第36話 光主と都への外出
美雨は朝食を終えて光主と外出する準備を整えた。
だがここで一つの問題が起きてしまう。
護衛の当麻と高志乃に今日は光主と外出することを伝えると二人とも美雨の護衛でついて行くと言い出したのだ。
王女の美雨の安全を第一に考える当麻たちの気持ちは分かるが王配候補者と外出する度に二人がついて来たらきっと彼らは当麻たちを気にして本音や素顔を見せてはくれないかもしれない。
自分の王配候補者を選ぶにはその人の素顔を見る必要があるのだ。
だから美雨は護衛は不要だと伝えることにした。
「当麻や高志乃の気持ちはありがたいけど私は王配候補者の皆様の素顔を知りたいの。二人がいたら彼らの本音が聞けないわ。だから護衛はしなくていいわよ」
「しかし美雨様。この太陽神殿内なら安全かもしれませんが外出するとなるとどんな危険があるか分かりません」
当麻たちはなかなか納得してくれない。
美雨だって王女の自分に危害を加える者たちがいることを身を持って知っている。
闇のお父様を亡くした時に嫌というほどそのことを思い知った。
無意識にいつも身に付けている闇のお父様との大切な想い出の品である桃色の花のネックレスを触る。
本来なら当麻の言う通りに護衛をつけることが望ましいのだろう。
美雨も我儘を言うつもりはないがここは女王候補者として譲れないところだ。
(それじゃダメなのよ。この旅は私が女王になるために課せられた試練。多少の危険が伴っても自分の真の王配を選ぶために必要なことは最大限努力しなければ。それに王配の役目には女王を護ることも含まれるはず。私を護れない王配候補者はその時点で王配の資格はないわ)
「王配は女王を護るのも役目のひとつよ。だから私を護れる王配かどうかを見極めるためにも王配候補者と行動している時は護衛はいらないわ」
「しかし…」
当麻がまた反論しようとした時に部屋の扉がノックされた。
きっと光主が迎えに来たのだ。
「どうぞ」
美雨が入室許可を出すと扉が開きそこには予想した通りに光主の姿があった。
民が着るような衣服を身に付け腰には帯剣をしている凛々しい恰好だ。
部屋に入ってきた光主は美雨と当麻たちの姿を見て少し戸惑いを見せる。
当麻たちが光主に対して鋭い視線を向けているからだ。
彼らにしてみれば美雨を外に連れて行くと言った元凶でしかない光主に不満があるのかもしれない。
(もう、当麻も高志乃もそんな不審者を見るような眼で光主様を見ないで欲しいわ)
「美雨様。お迎えに上がりましたが何かお取り込み中でしたでしょうか?」
当麻たちがいるせいか光主の口調は最初に美雨と会った時のように丁寧な言葉遣いになっていた。
しかし美雨はこの光主の姿が本来の光主ではないことを知っている。
(ほら、やっぱり当麻たちがいると光主様は素顔を見せてくれないじゃない。これではダメなのよ)
「いえ、私が外出すると言ったら護衛の彼らがついて来ると言うので護衛は必要ないと話していたの」
美雨が簡単に説明するとそれだけで光主は状況を察したようだ。
当麻たちに向かって不敵な笑みを浮かべる。
「美雨様の護衛は不要だ。今日は都内にしか出かけないし美雨様のことは私が全力でお護りする」
「しかし我々には美雨王女殿下をお護りする義務があります。もし何かあった時に失礼ですが光主様おひとりで美雨様を護れるとは限らないと思います」
「なるほど。つまり私の実力では美雨様を護るには力不足と言いたいのだな?」
「い、いえ、そういうわけではありませんが…」
(当麻ったらそんな言い方では光主様が気を悪くするじゃない)
仮にも王配候補者の光主は光族の中でも霊力の強い人物のはずだ。
それに剣術や馬術に力を入れていると自己紹介の時に言っていたのでそれなりに腕も立つに違いない。
そんな光主に「あなたの実力では美雨様を護ることはできない」というようなことを言えば不機嫌になってもおかしくないだろう。
美雨がそのことを心配して光主の顔をチラリと見るとその表情は不機嫌そうには見えずどこかこの状況を面白がっている感じだ。
「護衛をする者としては真っ当な意見だがその心配は杞憂だな。少なくとも光族の地で私に勝てる相手はそうそういないはずだ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「こういう意味さ」
その瞬間、光主の身体から圧倒的な霊力が周囲に放たれる。
部屋の中の空気が一気に重たくなった気がした。
(す、すごい…こんな霊力を光主様が持っていたなんて。まるでお父様たちが霊力を解放した時みたいだわ!)
