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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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89.祝・『呪』・誓


 ――矮躯から放たれた蹴撃。それは狙い立たず、前に出たフェナリの胴元に吸い込まれ、彼女を吹き飛ばしていた。


「うっ――く」


 苦鳴を漏らすフェナリは咄嗟に空中で体勢を整えて片足で強引に着地。後方への勢いを殺さず、方向だけを変える形で前へと体を突き出した。目の前の相手の警戒度を『低』から『高』へ上方修正し、あえて騎士剣を握ったままに攻勢へ移る。

 少女から繰り出される拳を体を捩って避け、どうしても避けきれないものは騎士剣で寸断する。一つ、二つ。二つ、三つと拳が飛び、騎士剣の閃撃が連なる。しかし、それはいつまでたっても一騎打ちでしかなかった。


(シェイドは……?)


 明確な敵意と殺意を隠そうともせず、目の前の少女はこちらに攻撃してくる。それだけでも相手を敵とみなすには十分な判断材料だろう。それだけでなく、フェナリは目の前の少女を見たことがあった。

 ――最後の『悪魔の娘』だ。ラミルと名乗っていた。フェナリが会敵し、その首を取り損ねた悪魔だった。だから、フェナリはその姿を目視で確認した刹那、騎士剣を振るうことが出来た。敵だと、瞬時に確信が持てたからだ。ただし、シェイドは違う。彼は目の前の少女が『悪魔の娘』であると確信を持つことは出来なかっただろう。だから、攻撃に移るのに一瞬の遅れが生じたことは責められまい。しかし――、


「シェイド、シェイド――!?」


 フェナリとラミルは数合ほど打ち合った。それなのに、シェイドが参戦してくることはない。訝しく思ったフェナリが背後に視線を向け、シェイドの様子を窺った。シェイドは、ただその場で動かなくなっていた。その瞳は真っ直ぐにフェナリとラミルの戦いを見ているのに、体は動かない。困惑しているようでも、絶望しているようでもあるような表情を浮かべたまま、動かない。


「シェイドに何かしたのか、お前が」


「私? 私が何をしたって? 何も――そう、何もしていない! けれどまあ、そうなってしまうのも仕方ないんじゃない?!」


「どういう……! 何が起こっているのか、お前は分かっているんだな?!」


「何も分かっていない!! 私は、何も分からない! ただ、私はその男を、私の手でッ――殺さなきゃならない!!!」


「要領を得ない、何もかもが――やはり、会話は諦めるべきか」


 ラミルとの会話は難しいらしい。断片的な情報ばかりを叫びながら、しかしその断片同士が線を結びだすことは未だないのだ。今のところ分かったことは、前回に接敵した時に彼女が殺意を向けていた相手がシェイドであったという事だろうか。

『殺しておけば』と、そう言っていたことがフェナリの中で想起される。恐らくその殺意が向けられていた誰か、と言うのはシェイドなのだろうが、なぜ彼が狙われているのか、というのはやはりわからない。


(せめて、シェイド自身に話を聞ければとは思うが……まだ無理そうか)


 二度目の確認、しかしシェイドの様子には変化がなかった。前回同様、恐らくフェナリは人間の形を下悪魔の命に手を掛けることは恐らくできない。それは、彼女の中に埋め込まれた根幹の制約。長い時間をかけなければ、恐らくフェナリに上級以上の悪魔を屠ることは出来ない。

 だからこそ、シェイドの参戦は必要だ。フェナリが支援し、道を切り開く。そしてシェイドが、ラミルを討滅する。その流れ以外に、勝機はない。


「付近の騎士たちは……アロン殿下が人払いを済ませたのが仇となったか」


 もし近くに騎士がいたとして、被害規模を大きくするだけになるかもしれないが、それでも勝機を増やすことには繋がったかもしれない。しかし、良かれとして生んだ状況が今更になってフェナリらの首を絞めてきていた。

 住宅街の方面には騎士や衛兵が多く配置され、巡回も厳重に行われている。その代わりに、フェナリのいる森林エリアには人が少ないというのが現状だった。だからこそ、この場にいるのは三者のみ。


