第60話 近付く嵐
「美雨様。今後は絶対に無理はしないでくださいね。本日はお部屋で一日お休みにならないといけませんよ」
「分かっているわよ、野乃。今日は出かけたりしないわ」
野乃のお小言に美雨は溜め息交じりに答える。
昨日、光主の背中の傷を治すために霊力を使い過ぎて倒れた美雨は光主の手を借りて太陽神殿に戻って来た。
光主に横抱きにされたまま部屋に戻ると出迎えた野乃に光主が簡単に美雨が霊力不足で倒れたことを説明したのだ。
説明を受けた野乃は蒼ざめて美雨の介護をしてくれた。
その時には美雨はもうだいぶ回復していたので野乃に「心配はいらない」と言ったのだが野乃はさっさと美雨をベッドに押し込めると「美雨様は女王になられる御方なのですから身体は大切にしなければなりません」としばらく休養するようにと言って譲らなかった。
そのため本日は朝から美雨は部屋の外に出してもらえない状況だ。
(野乃は心配性よね。やっぱり野乃には雷神降ろしの儀式の立ち合いをする予定だって話さなくて正解だったわ)
一晩、ぐっすりと寝て美雨の身体は霊力も含めて回復している。
しかし野乃には信じてもらえない。
だがそれも仕方ないことだ。霊力というものは目に見えるものではないし霊力を放出することでそれを感じることはできるだろうが霊力不足で倒れた美雨が元気になった証拠に霊力を放出してみせたら野乃はまた霊力不足になると大騒ぎするだろう。
それが分かるから美雨も今日は野乃の言う通り部屋でおとなしくしていようと思った。
食後のお茶を飲みながら美雨の脳裏に浮かぶのはやはり光主のことだ。
光主と自分が両想いなのはとても嬉しい。
美雨は自分の王配となる者たちとは愛情で結ばれたいと思っていたのだから。
でもその感情だけで美雨は相手を選べないとも覚悟していた。
女王として誰を王配に選ぶかはこの国の未来がかかっていること。
自分が恋した相手が王配に相応しいかどうかを見極めなければと思っていたがその憂いは光主に限っては不要だった。
光主の持つ霊力は強いし王配に選んでも問題ない。
それどころか光主は雷神の力を手に入れて光族の最強の者になることを美雨のために目指してくれるらしい。
美雨を女王にするために危険な「雷神降ろしの儀式」を行うというなら自分はそれを見届けるのが役目だ。
そして儀式が成功したら光主を光の王配として指名し婚約する。
『美雨の光の王配になったら今度はここに口づけさせてもらうからな』
不意に昨日の帰りの馬車で宣言された光主の言葉が蘇った美雨は思わず自分の指で唇に触れてしまう。
羞恥心を刺激する言葉だったが嫌な気持ちなど起こらなかった。
それどころか光主との口づけを想像するだけで胸が甘く疼く気がする。
美雨は慌てて頭を振ってその想像を消したが頬が熱を持つのは止められなかった。
「ほら、美雨様。お顔が赤くなっていますよ。まだ本調子ではないのですわ」
「ち、違うわ! お茶で温まったからよ」
光主との口づけを想像して顔が赤くなったなど野乃には言えない。
すると野乃がふと窓の外を見た。
「空が曇ってきましたね。今夜は雨が降るのかしら」
つられて窓から見える空を美雨も見た。
確かに厚い雲に覆われていて昼間なのに外は薄暗い感じだ。
(これはもしかして嵐が来る予兆かしら)
「野乃。今夜は嵐になると思う?」
「そうですね。風も午前中より強くなっているみたいですし今夜は嵐かもしれませんね」
強い風が吹きつけているのか窓も微かにカタカタと音を立てている。
やはり嵐が近付いているといって間違いないようだ。
(光主様は「雷神降ろしの儀式」は嵐の日に行うと言っていたわよね。それなら今夜光主様が儀式を行う可能性が高いわ。光主様に会いに行かないと)
光主は美雨が儀式の立ち合いをすることを認めてくれたがそれは二人だけの秘密だ。
儀式は光族の他の人にも内緒にしているみたいだったからこの太陽神殿内で行うとは考えにくい。
今夜が嵐なら今から儀式の準備をするはずだ。
約束したとはいえ光主が美雨の身体を心配して単独で儀式を行ってしまう可能性もある。
(光主様のことを信用していないわけじゃないけど光主様は優しいから直前で私を危険に巻き込みたくないと思ってしまうかもだし)
美雨はなんとか光主に会いに行けないかと方法を考える。
すると部屋の扉がノックされた。
「どなたでしょうかね。今日の予定はみんな断ったはずですが」
野乃は不審そうに扉を開けて対応する。
そして野乃から美雨に声がかかった。
「美雨様。光主様が昨日のお詫びをしたいと来られていますがお会いになりますか?」
「光主様が? お通ししてちょうだい」
「承知しました。光主様、どうぞ」
部屋の中に光主が入って来る。
どうやって光主に会いに行こうかと悩んでいたから光主の方から来てくれるのは好都合だった。
「美雨様。身体の調子はいかがですか?」
「もう回復しましたわ。どうぞ、お座りください」
美雨がソファに座るように勧めると光主は素直にそこに座る。
野乃がいるからか光主の口調は丁寧だ。
「野乃。光主様に王都から持って来た紅茶を飲んで欲しいから準備して淹れてちょうだい」
「王都からの持って来た紅茶ですか? 茶葉を取りに行くのに時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
「かまわないわ。それまで光主様とお話しているから」
「承知いたしました」
野乃が部屋を出て行くと美雨は声を潜めて光主に尋ねる。
「光主。今夜は嵐になりそうですが儀式を行うのですか?」
「ああ。そのためにこれから儀式を行う場所まで行くつもりで美雨を迎えに来たんだ。美雨の身体の回復が心配だったが美雨とは約束したからな」
光主は美雨との約束を守ることを優先してくれたようだ。
一瞬でも光主が自分との約束を破るのではないかと思った美雨は反省してしまう。
「すみません。私は光主が約束を破って単独で儀式を行うのではないかと考えてしまいました」
「美雨との約束は守るさ。女王と王配は信頼関係がなければ成り立たないだろ?」
女王と王配の信頼関係。
それは何よりも大切なことだ。
「そうですね。確かにその通りです。これからは光主の言葉を信じます」
「ありがとう、美雨。では侍女殿が戻る前にここを抜け出すか」
「はい。野乃には心配しないようにメモを残して置きます」
美雨はすぐに野乃宛てにメモを書いてテーブルにその紙を置いた。
「よし、それじゃ行くぞ」
「はい」
美雨は光主と共に部屋を抜け出した。
窓の外は先程より暗くなっていて嵐が確実に近付いているのが分かる。
(雷神と対面するなんて怖いけど光主様がいるからきっと大丈夫。それにもし雷神が光主様を傷付けたら私が光主様を助けなければ)
固い決意を胸に美雨は光主の馬に乗り太陽神殿を出発した。




