第44話 光拓との魚釣り
「ああ、それなら護衛の方も一緒でいいですよ」
美雨を魚釣りに誘いに来た光拓はあっさりと当麻たちが護衛としてついて行くことに同意した。
「えっ! いいんですか?」
「かまいませんよ。魚釣りをする場所は都の近くとはいえ森の中ですからね。危ない獣が出ないとは言い切れないから美雨様の身の安全を考えたら護衛を連れて行くべきでしょう」
てっきり光拓は美雨と二人で出かけたいと主張するのではと思っていた美雨は拍子抜けしてしまう。
光拓の言ってることは正論だが当麻たちがいると光拓の素顔が見られないかもしれないと美雨は危惧する。
王配候補者と行動を共にするのはその王配候補者の素顔を見るのが目的だ。
どんな人間にも表の顔と裏の顔は存在する。それを美雨は見極めなければならない。
「でも私は光拓様と二人でお話したいのですが…」
恐る恐るそう伝えてみると光拓は少し驚いた顔をした後に苦笑いを浮かべる。
なぜ光拓が苦笑いをしているのか分からない美雨は戸惑った。
「そのような言葉は不用意にお使いにならない方がいいと思いますよ、美雨様。二人きりで話したいなんて男からみたら自分に好意を持っていると思ってしまう可能性がありますから」
「…っ!」
光拓に指摘されて美雨は自分の発言が誤解を招く言葉だと気付く。
「す、すみません! そ、そういう意味では…」
「ハハハ、分かっていますよ。安心してください。美雨様は単純に王配候補者の私のことが知りたいから二人で話したいのでしょ?」
「ええ、そうです」
「それならば魚釣りをしている時には護衛の方には少し離れた場所で待機してくれれば問題ないですよ。護衛の方もそれでかまわないですよね?」
美雨の後ろで待機していた当麻と高志乃が頷いた。
当麻たちとて美雨が王配候補者を選ぶための邪魔をするつもりはない。あくまで美雨の身の安全が確保されればいいのだ。
「護衛の方も納得してくれたようですし魚釣りに出かけましょう。美雨様は自分で馬に乗れますか?」
「はい、もちろんです」
「本当は美雨様を私の馬に乗せられたらいいんですけど魚釣りのための道具を持っていかないとなので美雨様はご自分で馬に乗ってついて来てもらっていいですか? もちろん、ゆっくりと行きますから」
「ええ、それでかまいません」
昨日は光主の馬に乗せられたくましい光主の身体と密着して羞恥心で身悶えてしまった美雨としてはこの光拓の申し出は逆にありがたい。
それにゆっくり馬を走らせてくれるなら美雨にもついて行けるので問題はないはずだ。
部屋を出た光拓と美雨と当麻と高志乃の四人はそれぞれの馬に乗り太陽神殿から出発する。
今日も天気は快晴で魚釣りをするのには絶好の日だろう。
「今日は晴れて良かったですね。魚釣りは一度やってみたかったので楽しみです」
馬上から美雨が光拓に声をかけると光拓はニコリと微笑む。
「そうですね。光族は他の部族の土地よりは温暖で天気も穏やかな日が多いですよ。でも数か月に一度は酷い嵐の日がありますけどね」
「嵐ですか。それは大変ですね」
「まあ、嵐で作物が風でダメになったり古い建物が壊れる被害があることもありますが基本的に嵐も我々にとっては恵みのひとつです」
(作物や建物に被害が出てもそれを「恵み」というの?)
美雨のいる王都でも嵐の日はある。
王都に被害が出ると母である女王はその対応で忙しそうにしていた。
被害が出た話を聞く度に美雨も心を痛めたものだ。
この国には守護結界が張られてはいるもののそれは基本的に他国の侵略を防ぐ役目のもので自然災害は防げない。
「光拓様。なぜ酷い嵐が恵みなんですか?」
「嵐は生きるためにこの地に水をもたらせてくれます。もしその水がなければ光族の土地はこれほど緑の多い豊かな土地ではなかったと思いますよ」
(そうだわ。人が生活するのに水は必要不可欠だもの。嵐もけして悪いだけのものではないのね)
「確かに水は必要ですよね。嵐は災害を起こすだけかと思っていました。嵐の重要性を教えてくださってありがとうございます」
「いえ、とんでもありません。嵐が災害を起こすのは事実ですし。そのために光族ではその嵐の被害を最小限に抑えるべく対応もしています」
「どのような対応ですか?」
「嵐の日は雷がたくさん落ちるんですよ。落ちた雷で建物が破壊されたり場合によっては火事も発生します。なので都にはその雷をわざと落とす避雷針の役目を果たす「雷神の塔」があるんです」
「雷神の塔って、雷神の絵が描かれてる塔ですよね?」
「ご存じなんですか?」
「え、ええ、昨日、光主様に連れて行ってもらいました…」
雷神の塔に行ったのは雷神の絵を見せて光族が雷神の子孫である言い伝えを教えるためだと美雨は思っていたがそもそもなぜあの塔が「雷神の塔」と呼ばれているのかを光主からは聞いてなかった。
美雨も雷神の絵があるから雷神の塔と言うのだろうとしか考えなかったがあの塔は避雷針のために建てられたものだったらしい。
「そうでしたか。光主兄さんが連れて行ってくれたんですね」
「あの塔は避雷針の役目があるから「雷神の塔」と呼ばれているんですか?」
「もちろんそうですよ。雷は雷神が起こすものですから。光主兄さんもそう言ってませんでしたか?」
「いえ、光主様からは光族の起源についてのお話を聞いただけで…」
二人の近くには護衛の当麻と高志乃がいるので美雨は言葉を濁す。
光主は光族が極端な選民思考を持たないように光族が雷神の子孫であることは民に伏せていると言っていたはずだ。
特に護衛のひとりである高志乃は光族の人間だからその話は聞かせない方がいいと美雨は判断した。
光拓はそんな美雨の様子を見て事情を察したようでチラリと高志乃に視線を向ける。
「ああ、そっちの話をしたんですね。光族を知るには太陽神と雷神と月神の関係は覚えておくといいですからね。もうすぐ都を出ますので道が少し悪くなりますから注意してください」
当たり障りない言葉を選び光拓は雷神の塔の話を切り上げた。
そのことが光拓も光族の起源の言い伝えを知っていることを物語っている。
(光拓様も光族が雷神の子孫だと言われている話をご存じなのね。光主様もこの話は族長の身内は知ってるって言ってたし)
都を出ると光拓は近くの森へ続く道に入って行く。
そのまましばらく進むと水の音が聞こえてきた。
「もうすぐ川に着きますから」
光拓の案内に従って行くと比較的大きな川が流れている場所に出る。
川の流れは緩やかだが深さはそれなりにありそうだ。
「今から魚釣りの準備をしますから美雨様は少し待っててください」
「はい」
美雨が馬を降りると当麻が美雨の馬を預かってくれる。
「美雨様。我々は少し離れていますから光拓様と二人でお話してかまいませんが川に落ちないように十分気を付けてください」
小声で当麻がそう美雨に伝えてからその場から少し離れた。
魚釣りの準備をする光拓の側に行き美雨は目の前の川を眺める。
(当麻の言う通り川に落ちないように気をつけないと。私って泳げないのよね…)




