第75話 野乃の家族
「美雨。水の都にはもうすぐ着くがここで一度休憩しよう」
「分かったわ、光主」
光主の言葉で美雨たち一行は馬を止め休憩に入る。
光族から水族に向かう道中は特に大きな出来事も無く順調に旅を続けていた。
「では光主様。我々は見張りに立ちます」
「ああ、よろしくな」
当麻と高志乃は光主に一声かけると美雨たちが休憩を取る場所の見張りを始めた。
(なんだか光族を出発してから当麻たちの護衛が強化された気がするわ)
美雨は見張りに立つ自分の二人の護衛の姿を見てそんなことを思う。
王都から光族に向かう途中でももちろん当麻や高志乃が護衛してくれてはいたのだが今のように厳しい表情で見張りに立つことはなかった。
しかも当麻たちは何をするにしても光主にお伺いを立てているようにも感じる。
光主は美雨の光の王配なのだから当麻たちが光主に従うこと自体は問題ではないが時折この三人が話し込んでいる姿も美雨は見ていた。
何か護衛の任務で都合の悪いことでも起こったのかと気になった美雨がそのことを尋ねると当麻たちは「何でもありません。美雨様の安全について話していただけです」としか答えてくれなかった。
当麻たちは美雨を護衛することが仕事なのでその仕事に必要な話をしていただけだと言われるとそれ以上追及はできない。
(もしかしたら光主様も護衛の対象になって当麻たちの負担が増えているのかしら。でも光主様に護衛なんて必要ない気もするけど……)
元々、剣技に優れている光主はその身に雷神も宿している。
ハッキリ言って盗賊が襲って来ても光主を倒すのは至難の業だ。
当麻たちに護衛される必要が光主にあると思えない。
そうすると単純に美雨を護るために警備が強化されていることになるが美雨にはなぜそうなったのか心当たりがなかった。
「美雨様。お飲み物をどうぞ」
考え込んでいた美雨に野乃が水筒に入っていた水をカップに淹れて渡してくれる。
「ありがとう、野乃」
それを受け取り美雨はカップに口をつけて水を飲む。
水族の土地の気候は暑い訳ではないが旅をしていると喉が渇くので美雨は一気にカップの半分の水を飲んでしまった。
「旅をするまでは水がこんなにおいしいものだとは気付きもしなかったわね」
王宮で飲む物と言えば基本的に紅茶やジュースやお酒などで水も飲むことはあるがこれまで美雨は特に水を飲んでおいしいと感じたことはなかった。
しかし旅に出てから喉の渇きを覚えるようになりその時に飲む水筒の水のおいしさに美雨は驚いた。
そして野乃から旅人にとって水は貴重な物だとも教わり納得したものだ。
人は水無しでは生きられない。そんな単純なことさえ王宮育ちの美雨は意識してなかったのだ。
(本当にこの旅は私自身を成長させてくれる旅ね)
「そんなにうまい水なら俺にもくれよ、美雨」
美雨の隣りに座って一緒に休憩していた光主が美雨の持っていたカップを奪ってそのまま飲みかけの水をゴクゴクと飲んでしまった。
(わ、私の、飲みかけ……っ!)
「確かにうまいな。美雨の香りが仄かについた水は格別だ」
自分の濡れた唇をペロリと舌で舐めながら光主は美雨に甘い視線を送ってくる。
その甘い瞳に見つめられたことと美雨の飲みかけの水が「美雨の香りがする」と言われると羞恥心で美雨の顔が赤くなってしまう。
「こ、光主は自分の水があるでしょう……?」
「美雨と同じ物を常に俺は口にしたいんだからこれくらい許してくれよ、美雨」
非難するような目つきで美雨が睨んでも光主は気にすることなく甘い声で美雨に許しを請う。
そんな光主を強く拒絶できないのが美雨の最近の悩みだ。
「こ、今回は許してあげますけど、食するものは自分の分を食してくださいね!」
「分かったよ、美雨……本当は美雨を食べたいんだけどな……」
呟くように吐き出された言葉の後半部分を美雨は聞き取れなかった。
「……え? 今、なんて言いましたか?」
「なんでもないよ。そういえば野乃は水族だが水の都に家族とかいるのか?」
本音を誤魔化すように光主は野乃に話題を振る。
光主が美雨を望んでも正式に結婚するまでは美雨に手を出すことはできないのだ。
女王候補者は女王になるまで純潔でいることという決まりがある。
さすがに光主もその決まりまで破るつもりはない。
光主に誤魔化されたことに気付かない美雨の意識は野乃に移る。
(そういえば野乃は純粋な水族よね。野乃の家族のことって詳しく聞いたことなかったかも……)
水族の野乃の家族が水の都に住んでいる可能性は高い。
もちろん水の都以外の水族の土地に住んでる水族の者もいるが各部族は自分たちの都を居住地にしている者が多いのだ。
「私の家族ですか? 両親は昔、水の都に住んでいましたが今はもういません」
「え? 今はいないって水の都以外の場所に引っ越したの?」
「いえ、違います、美雨様。私の両親は数年前に亡くなりまして……」
野乃は僅かに寂しげな表情を浮かべた。
その様子を見て美雨は衝撃を受ける。
(野乃のご両親が亡くなっていたなんて知らなかったわ!)
「それは悪いことを聞いてしまったな。すまない、野乃」
「いえ、気にしないでください、光主様。もう昔のことですので……」
謝る光主に野乃は微笑みながらそう答える。
「野乃には亡くなったご両親以外に家族はいないの?」
「はい。私は一人っ子でしたから他に家族と呼べる者はおりません」
「そんな……野乃が私の侍女になってしばらく経つのに私は野乃のことを何も知らなかったのね。ごめんなさい、野乃」
美雨は闇のお父様や水のお父様を亡くしてもまだ母や他の父たちがいるし姉たちもいる。
家族が一人もいない野乃の寂しさや辛さがどれほどのモノか想像もできない。
「美雨様が謝られることは何もありませんよ。両親を亡くした私に生きる気力を与えてくれたのは美雨様なのですから」
「……え?」
(私が野乃に生きる気力を与えたってどういうこと……?)




