第45話 光拓の恋
「さあ、準備ができましたよ。美雨様はこの釣り竿を使ってくださいね」
光拓が釣り竿を渡してきたので美雨は素直に受け取った。
初めて持った釣り竿に美雨の気持ちも浮き立つ。
「いいですか。私が先に釣り竿の使い方を見せますので美雨様もそのマネをしてください」
「分かりました」
美雨が承諾すると光拓は川辺にある平たい大きな岩の上に登りそこから釣り竿を大きくしならせて餌のついた針を遠くに飛ばす。
ポチャンという水音が聞こえ針が水中に消えた。
(なるほど。ああやって針を飛ばすのね)
「美雨様もどうぞ同じようにやってみてください」
「はい」
光拓がいる平たい岩に美雨も登るとそこから釣り竿をしならせて同じように針を飛ばしてみた。
「えいっ!」
餌のついた針が飛んでいくが光拓の針の位置よりだいぶ手前で水中に落ちる。
「あら、遠くまで飛ばしたつもりなのに」
「ハハハ、最初にしては十分ですよ。大丈夫、それぐらいの場所でも魚は釣れますから。あとは魚が釣れるまで待つだけです。この岩の上に座りましょう」
光拓が岩の上に座り込んだので美雨もその横に座った。
すぐに魚が釣れるわけではなくしばらく二人の間に無言の時間が流れる。
(えっと、この時間を使って光拓様とお話した方がいいかしら。でもおしゃべりしてたら魚が逃げちゃうかな…)
王配候補者としての光拓を知るために魚釣りに同行した美雨だが魚釣りをする以上魚を釣りたい気持ちも強い。
どうするべきか悩んでいると光拓が小声で話しかけてきた。
「美雨様。小さな声で話せば魚釣りに影響はないので少しお話しましょうか」
「は、はい」
とりあえず話をしてもいいなら美雨も話がしたい。
「美雨様は昨日光主兄さんと出かけたようですが光主兄さんのことどう思いましたか? 自分の王配候補者として選んでもいいと思いました?」
「…っ!」
予想しなかった光拓の言葉に美雨は言葉が詰まった。
光主から愛の言葉をもらったなどとはとても恥ずかしくて言えない。
脳裏に光主の姿を思い浮かべるだけで美雨は頬を朱く染めてしまう。
そんな美雨の様子に光拓は苦笑を浮かべた。
「その様子では光主兄さんに愛の言葉でも言われたみたいですね」
「…っ! そ、それは…」
図星を差されて美雨は大きく動揺し危うく釣り竿を手から離してしまうところだった。
「美雨様って本当に素直ですね。光主兄さんが美雨様に惚れる気持ちが分かる気がするなあ。好きな人に好きって言える光主兄さんが羨ましい」
焦る美雨を面白そうに見ながら光拓はそんな言葉を漏らす。
(好きと言えることが羨ましい……? 光拓様の言い方だと光拓様には好きな人がいるのにその気持ちを伝えられないように聞こえるけど…)
「あ、あの、もしかして光拓様には好きな方がおられるんですか?」
本来なら王配候補者は女王候補者の中から伴侶を選ぶべきだが個人の気持ちまで縛ることはできない。
美雨の姉の清和だってその心はひとりの恋人にあったのだから。
「実は今日美雨様を魚釣りに誘ったのはそのことについて美雨様にお話したかったからです。私は王配候補者のひとりですが他に好きな女性がいるんですよ」
(やはり光拓様には想い人がいるのね)
「王配候補者に選ばれながら好きな女性がいることはその時点で自分が王配候補者に相応しくないと私は思っています。だから美雨様にお願いがあるんです。私を王配に選ばないで欲しい」
光拓は真摯な表情になりそう美雨にお願いしてきた。
その瞳は決意に満ちているように思える。
(光拓様はその女性のことが本当に好きなのね。もし光拓様に婚約を申し込んでも「拒否権」を使って断るって光拓様は言いたいのだわ)
恋を知らない時の美雨だったら光拓の気持ちが理解できなかったかもしれない。
王配は女王と同じく国や民のために存在する必要がある。
その責務を個人の感情で放り出してはいけない。
王配候補者でありながら女王候補者と結婚する気はないなど本来なら認められることではないが今の美雨には光拓の気持ちが分かる。
恋する気持ちは自分ではどうにもできないものなのだ。
美雨だって最初から光主に恋をすると決めて恋をしたわけではない。
「分かりました。光拓様の気持ちを尊重します。少なくとも私は光拓様を王配に選ぶことはしません。お互いに気持ちのない女王と王配ではこの国の為になるとは私も思いませんから」
すると光拓はホッとしたように表情を和らげた。
「美雨様なら私のお願いを受け入れてくださると思っていましたができれば他の者にはこのことはまだ秘密でお願いします。光主兄さんは私の気持ちが他にあることを知っていますが月天さんや光延兄さんに知られると何かとうるさいし自分の想い人にはまだ私の気持ちを伝えるのは早いと思うので彼女にも知られたくないんです」
「それはかまわないですけどお相手に想いを伝えるのがまだ早いのですか?」
「彼女は私よりひとつ年下でまだ成人前なんです。彼女が成人したらこの気持ちを伝えようかなと考えていて」
好きな彼女のことを思い出しているのか光拓は幸せそうに微笑む。
(光拓様の恋が実るといいわね。でもこれで私が光拓様を王配に選ぶことはなくなったわ)
元々、今の段階で美雨は光主を自分の王配として最有力候補にしている。
光拓から王配に選ばないで欲しいと言われても特に問題はない。
「光拓様の恋がうまくいくようにお祈りしています」
「ありがとうございます。美雨様。美雨様の恋もうまくいくことを私も祈っていますから」
「えっ?」
「美雨様は光主兄さんが好きなんでしょ? そう顔に書いてますよ」
「えっ! う、うそ、か、顔に!?」
美雨は自分の顔に思わず手を当ててしまう。
「ハハハ、やっぱり美雨様は素直だなあ」
そこで美雨は光拓にからかわれたことに気付く。
「光拓様っていじわるなんですね!」
ぷくっと頬を膨らませて美雨は怒る。
「すみません、美雨様。お詫びに私ができることは何でもお手伝いしますし光主兄さんとの恋について悩んだら相談も受け付けますから」
ニコニコと笑みを浮かべる光拓を見ると美雨もこれ以上怒る気も失せてしまう。
それに初めての恋に戸惑う自分には光拓が強い味方になってくれそうに思えた。
「それならその時はよろしくお願いします」
美雨がそう言ったところで美雨の釣り竿が強く引っ張られる。
「きゃっ!」
「美雨様! 釣り竿を放さないで!」
すぐに光拓が美雨の釣り竿に手をかけて助けてくれた。
(魚ってこんなに強い力なの!?)
釣り竿から伝わってくる魚の強い力に驚きながらも光拓が出す指示どおりに竿を動かす。
すると魚が川から飛び出してきた。
「凄いじゃないですか! 大物ですよ!」
魚を無事に釣り上げた美雨も興奮を隠せない。
「こんな大きな魚が釣れるなんて思ってなかったわ! 魚釣りって楽しいですね!」
「美雨様に喜んでもらえて私も嬉しいです。今夜はこの魚を美雨様の夕食にするように手配しますよ」
「ありがとうございます! 光拓様!」
(光拓様の本当のお気持ちも聞けたし魚も釣れたし今日はとても良い日だったわ)




