第67話 火事の火元
「……んぅ……」
眠っていた美雨は何かの音が聞こえた気がして目を覚ます。
美雨がいる寝室は暗闇だったが耳を澄ますと隣りのリビングから「パチパチ」という音が聞こえて何か焦げるような臭いもした。
「……何かしら?」
侍女の野乃はこの寝室ではなく美雨が使う部屋の隣りの部屋で休んでいる。
異変があればすぐに分かるはずだから何かあれば野乃が美雨のもとに駆け付けるはずだ。
しかし野乃が来る気配はない。
美雨がベッドから身を起こすと焦げるような臭いが強くなった。
リビングで何かしらの異変が起こっているのは間違いない。
慌てて美雨はリビングに続く寝室の扉を開ける。
すると大量の煙が美雨を襲った。
「ごほっ! ごほっ! な、なに……!?」
咳き込みながら美雨がリビングを見るとそこは真っ赤な炎に包まれている。
美雨はとっさに扉を閉めた。
「か、火事だわ! に、逃げないと!」
なぜリビングが火事なのかは分からないがこの場から逃げなければならない。
しかし美雨の寝室から廊下に出るにはリビングを通るしかないが先程見た炎の勢いではリビングを強行突破するのは無理な気がする。
その間にも扉の隙間から煙が寝室に入り込んで来た。
寝室が炎に包まれるのも時間の問題だろう。
「ごほっ! い、いったいどうしたら……? そうだ! 窓から逃げれば……」
美雨は寝室の窓に向かう。
窓は人間が通れるくらいの大きさはあるがそこで美雨は気付く。
(ここって三階だったわ!)
三階から飛び降りても確実に死ぬ訳ではないだろうがケガをするのは免れない。
だがこのままでは火事で焼け死ぬだけだ。
美雨が窓から逃げ出すべきか迷っているうちにも寝室に流れ込む煙の量は確実に増えていた。
迫りくる死の恐怖に美雨はその場に座り込んでしまう。
「けほっ! はあ、はあ、こ、光主様、た、助けて…」
煙で息苦しくなる美雨の脳裏に浮かんだのは光主の顔だった。
しかし光主は意識を失い自分の部屋で安静にしているはずだ。
光主がこの火事に気付いて美雨を助けてくれる可能性は低いだろう。
煙を吸い込み美雨の意識は朦朧としてくる。
(……光主様……最後にお会いしたかった……ごめんなさい……)
その時、寝る時でさえ肌身離さずつけている闇のお父様の形見である桃色の花のネックレスに無意識に指が触れた。
ネックレスの花の石の感触が失いそうな美雨の意識を繋ぎ止める。
自分が死んだら自分を「愛している」と言ってくれた光主は嘆き悲しむに違いない。
愛する人を喪う悲しみは美雨もよく知っている。
このまま自分が諦めたら光主はその悲しい想いを抱いて生きていくことになってしまう。
光主にそんな人生を歩ませる訳にはいかない。
(諦めちゃダメ……必ず生きてもう一度光主様に会うのよ、美雨!)
ネックレスをギュッと握り締め自分に活を入れると美雨は立ち上がり窓を開けた。
光主が東棟に辿り着くと神官たちが大騒ぎをして水で火事を消そうと躍起になっていた。
そんな神官のひとりを捕まえて光主は状況を聞き出す。
「東棟の火事はどの部分が一番燃えているんだ!」
「は、はい! 三階部分が激しく燃えていて火元は三階だと思われます!」
「三階だと!?」
よりによって美雨の部屋がある三階が火元だと言われて光主は背筋が寒くなる。
急いで三階に向かおうとするが二階部分から三階に上がる階段部分で数人の人間たちが騒いでいた。
よく見るとそこにいたのは美雨の従者たちだ。
「ここを通してください! 美雨様を助けねば!」
「三階は既に火の海です! 危険ですので下がってください!」
従者の二人の騎士が三階に上がろうとしているのを神官たちが身体を張って止めている。
もう一人、美雨の侍女の女も悲痛な叫び声を上げていた。
「美雨様がまだ三階の部屋にいるのです! 誰か美雨様を助けて!」
美雨の従者たちは美雨と共に三階の客室に寝泊まりしていたはずだ。
彼らの言葉から美雨がまだ三階に取り残されているのは分かった。
なぜ従者たちは火事の起こった三階から逃げて来ていて美雨が取り残されているのか光主の頭に疑問符が浮かぶ。
もし従者が自分の命を優先して逃げたのなら分かるが彼らは美雨を助けるために火事の中に戻ろうとしているのだ。
彼らの必死な形相を見ればそれが演技ではないことくらいすぐに分かる。
だがそんな疑問は美雨を助け出してから考えればいい。
「おい! お前たちは美雨の従者だよな! 美雨はまだ三階にいるのか!?」
「これは光主様。はい! 美雨様はまだご自分の部屋におられるかと思われます!」
美雨の騎士の一人が光主に答える。
光主はギリッと奥歯を噛み締めると三階に続く階段を見上げた。
そこから見ても三階が既に激しい炎に包まれているのが確認できる。
この炎を突破するのに霊力で自分の身体を防御する力を使ったとしても無傷で済むとは思えない。
(だが行くしかない! 美雨を助けるために!)
光主が自らの身体を防御するための霊力を解放しようとした時に脳裏に美雨が窓を開ける姿が浮かぶ。
それと同時に雷神の声が光主の頭の中に響く。
『お前の愛しい女は窓から飛び降りようとしているぞ。窓の下へ急げ』
弾かれたように光主はその場から走り出し東棟の外に向かう。
雷神からの言葉と自分の脳裏に浮かんだ美雨の姿が真実だと本能的に理解したからだ。
美雨が火事から逃れるために窓から飛び降りる前に窓の下にいて彼女を受け止めなければならない。
(急がないと間に合わない! 雷神よ! 力を貸してくれ!)
その瞬間、光主の身体は白い光に包まれる。
身体が軽くなりいつもより遥かに速く自分が走っていることが光主にも自覚できた。
(美雨を必ず助ける!)
その時の光主の姿を目撃していた者たちの目には光主の姿が白い虎の姿に変わり稲妻の如き速さで駆け抜けていくように見えていた。