自分自身も強い霊力を持っている美雨はまだ霊力に対して耐性があるので影響はないが当麻たちは光主の霊力に当てられたようで苦し気に呼吸を乱す。
別に光主は霊力を使って当麻たちを攻撃しているわけではない。
強過ぎる霊力はそれを解放しただけで他者の心身に影響を及ぼしてしまうのだ。
だからこそ霊力の強い者はその霊力を自分の中に封じる術を子供のうちに習う。
制御できない霊力ほど怖いものはないからだ。
(でも光主様はこれだけの霊力を持っているのに月天様は自分こそが王配候補者の中で一番霊力が高いって言ってたわよね。月天様の霊力はこれ以上ってことなのかしら)
美雨は女王である母親や王配の父親の霊力を知っているから分かる。
今の光主の霊力は母や父たちに匹敵するほどだ。
こんな霊力の強い者がそう何人も存在するものだろうか。
もちろんだからこそ次代の王配候補者たちなのだと言われればそれまでなのだが。
その時、スッと部屋の空気が軽くなる。
光主が霊力の放出をやめたのだ。
霊力に当てられて苦し気だった当麻たちもホッとしたように息を吐き出していた。
「この霊力を持つ私がそこらの賊に負けるはずないだろう? そうは思わないか、美雨様の護衛殿」
少し茶化すような口調だがその表情には自分の力への自信が伺える。
「は、はい、仰る通りです。先ほどは失礼な発言を申しました」
自分で実際に感じてみて当麻も光主の実力を認めざる負えなかったようだ。
光主に謝罪し頭を下げている。
「では美雨様の護衛は私が責任を持つということでかまわないな?」
「はい」
当麻たちを納得させた光主は美雨に視線を移す。
そして自分の手を美雨に差し出した。
「美雨様。出かけましょうか」
「はい。光主様」
差し出された光主の手に自分の手を重ねる。
家族以外の男性と手を繋ぐだけでも胸がドキドキするのに光主は美雨の手をギュッと掴んだ。
まるでこの手を放す気はないというかのように。
「…っ!」
美雨は自分の頬が熱を持つのを感じた。
そのまま美雨と光主は部屋を出る。
「あの、光主様」
「二人の時は敬称は使わない約束だろ? 美雨」
「…っ! …こ、光主、その今のはやり過ぎではないですか?」
「何のことだ?」
「こ、光主が強い霊力を持つことは分かりましたがあのような強い霊力を解放しては強い霊力に耐性のない者を苦しめることになってしまいます」
あの場は光主が霊力の強さを見せることで当麻たちを納得させることはできたがそのために当麻たちを苦しめたことに美雨は心が痛んでしまう。
その気持ちが伝わったのか光主は歩きながら美雨に囁く。
「フッ、俺の美雨は優しいんだな。分かった、以後気を付けるから許してくれないか?」
俺の美雨と言われ恥ずかしくて光主の顔が見れずに美雨は僅かに頷いて小さく答える。
「き、気を付けてくれるなら…そ、それでいいですから…」
「ありがとう、美雨。美雨のことは必ず護るから安心しろ」
繋いでいる手に光主はさらに力を込めてくる。
しっかりと繋がれた手から光主の温もりと決意が伝わってきたように美雨は感じた。




