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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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83.終わりじゃない


 静かに、穏やかに、揺蕩っていた無意識が意識へと変換され、現実へと浮上する。

 ほんのりと暖かい。そんな所感を真っ先に得ながら、シェイドはその瞳を開いた。ぼやける視界が段々に整然とする。次いで聴覚が世界を捉え、触覚が自分を覆う温かさの根源に気づく。寝台に寝かされ、布団に包まれているらしい。


「――――」


 遠くで、声が聞こえる。響き方からして、単なる会話、というよりは騒然とした盛り上がりだ。とはいえ、どこにも悪意や敵愾心といったものは感じられない。戦いが生じているわけでは、ない。

 しかし、そんな騒ぎ声とは対象的にシェイドのいる部屋は静かだ。静かであれるように、気を使われたのかもしれない。


「起きたか、シェイド」


「――グラルド、隊長」


 自分の外から、自分に対して、投げ掛けられた言葉。優しげな声音のそれをきっかけとして、シェイドの意識はやっとのことで現実へとその全身を引き出した。

 ぼんやりとしていた頭がすーっと落ち着いていく感覚。そして、乱雑で曖昧なものが無くなった隙間に、周囲を見回して現状という要素を詰め込んでいく。


「かなり酷い怪我だッたんだ。無理はするなよ」


「……無理をしようとしても、今の自分では難しそうですね」


「まァ、療養魔術を掛けてッからな」


 言われて、シェイドも腕を動かそうとしてみる。しかし、確かに脳は指示を出しているのに、その指示が筋肉に届くまでに霧散したかのような、変な感覚だけが返ってきた。

『療養魔術』――騎士団で多く用いられる魔術で、その内実は拘束魔法という名のほうが適切であろうという代物だ。重傷を負った騎士の身体を拘束し、不必要な行動に療養のための体力を奪われない為に用いられる。


「お前にどこまで記憶があるか知らねェが、少なくともかなり重い傷だッたことは間違いねェだろォな」


「粗方のことは、覚えています。あれで、アーミルは――『悪魔の娘』は……」


「そこは安心しとけ。俺と王子、それから何故か居やがッたムアの奴も確認した。あの悪魔は完全に死んでたぜ」


「そう……ですか。そう……でしたか……!」


 改めて自分の払った犠牲と、そして攻撃に意味と結末が伴ったのだと確約され、シェイドも感無量と言わんばかりに安堵の表情を浮かべた。

 グラルド卿がそのシェイドに「よくやッたな」と改めて賛辞を送る。


「しッかし、危ねェ橋を渡ッたモンだ。王子もお前の兄貴も、俺も――流石に肝が冷えた」


「あの状況で、突貫以外の選択肢が思いつけなかったもので……」


「まァ、結果が伴って、かつお前が死ななかッた。結果論で言えばあの選択は間違ッちゃいねェよ。けどな――」


 グラルド卿は、そこで言葉を切る。空気が変わったのだと、『騎士術』の発動を療養魔術に阻害されているシェイドでも気づく。そして、グラルド卿の口から続くその先の言葉について、シェイドはおおよその見当がついていた。

 言い訳はできる。自分の正当性を、示せと言われれば示せる。その自負はシェイドにもある。だが、それをしてはならないのだということを、同時に理解している。


「シェイド――死ぬなよ。俺は、もうこれ以上、失えねェぞ」


 それは、シェイドが抱えるべき咎であり、すべき贖いだ。知っている。知っていながら、その言葉に、シェイドは横っ面を殴られたような心地になった。

 必要な犠牲だった。勝利のための、犠牲だったのだ。そのことを否定することは、決して誰にもできないだろうし、シェイドが誰にも許さない。


 ――だが、視点を変えれば。


 それを完全な善であって、正であるなどと、誰が言えるだろうか。シェイドが死んでいれば、確実にあの犠牲は必要最低限の、それ以上だったと評されるに違いない。

 シェイドは、愛を知らない孤独な戦士ではない。親愛、友愛、恋愛、それらをシェイドは知っていて、自分が他人に向けるものと同じものを、多少なりとも自分が向けられているのだと自覚している。シェイドは、鈍感ではない。否、()()()()()()()のだ。


