第74話 水族の土地への出発
「今、何と言ったのだ……?」
「ですから俺は美雨の王配選びの旅について行くと言ったんです」
自分の聞き間違いかと思い尋ね返した澄光だったがどうやら聞き間違いではないと分かり困惑する。
そんな戸惑った澄光の様子に光主は心の中で思わず笑ってしまう。
決定した女王候補者の婚約者がその女王候補者と一緒に旅をして他の部族に行きその部族の王配選びに立ち合うなど長い華天国の歴史においてもないことだということは光主も理解している。
だがそれは前例がないだけで禁止されている行為ではない。
あくまで慣例として旅について行くことがなかっただけだ。
禁止事項でないなら光主が美雨の旅について行ってもそれで美雨が罪に問われることはない。
それに美雨は命を狙われているのだ。自分が美雨を護らずに誰が美雨を護るというのか。
もちろん美雨には護衛の騎士がついてはいる。
けれどもし黒幕が王弟ならばこの先どんな罠があるか分からない。
相手は太陽神殿にさえ侵入することができるほどの者なのだ。
用心して用心し過ぎることはないはずだ。
「光主……一応、言っておくがそんな前例はないぞ」
「分かっています。ですが王配選びの旅の禁止事項には決定した婚約者が旅に同行してはいけないというものもないはずですが?」
「……確かにそんな禁止事項はない。だが本気なのか? 美雨様について行けば美雨様が他の部族の男に好意を寄せる場面を見ることになるかもしれないのだぞ」
「それも承知済みです。むしろ美雨は美しく魅力的な女性ですから彼女に惹かれない男の方がどうかしてる」
「……それが分かっていて旅に同行すると?」
普通の感覚では受け入れ難い状況だと考えられるのに光主にはそのことを悲観する様子は見られない。
自分の息子はどこか壊れてしまったのかと澄光は疑ってしまう。
すると光主の顔が冷徹さを感じさせるものに変化した。
金の瞳は鋭利な刃物を思わせる鋭さになり口元には僅かに冷たい笑みを浮かべる。
身体を纏う霊気さえ変化し圧倒的な存在感を光主が放つと思わず気圧されて澄光は身震いした。
「美雨を女王にするには他の部族の王配は必要不可欠。その存在を俺は否定しないし美雨が他の王配と愛し合ってもかまいませんよ……ただ、その男が美雨の王配に相応しい力を持った男であることが最低条件ですが」
光主は己よりも力が劣る男を美雨の王配として認めるつもりはない。
最低でも自分と同じぐらいの実力を持った者でなければ。
それを見極めるためにも美雨の旅について行く決意をしたのだ。
「お前は己と同等の力以上の者でなければ美雨様の王配として認めないつもりなのか? 雷神を宿したお前と同等の力を持つ者などそう簡単にいる訳がなかろう」
「美雨の愛が欲しいならそれぐらいの力を持ってもらわなければ。美雨の愛を簡単に得られると思う方が間違いですよ」
「……もし美雨様に相応しい男が見つからず他の王配を得られずに美雨様が女王になれなかったらどうする気だ?」
「……その時は美雨は俺だけのモノです。どこかに美雨を閉じ込めて俺だけが美雨の愛をもらいます」
「光主! 力に溺れるな! この国がどうなってもいいのか!」
澄光の鋭い叱責さえ光主の心に響くことはない。
光主の身体には女王の愛の鎖が何重にも巻かれている。
その鎖を断ち切ることは誰にもできない。
「俺は美雨に溺れてるだけです。この国など美雨と比べたら取るに足りない存在でしかない……ですが彼女を泣かせることが本意ではないのも事実。だから他の部族に俺と同等の実力の男がいることを祈っていてください、父上」
「……光主……そうだな、そう祈っておく……」
愛という鎖に囚われて幸福そうに微笑む自分の息子に対して澄光が最後に言えたのはその言葉だけだった。
「まさか本当に光主が旅に同行してくれるなんて今でも夢みたいだわ」
数日前に光主から美雨の王配選びの旅に同行することを伝えられた時は美雨は心底驚いた。
そして今日は光族から次の水族の土地に出発する日だ。
「美雨は俺がいないと何もできないからな。旅の間はずっと俺が面倒をみてやるぞ」
「そんなことありません! 自分のことは自分でしますから光主は私を甘やかさないでください」
「分かったよ。でも美雨のことは必ず護るから」
光主は美雨の身体を抱き寄せて額にチュッと口づけをする。
「こ、光主! 人前ではやめてくださいとあれほど……きゃあっ!」
抗議する美雨の身体を光主はひょいっと馬の上に乗せてしまう。
慌てて美雨は自分の馬の手綱を持った。
「美雨様。旅の安全をお祈りしております」
美雨たちの見送りには族長の澄光と光拓と空月が来てくれた。
月天は美雨から「処罰は軽くして欲しい」と願い出たのでしばらくの間太陽神殿への立ち入り禁止で済んだらしい。
光延は用事があって来れないという話だった。
その裏で光主が「お前は顔を見せるな」と光延を脅していたことを美雨が知ることはない。
「馬上からで申し訳ありませんがお見送りありがとうございます。澄光様。皆様もお元気で」
「よし、挨拶はそれぐらいでいいだろ。出発するぞ」
光主も自分の馬に乗り美雨たち一行は水族の土地を目指す。
美雨たちの姿が見えなくなると光拓が澄光に言葉をかけた。
「父上。今回の王配選びは波乱の予感がするけど父上はどう思いますか?」
「……全ては新しき女王に委ねられるだろう。それがどんな結果でも私たちは受け入れなければならない。それがこの国の決まりだ、光拓」
「そうですね。俺は美雨様が女王様になることを願いますよ。それがたぶん一番この国のためになると思うから」
新たな旅立ちを祝福するように青い空には太陽が光り輝いていた。




