第124話 海道の意外な印象
「美雨様ではありませんか」
お団子を食べ終わった美雨の名前を呼ぶ者がいた。
声の方を振り返ると水の王配候補者のひとりである海道が立っていた。
「海道様」
美雨は慌てて光主と身体の距離をおく。
海道には光主が美雨の光の王配だということを知られているだろうが親密にしているところを見られるのは恥ずかしい。
美雨が光主から離れると光主は僅かに不機嫌そうな表情をしたが何かを言うことはなかった。
「美雨様も海龍神祭りにいらしていたのですね」
「はい。氷室様の剣舞を観たいですし民に混ざってお祭りに参加したかったので。民と同じ経験をしなければ民の気持ちも分かりませんし」
「そうですか。いやあ、第二王女殿下と美雨様はだいぶ性格が違うみたいですね。幾分、安心しました」
「え? あ、あの、それはどういうことですか?」
美雨と姉の順菜の性格が全然違うことは美雨自身が一番分かっているつもりだ。
だがなぜ海道がここで美雨と順菜の性格の違いを指摘したのかが分からない。
「いや、今朝、順菜王女殿下が早く水の王配候補者と顔合わせをしたいと族長に訴えている現場を目撃したのです。族長は今日は海龍神祭りだから祭りが終わってから顔合わせの席を設けると説明して順菜王女殿下にも祭りへの参加を勧めていたのですが民と混ざる場に行くなど王族の自分の身が汚れると言って部屋に帰ってしまったのです」
(順菜お姉さま! それは失礼過ぎるでしょ! 少しは王族としての振る舞いを覚えてよ!)
美雨は心の中で順菜に叫ぶ。
民と交わると身が汚れるなど民を侮辱する以外の何ものでもない。
「す、すみません! 海道様。姉が大変失礼なことを申しまして私から謝罪します」
「美雨は何も悪くないだろ? あの我儘王女のために美雨が謝る必要はない」
海道に謝罪する美雨に光主がそう指摘する。
確かに美雨の責任ではないが同じ王族という立場で美雨は謝罪しているのだ。もし順菜の言動で水族が王家に叛意を抱くことになっては大変なのだから。
「いえ、同じ王族として順菜お姉さまの言動に対する謝罪はしなければなりません。女王は王族の者の行動を管理する立場でもあるのですから私が女王を目指す限り順菜お姉さまの行動を諫める力がなければならないのです」
女王は民だけでなく同じ王族の者が行うことにも責任を持たなくてはならない。
まだ美雨と順菜は同じ王女という身分だが自分が女王になったら順菜の行動に目を光らせておく必要があるだろう。
「分かったよ。美雨の言葉が正しいのは認めるさ……アレもいずれ始末するか……」
「え? すみません、光主。最後の方が声が小さくて聞き取れなかったのですが……?」
「何でもない。女王としての心構えができてる美雨に惚れ直しただけさ」
そう言って光主は美雨を抱き寄せ頬にチュッと口づけをする。
「こ、光主! みみみ、海道様が見ているのにやめてください!」
美雨は羞恥心で顔が真っ赤になってしまう。
するとその様子を見ていた海道の明るい声が聞こえる。
「ハハハ、美雨様は光の王配殿ととても仲が良いのですね。王配と女王が仲が良いのはとても良いことだと思いますよ」
「す、すみません……」
あまりの恥ずかしさに美雨は穴があったら入りたい気分になった。
「それに我々は順菜王女殿下と美雨様のことは切り離して考えていますのでたとえ順菜王女殿下が水族に無礼な行いをしても美雨様を責めるつもりはありませんよ。もちろん王家に叛意を翻すことはないです。だってたかがひとりの王女に何ができるというのですか。女王は絶対の存在で従う義務がありますが王女に従う義務は我々にはないですから」
「……っ!?」
優しい笑みを湛えながら海道は辛辣な言葉を使う。
最初に出会った時に海道は優しそうな人物だと思ったがもしかしたら意外と辛辣な性格をしているのかもしれない。
