第35話 光主の自信
「ふぅ、計算外のこともあったがとりあえず美雨に嫌われなかったから良しとするか」
美雨を部屋に送り届けて自室に戻った光主は呟く。
礼拝後に月天が茶々を入れてきたおかげで美雨に自分が本来は粗野な性格をしているとバレてしまったのは予想外だった。
美雨に言った言葉は嘘ではない。
自分は神官の仕事や公の場ではその場に相応しい態度や言葉を使う。
だが愛する女に自分をより良く見てもらいたいという意識が少なからずあった。
朝の礼拝の時に彼女に自分の格好いい姿を見てもらいたくていつもより張り切って儀式に挑んだのは事実だ。
光主は自分の外見が人の目を引くことを自覚している。
美雨に会う前は自分の外見目当てで言い寄ってくる女もいたからだ。
その当時は自分の外見など価値がないと思っていたが今はその恵まれた姿で生まれたことを感謝したい気持ちになる。
少なくとも礼拝の間、美雨の注目を惹くことに成功したのだから。
彼女は王女だからきっと優しく礼儀正しい男性を好むだろうと言葉遣いにも気を使った。
全ては美雨に自分を好きになってもらうため。
しかし月天のおかげでその努力も水の泡になった。
「たくっ! 月天の奴…」
月天が美雨に話しかけるだけでも気分が悪くなる。
彼女は優しいから自分と月天が争わないように王配候補者たちとは平等に接するという態度を示した。
愚かな月天は己と過ごすことこそ有意義だと宣っていたが女王候補者としては美雨の言葉は正しい。
ただ自分はそのことに不満を持っている。
彼女の側に他の男を近付けるなど冗談じゃない。
美雨が女王候補者でなければ彼女をどこかに閉じ込めて自分だけのものにしたかもしれない。
自分にそのような仄暗い醜い独占欲があったことに光主自身も驚いている。
だがそれを実行することはできない。
美雨は女王候補者のひとり。
この国にとって女王がどれほど重要な存在か光主は理解しているつもりだ。
そして女王が複数の夫を持つ存在だということも。
「己の欲望でこの華天国を亡ぼすわけにはいかないからな」
たとえ光主がそれでいいと思っても美雨はこの国が亡びることを望まないだろう。
まだ彼女とは僅かな会話しかしていないが光主にはなぜかそれが分かった。
それに先程、自分の素顔を見せても彼女は自分を嫌うどころか「素敵」と言ってくれた。
その瞬間、光主の心が衝撃に震えたことを美雨は知らないだろう。
彼女が光主のありのままの姿が好ましいと思ってくれるならそれに勝る喜びはない。
ならば本来の自分で美雨を堕とせばいい。
「美雨。俺を本気にさせた責任を取れよ。少なくとも光の王配には俺を選んでもらうからな」
そう呟く光主の金の瞳が妖しく光る。
「まずは美雨との約束を守らないとな」
美雨には光族のことを教える約束だ。
出かける準備をする前に光主は朝食を食べようと食堂に向かう。
食堂には弟の光拓がいた。
食事の時間は特に決まっているわけではない。
自分の食べたい時間に食堂に行けば食事が提供される仕組みになっている。
食堂は一般の神官たちと族長の身内の光主たちでは別々になっているのでこの食堂を使うのは数人だけだ。
「やあ、光主兄さん。今から食事?」
「ああ」
光主が席に着くと使用人が光主の分の食事を配膳してくれる。
メニューはパンにスープにサラダにメインの鶏肉の料理だ。
族長の身内であっても普段から贅沢をしているわけではない。
現族長の澄光が「常に民のことを心に留めよ」という精神なので贅沢は好まず民と同じ生活を基本としているからだ。
「光主兄さん。礼拝の後でまた月天さんとやり合ったみたいだけど美雨様に嫌われなかった?」
どうやら光拓はあの時のことを見ていたらしい。
「あんなものはやり合ったうちに入らん。だが奴の美雨様への態度は許せんがな」
「まあ、そうだよね。月天さんは自分こそが光の王配に相応しいって昔から思い込んでいるもんね。俺も思い込みの激しい人間は好きじゃないよ」
クスクス笑いながら光拓は自分の食事を口に運ぶ。
「でも意外だな。光主兄さんがあんなに美雨様に自分の格好いいところ見せようと必死になるなんてさ」
「なんだと?」
光主が光拓を睨むが光拓はそれを気にせず言葉を続ける。
「気が付かないわけないじゃん。いつもは仕方なしに儀式をやってる光主兄さんがあんなに凛々しい姿で儀式に挑むなんてさ。女の子たちがいたらみんな光主兄さんの虜になってただろうね」
「フン、その他大勢の女の気を引いたところで意味がない。本命を堕とせなければな」
光拓に見抜かれていたことは癪だが美雨は誰にも渡さないという牽制も込めてそんな言葉を吐くと光拓は目を丸くする。
「え? もしかして本当に光主兄さんは美雨様に本気だったりするの?」
「ああ、本気だ。俺が美雨様の光の王配になる。光拓、お前も邪魔するなよ」
「俺は別にいいけど。へえ、あの光主兄さんがねえ」
「何が言いたい?」
「いや、だって、光主兄さんは女性にモテるのに女性を自分に寄せ付けなかったじゃない。どういう風の吹き回しかと思ってさ。まさか美雨様に一目惚れしたの?」
「お前に話すことではない」
冷たく言い放つ光主に光拓はニヤニヤしながら答える。
「確かに人を好きになるのって理屈じゃないんだよね。気が付いたら恋してるものだからさ。俺もその気持ち分かるなあ」
「……お前も美雨様に恋をしたのか?」
威嚇するような低い声に光拓は首を横に振った。
「残念ながら俺の恋の相手は別だよ。それにまだ片思いだし」
「お前に片思いの相手がいるなんて初めて聞いたな」
「別に今まで誰にも話す機会がなかっただけだよ。だから安心してよ、光主兄さん。たとえ美雨様に王配として婚約を申し込まれても俺は「拒否権」を行使するから」
「フン、その必要はないな」
「え? なんで?」
「美雨様は俺に惚れさせる。お前に美雨様が婚約を申し込むことはない」
「うわっ! なにその自信」
呆れる光拓のことを無視して光主はスープを飲む。
(光拓に他に想い人がいるならこいつは放っておいてもいいな。邪魔者はあとの三人か)
光主は自分の邪魔になる三人のことを考えつつ食事を終えた。