「すみません、心配をお掛けしました」


 心配されたのだと、その事実を認めて、感謝の念も湧くし、背徳的な歓喜も、その心中で渦巻く。それでも、今後一切自分を犠牲にしないと、そう誓いを立てることはできない。決して、だ。

 シェイドが騎士であり続ける以上、それは出来ない。


「――――」


 いや、まあ、自己犠牲をできる限りの最終手段とするくらいまでは、頑張ったほうが良いのかもしれない。そんな気がしてきた。


「――――」


 流石に、水魔術を掛けたとはいえ、火の中に飛び込んでいったのは、流石に無謀というか、無茶というか、あまり良くなかったのかもしれない。そんな気もしてきた。


「――――」


 やはり、心配をかけたというのは厳然たる事実らしい。グラルド卿からシェイドに突き刺さる無言の圧が、それを明確に告げていた。

 その視線に、シェイドも圧される。圧されて、圧されて、圧されまくって、


「次からは誰かを頼っ、たりも、します……」


「おう、そォしろ」


 最終的に、シェイドが折れることとなった。グラルド卿が口を閉ざして黙り、ただ視線を合わせ続けるという異常事態。それはそのまま、シェイドに対して向けられたグラルド卿の圧を示していた。

 シェイドにとって、あの行動を是とする考えは一切変わらない。グラルド卿の圧に負けた今でも、やはりあの行動を間違いだったとは思わない。それでも、心配されたのは事実で、心配させたのは自分の行動が故だ。特に、グラルド卿に心配をかけた、というのはシェイドにとっても心苦しかった。


「『生きたい』ッて思うのも、そのために行動するッてのも、何ら悪いことじゃねェよ。騎士にとって、それは弱さじゃねェ」


 グラルド卿の言葉は、重い。知っている。シェイドは、それを知っている。

 

「シェイドも、見ただろ。アーミルとの戦いのときの、騎士たちを。ガイゼル、ラティス、ハイアン、モルガルド、カーキス――アイツらの、『生きてェ』ッて叫びを、聞いただろ。アイツらは、弱かッたか?」


「――そんなはずは、ありません。絶対に」


 今だって、ふと瞑目すれば視界の裏に光景が蘇る。動かない腕に、入らない力が入る。あの時の叫び声がいつまでも耳朶を叩き続けていて、その戦いの景色は視界を燃やし続けている。脳が沸騰するような闘気が体を埋め尽くしているかのようだ。

 今も躍動的に騎士剣を、『希望』を揮い続けている彼らが、弱かったなどとは絶対に言えない。シェイドが、言わせない。


「『生きたい』と叫べ。戦うものに足りねェのは、それだと俺は思う」


 グラルド卿は少し遠い目をしながらその言葉を紡ぐ。シェイドは想像もしなかったが、グラルド卿の思考の端にはどこかの未確認伯爵令嬢がいたりした。グラルド卿視点で見れば、どうしても命を投げ出そうとする戦士的思考の人間があまりに多いのだ。自分だって、いざとなればそう言った行動をしそうなものだから、その懸念も強まるというものだった。


「あー、柄でもねェこと言ッた。俺の言葉は忘れてもらッちゃ困るが、俺が言ッたッて事実は忘れていいぞ。ッつうか、忘れろ」


「いえ、しっかりと脳内に刻み込ませていただきます」


 硬めの茶髪をガシガシと掻いて苦い表情を浮かべるグラルド卿に、シェイドがはっきりと言う。それに苦笑いだけを返して、グラルド卿はその場を去ろうと身を翻した。


「どこか、行かれるのですか?」


 言ってから、少し弱気な言葉だったな、とシェイドは反省する。グラルド卿はこの陣営に於ける唯一の『紫隊長』であることもあって、当然のように多忙な身。その中でシェイドの見舞いに訪れてくれた、と言うだけでもありがたいことなのだ。それなのに、後ろ髪を引くようなことをしてしまった。

 

「俺ばッかりが見舞いしてるわけにもいかねェだろ。順番待ちがいるらしいんでな」


 そう言って入口代わりの垂れ幕の方を見やるグラルド卿。彼の言う『順番待ち』と言う言葉に、シェイドは小さな期待を膨らませてそちらの方を見る。が、その言葉に呼応するようにして誰かがそちらから顔をのぞかせるようなことは特になく。グラルド卿が場所を入れ替えるために出ていくのが先だった。