(海道様の印象が少し変わったけど海道様は間違ったことを言ってるわけではないわ。王女の言葉に各部族が従う義務はないもの)
この国で絶対の存在はあくまで「女王」だ。
女王以外の王族も特別扱いされるとはいってもそれはあくまで女王の身内だからに過ぎない。
今の王女の立場では美雨も順菜も各部族に何かを命令することはできないし命令したところで各部族がそれに従わなくても処罰はされないのだ。
(己の立場を忘れてはいけないってことね。女王になるまでは私たちはあくまで女王候補者でしかないってことを)
美雨は自分自身にそう言い聞かせる。
「ところで美雨様。氷室の剣舞を観たいって言ってましたよね。それなら私と広場に行きませんか? もちろん光の王配殿も一緒でかまいません。広場には族長の身内用に特別な席が用意してあるのですよ。その席からなら剣舞がよく観えると思うのでそこにご案内します。いかがですか?」
話題を氷室の剣舞に変えて提案してきた海道に美雨は少し考える。
光主が一緒にいたとしても海道と共に行動すればもっと海道のことを知ることができるはずだ。
先ほど優しい笑顔の裏にある辛辣な顔を見せた海道が水の王配に相応しいか判断するにも良い機会だと美雨は判断する。
「はい。よろしくお願いします」
「そちらの光の王配殿もそれでよろしいですか?」
「ああ。美雨が決めたのならそれでかまわない。あと俺のことは光主と呼んでくれ」
「分かりました。では光主殿とお呼びします。私のことも海道と呼んでくれてかまいません。では行きましょうか」
海道に連れられて美雨たちは広場にやって来た。
広場も多くの民がいるが海道は族長の身内用の席だという場所に美雨たちを案内してくれる。
「どうぞ。こちらの席に」
「ありがとうございます、海道様」
美雨が席に着くと海道が美雨の隣りに座り光主はその反対側に座る。
この距離では光主にも美雨と海道の会話が聞こえると思うが順菜のこれからの行動を考えると海道と話す機会を得るのも大変になるかもしれないので思い切って海道に王配についての考え方を訊いてみることにした。
「あの、海道様。海道様は水の王配になりたいと思っていらっしゃいますか?」
「水の王配ですか。必要ならなってもいいと思っていますよ。ただ順菜王女殿下の相手は嫌ですけどね。美雨様の水の王配にならなりますよ。でもそれはきっと無理だと思いますが……」
(え? 水の王配になってもいいと考えているのに私の水の王配になるのは無理ってどういうこと……? 私のことが気に入らないってことかしら……?)
「それは私のことがお気に召さないってことですか?」
「いえ、違います。答えはあの舞台を見れば分かりますよ」
(舞台……?)
美雨の眼前には広場に作られた舞台があり今はカーテンが閉まっていて舞台は見えない。
すると突然大きな太鼓の音が響く。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
太鼓の音が三つ聞こえるとそれまで騒がしかった広場がシーンと静まり返った。
そして人々の視線が舞台へと集中する。
カーテンが開き舞台の中央にいる人物を見て美雨はハッとした。
(氷室様!)
そこにいたのは二本の飾りのついた大きな半月刀を手にして煌びやかな衣装に身を包んだ氷室だった。
長い銀髪は結い上げて髪飾りをつけているその姿はまるで女性のような美しさを感じさせる。
スッと二本の半月刀を上に持ち上げて交差させた時にキラリと太陽光でその半月刀が光を放ち神々しさを醸し出す。
その時氷室の空色の瞳が美雨を見た。
視線が交わった美雨の心臓がドクンっと跳ね上がる。
次の瞬間、太鼓と笛の音楽が流れ氷室は半月刀を振り下ろしながら舞台を跳びはねるように動き剣舞を舞い始めた。




