対等な力を持った男がいなければ本気で美雨を攫ってどこかに閉じ込めておきたいと頭の片隅で考えていた光主は内心溜め息を吐く。
愛する女の願いを無下にはできない。惚れた弱みとは高くつくものだと光主は自分を納得させた。
「もちろんだ、美雨。だから美雨は自分の心に素直に従って自分の水の王配を選ぶといいさ」
(その男が本当に水の王配として美雨を任せられるほどの男かどうかは俺が確かめてやるからな)
心の中でそう呟きながら光主はニコリと笑みを浮かべる。
すると美雨は明らかにホッとした顔になった。
美雨の中でも光主と水の王配に選ばれた男が仲良くできるか不安だったのだろう。
光主だって美雨を悩ませることはなるべくさせたくない。
「はい。ありがとうございます、光主」
「それじゃ、美雨。また明日な」
最後に美雨の頬にチュッと口づけをしておやすみの挨拶をすると光主は美雨の部屋を出る。
扉の前には美雨の護衛の当麻と高志乃が護衛についていた。
「光主様。今夜はもうおやすみですか?」
「ああ。お前たちは引き続き美雨の部屋の前で護衛していろ。水の族長の屋敷内であっても油断はするなよ」
美雨の前では甘い笑顔を見せていた光主だが当麻たちに向ける表情は厳しい。
「承知しました。二人で交代で見張りにつきます」
「ああ、頼むな」
美雨を狙っている黒幕は太陽神殿にさえ侵入できる者たちだ。
用心に用心を重ねても足りないぐらいだと光主は考えている。
(当麻たちが見張りとしていればある程度の抑止力にはなるがそれも相手が俺並みの力を持っていたら意味をなさない)
旅の途中、美雨に隠れて当麻たちの剣の腕前を試してみたがやはり王配選びの旅で女王候補者を護衛する者として選ばれた騎士に相応しい腕前だった。
しかしそれは相手が普通の暗殺者程度なら対抗できるものに過ぎない。
光主のように次代の王配に選ばれるような者たちは霊力も強くそのような者がもし美雨の命を狙ってきたら当麻たちでは防ぎきれない。
そう思ったからこそ光主は美雨の旅に同行するという判断をしたのだ。
当麻たちに後を任せて光主は自分に用意された部屋に向かうフリをして屋敷内の人気がなさそうな場所を探し始める。
光主には美雨たちの誰にも知られていない日課があったのだ。
それは自分の身体に宿っている雷神の力を自分の思い通りに使うための鍛錬だ。
毎日少しずつ雷神の力を解放してはその力を制御するということを繰り返していた。
おかげでこの水族に辿り着くまでに雷神の力をほぼ制御できている。
それは光主の身体に宿る雷神の気配を消すことも含まれていた。
(水の族長は俺の中の雷神に気付いた様子はなかったしな。もし雷神の存在に気付いていたら俺の滞在を認めなかっただろうし)
光族の神の力を行使する者など水族の者の安全を考えれば受け入れることはしないはずだ。
海羽に雷神の存在を知られずに済んだことは幸いだが光主の中の雷神の力はずっと溜め込んでいると光主の身体の方が持たなくなってしまうので少しずつ毎日僅かに力を放出する必要があった。
建物の外に出た光主は敷地内の裏手に倉庫のような建物があることに気付いた。
倉庫の周辺に人の気配はないようだ。
(ここでいいか)
光主はその場に立つと一瞬だけ雷神の力を解放した。




