第79話 水の都到着
「これが……海……?」
美雨は眼前に広がる海を見て呆然と呟く。
海の存在はもちろん書物を読んで知っていたが実際に本物の海を初めて見た。
想像していたよりも遥かに大きい存在の海に美雨は圧倒される。
「水のお父様の嘘つき……海は池を大きくしたようなものだなんて言ってたけど全然違うじゃない」
王宮から出たことのない美雨が海についてのことを水のお父様の志水に尋ねたことがあった。
その時志水は少し困った顔をしながらも「池を大きくしたようなものだよ」と答えたのだ。
王宮の庭には池がある。
美雨が目にすることができる水が溜まったものといえばその池ぐらいだったから志水はそう美雨に教えるしかなかったのかもしれない。
(それでも池と海じゃ比較にならないじゃない)
説明に困った志水の気持ちも今なら分からないでもないがもっと海についての正しい知識を教えて欲しかったと思ってしまう。
「水の都は海に面した都ですからね。海が見えたら水の都に着いたようなものですわ、美雨様。美雨様は海を見たのは初めてでいらっしゃいますよね?」
「そうよ、野乃。水のお父様には海は池を大きくしたものだと言われたけど全然違うものだわ」
「まあ、そうでございましたか。確かに池とは違いますね。大きさも違いますが池の水は飲めるものもありますけど海水は飲めませんし」
「それは書物で習ったわ。塩辛いのでしょ?」
「そうです。もし機会があったら浜辺に行って実際に海の水を舐めてみるのもいいかもしれませんよ、フフフ」
野乃は笑みを漏らしながらそんな提案をする。
(そうね。機会があったらそれもぜひ体験したいわね)
何事も経験に勝ることはないと美雨はこの王配選びの旅で学んでいた。
海の水が本当に塩辛いのか実際に舐めてみれば真実が分かるだろう。
「美雨様。水族の族長の海羽様には本日美雨様が到着する予定だと報せを出しているので水の都に急ぎましょう」
「分かったわ、当麻」
水族の族長を待たせる訳にはいかない。
王女だからと言って各部族に対して我儘や傲慢な態度を取ればそれは王家への批判を招く可能性がある。
旅の間は王女としての身分を隠しているがそれでも自分が王女であり女王候補者であることを忘れてはいけないのだ。
だから美雨はなるべく各部族の負担にならないようにと気を使っているつもりだ。
本日到着予定と水族の族長に報せたならその約束は破りたくない。
(でも私が水族に来ることは水族も当たり前に知っていたことだと思うけど光主様が同行していることも当麻は水族の族長に報せたのかしら?)
既に女王候補者と婚約した者が王配選びの旅に同行して各部族に来るということは前例がない。
当然、水族側も美雨だけが来ると思っているはずだ。
美雨は光主がそばにいてくれて嬉しいが光主がいることで水族の迷惑になるのではないか。
今更ながらそんな考えが美雨の頭に浮かぶ。
「当麻。水族の族長には光主が同行していることを報せてあるのですか?」
「それは……」
当麻は美雨の問いかけに返事を濁す。
すると光主が当麻の代わりに美雨に答えた。
「俺が同行していることは水族の族長には報せていない。当麻には俺がそうするように指示したんだ」
「え? でもそれでは水族側の準備ができなくて水族に迷惑をかけてしまうのでは……?」
「そもそも奴らにとっては俺が同行していること自体を邪魔に思う可能性が高い。先に報せて俺を受け入れないと返事をされても困るからな。いきなり乗り込んでいった方が水族も俺を拒否することはできないだろう」
まるでこれから戦でもするかのように光主は不敵な笑みを口元に浮かべる。
光主の言う通り事前に報せたことで水族から光主の受け入れを拒否されるのは美雨も困るが水族に迷惑はかけたくない。
「あ、あの、確かに光主の滞在を認めてもらえないと私も困りますがいきなり乗り込んでいっても水族の族長が光主を受け入れないと言ったらどうするんですか? 光主は光の都に帰るんでしょうか?」
美雨は光主と離れたくないがどうしても水族が光主を受け入れないという態度に出た場合は光主は光の都に戻らなくてはならなくなるかもしれない。
そんな不安に美雨の胸がギュッと苦しくなる。
「俺は何があっても美雨のそばから離れないと言っただろ。美雨を置いてひとりで光の都に帰ることはないから安心しろ。水族の族長とは俺が直談判で話をつける。ようは俺が水の王配選びの邪魔をしないと約束すれば水族だって納得するさ」
(そううまくいくかしら。でも光主様は私の光の王配だもの。私の水の王配になる方にも光主様の存在を受け入れてもらいたいわよね)
自分の王配になる者同士は仲良くしてもらいたいと美雨は願う。
それにここで光主と美雨が選ぶ水の王配が顔を合わせることがなかったとしても時期がくれば必ず美雨の光の王配と水の王配として王宮で出会うことになるのだ。
それなら早い段階でお互いのことを知ることができれば仲良くもできるはず。
「分かりました。この件については光主にお任せします。あの、でも、絶対に穏便に話をしてくださいね?」
光族と水族の関係に亀裂など入れる訳にはいかない美雨はそうお願いする。
すると光主は極上の笑顔を美雨に向けた。
「俺が美雨が嫌うことをする訳がないだろう? 女王は各部族の調和を保つ存在だということはちゃんと理解している。美雨が女王になるために必要なことならなんでもするさ……なんでもな……」
「光主がそう言ってくれると私も頑張れます。ありがとうございます、光主」
美雨は言葉の裏に潜む光主の思惑には気付かない。
光主が美雨の水の王配には自分と同等の力を持った者しか認める気がなくそのことを見極めるために光主がなんでもするつもりでいることなど夢にも思わない。
「では急ぎましょう」
明るい声で美雨はみんなを促す。
海沿いの道を進んで行くとやがて水の都が見えてくる。
「あそこが水の都です、美雨様」
案内役の当麻を先頭に美雨たち一行は水の都に到着した。




