第147話 土族の土地への出発
「美雨。旅に出たらしばらくこのような新鮮な果物は食べられませんから今のうちに食べておいた方がいいですよ。はい、口を開けてください」
「…っ!」
氷室にフォークで刺した果物を口元に差し出されて美雨は戸惑いと羞恥で頬を朱く染める。
水の王配に決定した氷室は婚約をした時に宣言した「美雨を愛でて愛でて愛でまくる」ということを有言実行するつもりなのか美雨を甘やかすことに余念がない。
氷室に優しくされることは嬉しいがこれでは光主と婚約した時と同じく自分では何もできない人間になってしまう。
あの時も光主の溺愛を止めることに必死になったが今回も氷室にはハッキリと美雨の意思を伝えておくべきだろうと美雨は判断する。
「氷室。ありがたいのですが果物ぐらい自分で……んむっ!」
美雨の開いた口に氷室が果物を入れてしまったので美雨は慌ててそれを咀嚼して飲み込む。
水分の多い果物なので美雨の口元から僅かに果汁が零れると氷室は綺麗な指でその果汁をすくい取りそのまま果汁のついた自分の指をペロリと舌で舐めた。
「フフッ、美雨の味がしますね。とてもおいしいです」
「…っ」
満足そうに微笑む氷室の笑顔の破壊力が今日も美雨を苦しめる。
こんな麗人に甘やかされたら自分の心臓が持たない。
ようやく口の中の果物を全て飲み込んだ美雨の身体がグッと氷室とは反対側に引っ張られた。
そして美雨の口元に今度はクッキーが差し出される。
「美雨は果物より甘いお菓子の方が好きだろ? さあ、俺からのクッキーを食べてくれ。はい、美雨、あ~んして」
自分の方に美雨の身体を抱き寄せた光主が美雨にクッキーを食べさせるべく口を開かせようとした。
さっきから美雨はソファの真ん中に座らされて両隣りに陣取る氷室と光主から競うように食べ物を与えられているのだ。
光主は美雨の意思を尊重して婚約当初より美雨に餌付けする行為を控えていたが氷室という明確な自分と対等の美雨の王配が出現したことにより美雨を甘やかす癖が復活してしまったらしい。
「こ、光主。クッキーも自分で……んむっ!」
断りの言葉を口にするために開いた口に光主がクッキーを入れてしまいまたしても美雨はそれを慌てて咀嚼する。
光主も美雨の口元から僅かに零れたクッキーの欠片を指で掴み自分の口に入れてしまう。
「ん! 美雨と同じクッキーを食べると一味違ってうまいなあ」
光主は満足気に美雨に微笑んだ。
(もう! 氷室様も光主様も自分勝手に私に食べ物を与えるのやめてよーっ! この調子で餌付けされたら、私、太っちゃうかも!)
二人に甘やかされて何もできない人間になるのも怖いが二人に餌付けされ続けて太る方が美雨にとっては一大事だ。
年頃の女性である美雨にだって自分なりに理想の体重や体型というモノがある。
「こ、光主、ひ、氷室、ちょっと待ってください! こんなに食べさせられたら私は太ってしまいます!」
急いでクッキーを飲み込んだ美雨は二人に切実な思いを訴えた。
すると二人の男はキョトンとした顔になる。
「美雨が太っても俺の美雨に対する愛情は変わらない。それに元々、美雨は細身なんだからもっと食うべきだ」
「私も美雨が太っても気にしませんし美雨への愛情が変わることはありません。光主と同じ意見なのは癪ですが美雨はもっとふくよかになっても良いと思いますよ」
「わ、私は、気にするんです! これ以上、私に食べさせないでください! あと食事は自分でできますから!」
美雨が思わずそう叫んだ時に当麻が部屋に入って来て美雨に声をかける。
「美雨様。お楽しみのところお邪魔して申し訳ありませんがご報告があるのですが……」
「本当に邪魔だな」
「まったくです。邪魔だと思うなら報告は後でいいでしょう」
二人の王配の男の冷たい視線に護衛騎士の当麻も怯んだ表情になった。
美雨の護衛騎士である当麻だが美雨が選んだ王配たちの意見を無視できるほど立場は強くない。
「で、では、後ほどでも……」
「い、いえ、大丈夫です! 当麻。報告があるなら言ってください」
美雨が二人の王配を制止して当麻に言葉をかけると二人の王配は小さく舌打ちをする。
だがそのことを美雨は無視することにした。
何でもかんでも光主や氷室の言葉に従っていたら王配選びの旅を続けることができない。
自分は女王になると決めたのだから自分の王配たちの行動を自分が制御できなくて誰が制御するというのか。
「それではご報告します。次の部族である土族に向かう準備が整いました。いつでも出発することができます」
「そう、分かったわ。ここからは氷室も旅に加わるから当麻たちもそのつもりでね。出発は明日の朝にします」
「承知しました」
王配選びの旅には期限がある。
水の王配が決まったなら次の部族の土地に出発して次の王配を選ばなければならない。
(次は土族の土地に行って土の王配を選ぶのね。土族にも私と愛し合える光主様や氷室様のような王配候補者の方がいるといいな)
まだ見ぬ三人目の土の王配になる人物に美雨は想いを馳せる。
そんな美雨の様子を光の王配と水の王配の二人は複雑そうな表情で見つめていた。
女王には六人の王配が必要なことを分かっていても独占欲の強い光主と氷室は自分と同じ王配が増えることが面白くないのだ。
「次は土の王配か。どんな奴がいるか分からんが俺以下の者は認めんぞ」
「同感ですね。私も私以下の力しか持たない者は美雨の土の王配になんかしませんよ」
二人の王配の男は美雨に気づかれないほど小さく呟き視線を交わすとお互いの意思を確認し合った。
そして翌日、氷室を新たに加えた美雨たち一行は土族の土地に向けて出発をした。




