第82話 光主の水族の滞在許可
「こちらの部屋でお待ちください。すぐに族長様がいらっしゃいますので」
使用人に案内されたのは広い応接室のような部屋だ。
華美ではないが品質の良い調度品が使用されていてそれらの色味は淡い青色で統一されている。
光族では白い色を使った物が多かったがもしかしたら水族は青色を好むのかもしれない。
(水族は海の民だし瞳も青いから青い色にこだわりがあるのかな)
しかし都を歩いて来たが光の都のように街の中の建物が青色に統一されているということはなかった。
それを考えるとこの青色に統一された部屋は単に族長の好みという可能性もある。
「美雨も疲れただろ? 族長が来るまでソファに座っていようぜ」
光主は大きなソファにどかっと腰を下ろす。
そして自分の隣りの部分を手で軽く叩いた。
どうやらそこに座れということらしい。
「でもすぐに族長様がいらっしゃると言っていたのにソファで座って待つというのは失礼にあたるのではないですか?」
「そんなことで怒るぐらいなら水の族長の器は小さいってことを証明するようなものだ。あの水の族長はそんなことで怒りはしないから大丈夫だ」
そう言われるとそんな気もするし族長が来たらすぐに対応すれば問題ないだろうと美雨は光主の隣りに座った。
(だけど今の光主様の言い方ってまるで水の族長様を知っているみたいよね。どこかで会ったことがあるのかしら?)
各族長は定期的に王都にやって来て女王と一緒にこの国の政を行っているので当然お互いの顔を知っているはずだ。
だが各部族の族長の身内同士が普段から交流があるのかどうか美雨は知らない。
「光主は水の族長の海羽様に会ったことがあるんですか?」
「あぁ、数年前に一度だけな。何かの用事があったらしく水の族長が光族まで来たことがあったんだ。その時に挨拶をした程度だが変な奴には見えなかったしな」
「こ、光主! 水の族長様に向かって変な奴なんて失礼ですよ!」
「別のこの場にいる訳じゃないしこれぐらい平気さ。水の族長の前ではなるべく礼儀正しくするから安心しろ」
光主は余裕の笑みを浮かべているが美雨は不安になる。
けれど光主は光族の族長の息子として教育を受けた者だ。
状況に応じてその場に相応しい態度を取れるに違いない。いや、そうしてもらわないと美雨が困ってしまうのだが。
すると扉がノックされた。
族長が来たのだと思い美雨は慌ててソファから立ち上がる。
光主も同じく立ち上がったところで扉が開き水族の男性が部屋に入って来た。
「失礼致します。美雨王女殿下。水族の族長を務める海羽と申します」
恭しく頭を下げて挨拶をした海羽は切れ長の瞳に鼻筋が通った整った顔立ちの人物だ。
若い頃は女性にモテたに違いないと美雨の頭に余計なことが浮かんだがそんなことは表情には出さずに美雨も挨拶を返す。
「初めまして、海羽様。第三王女の美雨です。私のことは王女殿下という敬称はつけずに美雨と呼んでください」
「承知致しました。では美雨様とお呼びしてよろしいのですね?」
「はい、お願いします。できれば水の王配候補者の皆様にもそう呼んでいただけるように伝えてもらえると嬉しいのですが」
「分かりました。水の王配候補者たちにもそのように伝えておきます。水の王配候補者とは明日の午前中に顔合わせを行う予定にしていますがそれでよろしいでしょうか?」
「はい。かまいません」
水の王配候補者たちに早く会いたい気持ちは強いが旅の疲れがあるのも事実だ。
一晩ゆっくり休ませてもらってから水の王配候補者たちと会った方が心も体も万全な態勢で王配選びができるだろう。
「ではそのようにさせていただきます。美雨様がお使いになる部屋はこの後にご案内しますがその前にひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんでしょうか?」
「私の記憶違いでなければそちらにおられるのは光族の族長のご子息の方ではありませんか?」
ギラリと海羽の青い瞳が鋭く光主を捕らえる。
その視線は相手を視線だけで凍らせることができるようにさえ感じた美雨は背筋がゾクリとした。
自分に向けられた視線ではないはずなのに美雨自身も凍りついてしまいそうだ。
(もしかして海羽様は光主様がこの場にいることを怒っていらっしゃるの? そうよね、水の王配選びに来た女王候補者が他部族の族長の身内を連れて現れたら不審がられても仕方ないし)
ただ他部族の族長の身内を連れて来た訳じゃなく光主は美雨の光の王配に決定している。
自分の決定した王配を連れて王配選びの旅をすることは前例がない。
ここでうまく海羽を説得できなければ光主がこの屋敷に滞在することは難しい。
(ここは穏便にうまく説明しないと!)