「わざわざ来て頂いて、ありがとうございました。グラルド隊長」


「構わねェよ。お前はさッさと休め。――まだ、終わりじゃねェからな」


「はい!」


 一瞬だけ、表情を暗くしたグラルド卿の言葉に対して返ってくるシェイドの返事は、力強い。それが誇らしいような、得も言われぬ焦燥があるようで。グラルド卿は複雑な感情を抱えて、出口の垂れ幕をくぐる。そして、入れ替わるようにして『順番待ち』が入ってくる。


「――シェイド」


「……兄上」


 バーカイン兄弟が相対するのは、これで三度目。



  ◇



「――待ってくれ、ミドリス殿。ちょっと、待ってくれ。そんな話は聞いてないぞ?」


 城塞都市テレセフに張られていた大結界。都市の陥落をグラルド卿にも悟らせないことに一役を買ったそれは、悪魔の殲滅戦が進行する中で物事の中心から外れていた。しかし、ホカリナから派遣されたムアの調査によって、その存在がもう一度、今回の騒動の中心に舞い戻ってくる。

 それも、反応した魔力がフェナリのものと一致する、という最悪の形で。


「聞いていないも何も、当然でございましょうですよ、王子殿下。ええ、ええ、言ってませんですから」


 当然じゃないか、と言わんばかりにそんなことを宣うムアに、アロンは驚愕か苛立ちか、どちらを前面に出したらいいのかと悩んでしまう。その末に、やはりフェナリが突然の容疑者枠に乗り込んできた事実への驚きを優先することにした。


「え、ぇっと……ですが、私も心当たりはありません、ね……」


「そりゃ犯人でも認めないでしょうですとも。こんな怪しい魔術師の一言で自白してしまっては、国家に対する叛逆者として小物が過ぎますですからね」


 詰問するようにしてフェナリにその怪しげな視線を向けるムア。それにフェナリが一歩後ずさり、生じた間隙にアロンが足を滑らせた。明確なジェスチャーはなしにフェナリを守る立ち位置だ。

 

「まずは、明確な説明から貰おうか。貴殿が先程言った事実は、フェナリ嬢が大結界を張った下手人であると断定するに値するのか?」


 ムアの詰め寄るような視線がアロンに向けられるのと同時に、アロンの語調も呼応するように厳しくなる。王子からの鋭利な視線をその身に突き刺さるほどには受けながら、しかしムアの態度は一向に変わらず。王子としての権限を以て牽制するというのは彼に対して特段の意味をなさないということを覚って、アロンは苦い顔だ。

 

「ちなみにですけどね、王子殿下殿下。――魔力の相似ってかなり適当な話でしてね。親族も大体は同じ魔力反応出ますし、それだけで犯人を断定できるほど魔術の調査って簡単じゃないわけです。ええ、ええ。というかまあ、奥さんって城塞都市に結界が張られたであろうタイミングでホカリナにいらっしゃったことを私自身も確認してますし、犯人なわけないんですけどね」


「その呼び方は奇怪を通り越して単なる不敬だろう……いや、待て。今何と言った」


「奥さんが犯人なわけないんですけどね」


「じゃああの言い方は何だったんだ!! 曖昧だとか思わせぶりだとかを通り越してフェナリ嬢が犯人だと断定したかのようなあの言い方は!!」


「そうですねぇ……てへって感じでてへてへですかね」


 何を言っているか分からないムアだが、何より分からないのはそんな意味の分からない言葉が完全なる真顔の彼の口から出てきたこと。何の感情も浮かんでいないような顔でそんなことを言われて、アロンもフェナリも呆然として脳を空白に埋めるほかない。

 

「外交上問題しかない発言だが……私は貴殿が苦手だ、ひたすらに」


 少しずつ明るくなる空。対極的に沈んでいくアロンの心。不憫な呟きを明けの空に溶かして、折角結ばれたギルストとホカリナの国交が人知れず途絶えかけていた。


お読みいただきありがとうございました!

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