「命を奪えずとも、せめて拘束だけできれば……ッ」


 フェナリが仕掛ける。騎士剣を大きく振りかぶり、その明らかな予備動作を隠れ蓑にして横へと大きく跳躍。一気にラミルの視界から外れて、背後からの奇襲を狙った。

 奇襲が成功すれば吉、反撃されたとして凶ではない。それどころか、フェナリはこの急襲が成功するとは思っていなかった。ただ、ラミルの視点で、フェナリを明確な敵として認識させる必要があった。そのために、フェナリは分かりやすく奇襲を仕掛けたのだ。


(最後の一手を放つシェイドの存在は必要不可欠。――先ずは、あやつの正気を取り戻させねば)


 シェイドはまだ我を取り戻していないように見える。何が原因かでそうなっているのかは分からないが、彼を今の状態から脱却させないままでは、ラミル討滅は不可能に近い。いわばシェイドを取り戻すことが、勝利への最低条件なのだ。その条件を達成するためにも、今は彼女の矛先をシェイドへと向けるわけにはいかない。

 そう考えていたフェナリにとって、ラミルの判断と行動は、最悪だった。


「――ッ、逃げた!!」


 その矛先を、フェナリの迎撃に向けてくれればフェナリとしては良かった。しかし、状況はそう簡単に好転せず、ラミルは生じた間隙を縫うようにして動かなくなってしまったシェイドへとその毒牙を向けたのだ。

 咄嗟に、フェナリが騎士剣を投げ放つ。花刀であれば手放すことは出来なかったが、良くも悪くもフェナリは騎士剣に拘泥せずに済む。投擲し、追い縋る様に駆けながら口ずさむように『妖術』を詠唱する。


「――魂魄・花刀」


 騎士剣が、ラミルの動きを一瞬だけ押し留める。その刹那の遅れだけで、フェナリには十分だった。拳撃を顕現させた花刀で叩き落とし、シェイドを後ろに押しやって前に立つ。続くであろう連撃を想定して更に花刀を構える――が、追撃は来なかった。


「何故……それほどにシェイドを狙う? つまらぬ約定の果て、であったか。――何を言っておる?」


 これを機とみて、フェナリは改めてラミルとの対話を試みる。シェイドの状態を把握するための一助にでもなれば、と思ってだ。

 手掛かりを得たとして、今のフェナリには『雅羅』もいないしアロンもいない。つまりは頭脳派である味方が近くにいない。手にした情報はフェナリ一人で分析し、推理しなければならない。頭脳派とは決して言えない彼女が一人で、だ。


(初めての試み……にしては状況が悪いな。せめて、懇切丁寧に説明でもしてくれるならば楽だが)


 悪魔にそんなことを期待するのはお門違いというものだろう。フェナリだって、それは分かっている。対話がそもそも成功するかすら怪しい。今この瞬間にも、その拳が目前に迫ったとしておかしくはないのだ。それでも、フェナリは愚直に対話を求める。情報を手にしたとして答えを見つけられるか分からない彼女は、答えを教えてもらうために努力するしかないのだから。


「――私が弱いのは、その男の所為。私がこの姿を強いられるのは、その男の所為。私が『お母様』の脚本から半ば排されたのは、その男の所為!! あの時、適当な約定を……私は約定だなんて思ってもいないあの戯言を、そんなものを口にしている暇があったら殺さなきゃならなかった!! その男を! あの時に殺しておけば!!!」


「『あの時』とは、いつのことじゃ。そなたらの間にある過去など、私は全くもって知らぬ」


 激情の儘に叫んでいるのは変わらず。しかし、手掛かりらしい手掛かりが口にされていると悟ったフェナリは話を如何にか引き延ばし、更なる情報を引き出そうと試みる。ラミルは特に口に門戸を立てることはしないらしい。質問に対して、答えないという選択肢そのものを持たないかのように、彼女は激情を籠めてまた口を開いた。


