第80話 絶える王族の血
「水の都も大きな都ね」
水の族長の家に向かいながら美雨は水の都の様子を観察する。
行きかう人々は当然ながら銀髪に青い瞳の特徴を持つ水族ばかり。
光の都でも思ったことだが各部族は同じ部族の者が集まり生活をすることが当たり前のようで水族以外の者は僅かにしか姿を見ない。
六部族の者が入り乱れて生活する王都の方が珍しいのだと実感させられるようだ。
(そう言えば王都で生活をする者も自分の伴侶には同じ部族の者を選ぶ者が多いわよね。どうして他の部族の者を伴侶に選ばないのかしら?)
光の都や水の都のように同じ部族の者が多い場所では恋する相手が同じ部族なのは理解できる。
他の部族の者より同族の異性と出会う機会が圧倒的に多いのだから。
しかし六部族が一緒に暮らす王都であっても多くの者が自分の伴侶に同族を選ぶのだと美雨は聞いたことがあった。
事実、美雨の世話をしてくれた既婚のメイドや女官などと家族の話をするとたいがいは同じ部族の者と結婚していたものだ。
華天国が建国されてから長い時が流れたのだから同じ国民同士の血が交わりいろんな外見を持つ者がもっと多くてもおかしくないのではないだろうか。
美雨たち王族のように。
もちろん僅かながら他部族同士で結婚している者もいる。
だがそれもごく少数であるため六部族のそれぞれの特徴が混ざった者など美雨は王族以外に見たことがないのだ。
(もっと他部族同士が婚姻することが増えれば自然と各部族同士の見えない壁がなくなるのではないかしら。それとも同じ部族同士で婚姻する原因が何かあるのかな)
女王教育では六部族の調和を保つのが女王だと教えられたが長い時をかけても六部族同士が基本的に交わろうとしないのはなぜなのか。
思わず美雨はそのことを真剣に考えてしまう。
「美雨様。いかがされましたか? 難しいお顔をされていますが」
野乃が馬上で自分の考えに没頭していた美雨に声をかけてきた。
「いえ、水の都はやっぱり水族の人たちが多いなと思ってたらなぜ六部族は同じ華天国の国民なのに同族以外と結婚する者が少ないのか不思議に思ったのよ。だって同族同士の結婚が多いからそれぞれの一族の外見の特徴がハッキリと現れてその人が何族の人か分かるでしょ。六部族の血が混ざっていればいろんな姿の人がいるはずじゃない。王族のように」
「まぁ、そんなことを考えていらしたんですか? 答えは簡単ですよ。同じ部族同士でなければ子供が産まれにくいからです。子供を持ちたいと願うならば同族と結婚する方がいいんです」
「え? そんなことあるの? だって女王は毎回各部族の王配を迎えて子供も普通に産まれているわよ?」
違う部族同士の者の間に子供が産まれにくいなら歴代の女王だって子供ができない可能性が高かったはずだ。
だが現実には女王の血脈は代々受け継がれて存在する。もちろん必ずしも直系の王女が次代の女王になるとは限らないのだが。
「それが女王が女王たる所以だな。野乃の言ってることは本当だ。他部族同士の婚姻では子供が産まれにくい。俺も王配候補者として教育を受けた時に習ったが各部族と王族の間には不思議と子供が普通に産まれるんだ」
美雨と野乃の会話が聞こえたのか光主がそう教えてくれる。
「そうなのですか?」
「ああ。だがこれも不思議なんだがただの王族と女王では圧倒的に女王の方がたくさんの子供を産むことが確認されている。女王の直系から遠くなる王族には子供が産まれにくいらしい。まるで女王の血をいたずらに拡散できないかのようにな」
光主に指摘されて美雨はこの国の王族のことを思い出す。
確かに女王以外にも王族は存在するが女王の直系から遠ざかれば遠ざかるほどその王族の子供が産まれずに血筋が絶えていっている事実に気付いた。
今の女王には美雨の他にも娘がいる。
しかし女王候補者のひとりでもある美雨のいとこの照奈は一人っ子だ。
他にも叔父叔母はいるが子供はいない。