美雨が慌てて言葉を発しようとした時に先に光主が口を開いた。
「水の族長の海羽様に覚えていただけているとは光栄です。確かに私は光族の現族長の息子の光主と申します。今は美雨様の光の王配になり旅に同行してここにやって参りました」
先程までの粗暴な態度など微塵も感じさせない優雅で礼儀正しく海羽に一礼をする光主の姿に美雨は内心唖然とする。
まるで太陽神殿で初めて会った頃の光主を見ているようだ。
「ほぉ、光主殿は美雨様の光の王配になられたのですか。それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
鋭い視線はそのままでも海羽は笑みを浮かべて光主に祝いの言葉をかけ光主も海羽の視線に怯むことなく笑みを浮かべて礼を述べる。
お互いに笑みを浮かべていても二人の間には緊張感が漂っているのが美雨にも分かった。
「それで光の王配に決定した者が王配選びの旅に同行して水族に来たという話は聞いたことがないのですが私の勉強不足でしたかな?」
「いいえ、海羽様の仰る通りそのような前例は歴史上ありません。ですが前例がないだけで決定した王配がその女王候補者の王配選びの旅に同行してはいけないという禁止事項もありません。そのため私は自らの意思で美雨様の旅に同行すると決めてここまで来ました。お手数なのは理解していますが私もこの屋敷に滞在させてもらえないでしょうか?」
「なるほど、確かにそのような禁止事項もなかったと記憶してます。しかし美雨様が水の王配を選ぶ時に光主殿が美雨様にご意見を言うつもりはないのですかな?」
予想通り海羽は水の王配選びに光族が関与するのではないかと疑いをかけてきた。
しかし光主は笑みを崩さず切り返す。
「そのようなことは微塵も考えておりません。女王になる予定の方が王配の意見に左右されるような人物では問題になるでしょう。それとも海羽様は美雨様がそのような王配の言葉に惑わされる方だと思われますか?」
「……まさか、そのようには思いません。女王候補者は次代の女王教育を受けた立派な候補者でしょうから」
次代の女王になる器があれば自分ごときの意見で水の王配を決めることがないはずだと光主に言われれば海羽も強くは出られない。
六部族の調和を保つのが女王である以上、ひとつの部族の王配の意見に左右される人間ならばその時点でその者は女王の器ではないのだ。
海羽が光主の意見で水の王配選びに影響が出るのではと疑うことは美雨に対する侮辱に当たる可能性が高くなる。
美雨は女王候補者の中でも有力な候補者だ。もしここで美雨と揉め事を起こすと美雨が女王になった時に水族の印象を悪くする恐れがある。
水族の族長として水族が不利になることは避けるに違いないと考える光主はさらに海羽にたたみかけるように言葉を続けた。
「そうです。美雨様は女王候補者の中でももっとも次代の女王になるに相応しい方だと私は思っています。だからこそ私も美雨様が女王になった時にこの国の光の王配として美雨様をお支えする心構えでおります」
「……」
光主がわざと美雨が女王になれば自分がこの国の光の王配になるのだと断言すると海羽はしばし無言になる。
この国の王配の身分は族長よりも上だ。
たとえ王配に政に口を出す権利はなくとも女王のもっとも身近な存在は王配であることに変わりはない。
光主が正式な光の王配になれば水族の族長の海羽より身分が上になるだけでなく女王の耳に水族が不利になる言葉を囁くことは可能なのだ。
もちろんその言葉に耳を傾けるかどうかは女王自身が判断することではあるのだが。
代々の六部族の王配と族長は微妙な力関係で成り立っている。
族長から見れば自分の味方となる王配が多いことに越したことはないのだ。
「……光主殿なら美雨様が女王になられることがあったらきっと素晴らしい光の王配になられるでしょうな。六部族のみんなから慕われるような。光主殿の滞在を認めますので部屋を用意致します。準備ができるまでしばらくお待ちください。水族滞在中はご自由にお過ごしになってけっこうです」
「ありがとうございます。この恩義を私が忘れることはないでしょう」
光主がにこやかにそう答えて握手を求めると海羽も視線を穏やかなものに変化させてその握手に応える。
二人の間で交渉が成立した証だ。
「では美雨様。また明日お会いしましょう」
海羽は美雨に一礼をして部屋を出て行った。
緊迫感漂う二人のやり取りにハラハラしていた美雨は安堵の溜め息を吐く。
(分かってたつもりだけど光主様は光の王配に適任な方ね。王配と族長の微妙な力関係を利用して海羽様を説得してしまうなんてすごいわ)