「その男がまだ幼い子供だった頃――私はその男に会った。否、遭った!! 『お母様』の言葉に従い、私はその男をすぐには殺さなかったな。それだ。それが! 間違いだった! 甘言を弄し、心を揺り動かし、感情の起伏を齎し、それを喰らう。それこそが美味なのだと――それこそが甘言だった!!」


 地団太を踏み、地面を蹴りつける。その度に、彼女の怒りが地面の破砕と言う形で表される。叫び、地面に蹴りを入れ、そして拳を空に振り下ろす。そして彼女の視線はフェナリの後ろ、シェイドへと向けられた。厳しく睨みつけるその瞳は、やはり殺意と敵意に塗り潰されている。


「少女然としたこの姿! 薄汚れた茶髪! どうせ、覚えているんだろ!!? ――私は『お母様』が次女、ラミル――ッ!! お前だけは、殺す……ッ!!」


「――っ」


 ラミルの怒号に、初めてシェイドの反応があった。肩を震わし、俯いていた顔をばっと正面へと向ける。その表情から困惑は抜けきり、残っているのは絶望だけだった。最早、今すぐにでも泣き出しそうな幼い絶望だ。

 シェイドの浮かべる表情、その原因――フェナリは、ラミルの叫んだ内容からおおよそのあたりを付ける。


 恐らく、シェイドは幼少期にラミルと会ったことがあるのだろう。そして、その時のラミルはシェイドを殺すことはしなかった。もしかすれば、いや、大いに有り得ることとして、当時のラミルは自らが悪魔であるという事すら隠してシェイドに近づいたのではなかろうか。感情の起伏を生じさせ、その末に殺すことを目的として。


「そう、だ……」


 ふと、シェイドがか細い声を漏らした。フェナリはラミルから視線を外さないままに、しかしシェイドの言葉を聞き逃すことはないように、耳をそばだてる。言葉を発したという事は、先程までの動けなかった状態からは脱したのか、それとも――、


「僕は、森沿いで少女と会って……数日だけ、話して……お互いの、将来の夢を話して……『かっこいい騎士様に』って、言ってもらえて……その数日後、馬車に轢かれて……そう! 君はっ、馬車に轢かれて死んじゃったって!! あそこの、おばあさん、が……っ」


 過去を思い出すように、シェイドが短く途切れ途切れの言葉を漏らす。その記憶を辿るような言葉の数々で、いくつかの点が繋がって線になっていくようだった。

 フェナリは、想像していたよりも悲惨な過去に眉を顰める。そして、ラミルへと睥睨の視線を向けた。


 短い間仲良くして、お互いの将来を語り合った。幼い子供にとってはそれだけで、十分に人間関係が成り立つ。そして、それを悲惨な結果――馬車に轢かれて無残な死を遂げた、と言う終幕で血の色に彩る。その報せを聞いたシェイドを襲った情動は、想像するも痛ましい。

 悪魔には、その痛ましさも何も、分からないのだろう。なんたって今、シェイドの言葉を聞いたラミルは初めて、怒り以外の表情を浮かべているのだ。

 感情の起伏、と言う意味ではまさしく、今のシェイドは成功体に間違いない。『お母様』と言う存在から伝えられた、最も美味しい人間の食べ方――それが、目の前にあるのだから、悪魔の本能として、高揚が真っ先に来るのだろう。しかし、ふとその本能的な情動は途切れる。そして、思い出したように言った。


「『かっこいい騎士様になって下さいね』ね……あれを、お前は約定だと思って、その言葉に誓って……そして、今騎士として在る!! 浅はかで滑稽だな!! 私は、『叶わない未来』を提示しただけ! そう、私にとってあの言葉は、誓いを捧げるための言葉でもなんでもない!!」


「……っ、やめ、て――」


 シェイドが、硬直から脱してやっと、身体を動かす。ただ弱弱しく、中途半端に手を伸ばして――、しかしそれはラミルの口を閉ざさせるには足りなかった。



「あの言葉は、成れもしない夢に対する嘲笑ッ!! ――あれは、ただの『呪い』だ」




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