この国では女王になれなかった王族の女性や王位継承権を持たない王族の男性も生涯王族扱いを受ける。
国の歴史が長くなればなるほど普通に考えれば王族はどんどん増えていくものだろう。
だがこの国の王族はなぜか一定数以上増えることはない。
それは女王の直系以外の王族の血が絶えていくからだ。
その現実に美雨は背筋が寒くなる気がした。
これではまるで女王以外の王族はこの国に必要ないと何かの力が働いているようではないか。
「確かに普通の王族の血筋が絶えているのは事実だわ。でも女王の血脈は受け継がれている。女王だけは他部族との間に子供を作ることに支障がない。なんで今までそのことに気付かなかったのかしら。それに光主は王配候補者の教育でそのことを知ったのですよね? それなら女王教育でもそのことを教えて欲しかったわ」
すると光主が複雑そうな表情になる。
「あ~、たぶんそれは女王になった時に教えるつもりだったんじゃないか。女王の閨事にも関係してくるしな」
「……っ!」
光主の口から閨事という単語を聞いて美雨は顔を赤くしてしまう。
女王がその血筋を残す為に子供を産むということは自分の王配たちと交わるということだ。
閨事に関する知識は一応習ってはいたがそのことを教えてくれた教師は「これはあくまで一般的な者たちの閨での作法であり女王と王配との閨の作法はまた別の機会にお教えします」と言っていた。
その時には特に疑問に思わなかったが複数の王配を持つ女王の閨事が一般人のものとは違うのは当然だろう。
しかも産まれてくる子供の父親が特定されては困るのが女王の閨の作法だ。
特別な決まりごとがあるに違いない。
「ね、閨事に関してのことは別として教えてもらいたかったのは女王が子供を産むことの重要性の方です! 私が女王になっても子供が産まれるとは限らないじゃないですか。その時には次代の女王をどうするか頭に入れておかなければならないですし」
子供は授かりものなのだから美雨が必ず子供を産めるかどうかなど分からない。
ましてや次代の女王になる娘が産まれるとは限らないのだ。
女王の血筋を残すために女王が子供を産む重要性についてのことと王族の血筋が絶えていく事実も女王として知っておかなければならないはず。
それなら女王教育の時にそのことを教えてもらいたかっただけだ。
美雨がそう主張すると光主は意味ありげな笑みを口元に浮かべる。
「その心配なら無用だ。美雨は必ず子供を産むから」
「なぜそう断言できるのですか?」
「俺が美雨を孕ませるからだ」
「……っ!」
当然の如く「孕ませる」と言われた美雨は羞恥のあまり馬上で卒倒しそうになり慌てて馬の手綱を握る。
危うく馬から落ちるところだった。
「大丈夫か? 美雨。体調が悪いなら俺の馬に乗るか?」
心配する光主に美雨は心の中で叫ぶ。
(光主様のせいで馬から落ちそうになったんです! 人が往来しているところでなんて言葉を使うんですか!)
「だ、大丈夫です! そ、それより、そのような言葉を人前で使わないでください!」
顔を赤くして怒る美雨を光主は面白そうに見つめる。
「美雨が心配しているから心配することないと安心させたつもりだったんだがな」
「そ、そういうことではありません! 意地悪な光主は嫌いです!」
「すまんすまん、美雨。これからは気を付けるから許してくれ。美雨に見捨てられたら俺は生きていけないんだ」
縋るような声で光主に謝られると美雨も弱い。
自分でも甘いと思いつつも渋々許してしまう。
「分かりました。許してあげますけど今後は気を付けてくださいね」
「ああ、ありがとう、美雨」
光主とのひと悶着にけりがついたところで美雨が前方に目を向けると水の都にある大きな港が見えた。
港から美雨のいる場所は距離があるがここからでも目視できる巨大な船が何隻もある。
(随分と大きな船ね。水族は海に船で出て魚を獲る漁をするって聞いてたけどあんな大きな船で魚を獲るのかしら?)




