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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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82.抗戦の末の勝利


 ――初めに駆け寄ったのは、グラルド卿だった。


「シェイド……ッ――よくやッた!」


 弱弱しく倒れてしまった最大の功労者を抱え上げ、グラルド卿は身を翻す。このままでは、一番の戦果を挙げたシェイドが犠牲になる。彼は『勝つための犠牲だ』と言って自らの身を炎に投じたが、彼が許容するものをグラルド卿も、そして誰もかれもが許容できない。


「救護班! 治癒術師を連れて来いッ!!」


 火傷を避けるためにと事前に水魔術をかけてはいたが、それも火焔の渦中に在っては大した意味をなさなかったらしい。しかも、何度かは爆発に巻き込まれ、それによる傷も至る所に出来ている。見るも無残なほどに爛れた体は、しかしそれこそが多大なる犠牲と功績の証明だ。

 

 ――恐らく、治癒魔術を以てしても傷を完全に消し切ることは出来ない。


 そんな残酷な推測が出来てしまうことに、グラルド卿は歯噛みする。本当なら、自分があの炎の中に飛び込むはずだったし、そうであるべきだった。それが力を持ち、その力がゆえに上に立つ者の義務だからだ。しかし、自分はそれをやり切れず、結果として部下であるシェイドの身を犠牲にした。

 あってはならないことだ。あっては、ならないことだったはずだ。絶対に、そんなことが許されていいはずもない。ならば、自分は――、


「――グラルド。顔が怖いぞ」


「……アロン。うるせェな、王子だか何だか知らねェが、生まれ持っての顔にまで文句言いやがるのか」


「ふ……よし、表情が戻ったな。――今は、シェイドの功績を認めてやれ。卿がするべきは、彼の犠牲を無かったことにしないこと。更に求めるなら、他の『悪魔の娘』の討伐、か。部下ばかりに手柄を奪われて、卿も心中穏やかではあるまい?」


「ハッ。俺は手柄欲しさで戦ッちゃいねェよ。――けどまァ、そォだな。シェイドがやッたんだ。俺もやらなきゃァ格好もつかねェか」


「それでこそだ。グラルド卿」


「おうよ、アロン王子殿下」


 天幕の影で拳を互いの肩に当て、二人は獰猛に笑う。

 シェイドが『悪魔の娘』アーミルの討滅を成功させたのは確かな功績であり、ずっと負け続けだった人間側にとっての希望の光明となった。しかし、それは大きくとも一歩でしかなく、一足飛びに最終目標を達成したわけではない。残っている『悪魔の娘』は、ヴァミルと名無しの娘――。

 討滅すべき敵は、まだ残っている。まだ、戦わなくてはならないときは来る。


「その時、頼りにされるのはグラルド卿だ。そして、私も卿を頼りにする」


「任せとけッて。あとは、俺が何とかしてやる」


「ああ。期待している」


 そう言って騎士剣に手を掛けて見せるグラルド卿に、アロンも静かに頷いて返す。

 グラルド卿は、こういう宣言をして、実際に有言実行を体現する。だからこそ、アロンも全幅の信頼を彼に預けることが出来るのだ。最近では長くなってきた付き合いの二人だ。お互いの信頼など、双方に預け切って久しい。

 見慣れた、豪胆な笑いを受けて、アロンは身を翻した。これで、悪友である関係も終わり。ひとまずは主従に戻って、これからを考えなければならない。戦いは、まだ終わっていないのだから。



  ◇



 アーミルとシェイドの激突があってから、フェナリは自分の影が薄くなっていることを自覚していた。実際、アーミル戦でのフェナリの活躍はほぼ無かったし、それ以降でも事後処理に駆り出されるのは治癒術師たちばかりで、戦闘力の光るフェナリに活躍の場があろうはずもなかった。

 それも全て、アロンから待機命令を下されていたからだ。その指示に不満を覚えつつも、しかし反論することも出来ないのも事実だったから、何とも歯痒い状況を耐え忍んできた。


「そんな状況で……あんなものを見せられては、な」


 既に、彼女の感情は大きく闘志へと振れていた。アーミルと戦うために前線に身を出したと思えばグラルド卿にお預けをくらわされ、騎士たちの輝きで目を焼かれ、そしてこの世界に来て初めて、本当の『魔術』というものを見た。全てがフェナリにとって輝いて見えたし、美しかった。

 そして最後の、シェイドだ。その騎士としての在り方を、フェナリは一瞬たりとも見逃さなかった。アロンからの待機命令がなければ、当然自分も、あれと同じことをやろうとしただろう。同じ思考回路を辿っていったかのようで、フェナリは高揚していた。


 抑えきれない闘志を持て余し、しかしそれを揮う場など用意されず。フェナリは苦悶の末に、予備の騎士剣を一本だけ持ち出して素振りをしていた。目の前で輝きを見せた眩い景色を、逃さぬように。

 まだ、戦う機会はある。当然、その時には人手が必要だ。


 アーミルの攻撃を受けて戦闘不能に追い込まれた騎士は多く、フェナリはグラルド卿の背後で守られていたからこそ被害を免れただけだ。

 しかし、まだ戦う機会があって、その時にはアーミルの時と同じ、団結が必須のはず。名前のない騎士だとしても、フェナリがその輪から抜けるわけにもいかない。


「よし。アロン殿下の説得は次はこの方向性だな」


 いつか、グラルド卿のように信頼のもとで前線に送られるまで。フェナリは抗い続ける覚悟を決めたのであった……。


「――とても、私にとって都合の悪い決意を固められた気配がしたのだが……気のせいか、フェナリ嬢?」


 すっと現れて心を読んできたアロンに、フェナリは表情を凍りつかせる。まさか、独り言を聞かれたりしていたのだろうか。それだとしたら、地味に面倒なことになりそうである。

 グラルド卿がチョーカーの効果を実力で看破してくるのに対し、アロンは仕様でその効力の範囲外となっていることを、半ば失念していた。


「アロン殿下。こんなところで、なにを――?」


「それはこちらの台詞だ。当然のように騎士剣を取り出して素振り……騎士であれば、素晴らしい向上心だと言えるのだがな」


 呆れ顔で言って、アロンは少し後ろを見やった。その視線の先を、フェナリも追ってみる。すると、そこにいたのは久しぶりでもない奇怪な装い。


「――ぷはぁ! いやぁ、私というのは存在するだけで口が回りますものでして。しかしまぁ、今だけは静かにしておこうと決心してみたものでございましたですから、息を止めて物理的に会話ができないようにしていたというわけでありますですよ! いやぁ息苦しかった! そして奥さんお久しぶりです、というのもおかしい話ですか。数日ぶりでしかありませんですからね、こんな早い再会になるとは私としても思ってはおりませんでしたけれども……」


「……すまないがミドリス宮廷魔術師殿。本題に入っても?」


 息を止めてまでマシンガントークを我慢していた反動か、凄まじい勢いで舌を回し出したムアを、アロンが申し訳無さげに止めた。彼としても、ムアには強く出られない理由がある。それがこれから始まる本題、というのにも関わってくるわけだが。

 その本題に入るためにも、仕方なくアロンはムアの口を閉ざさせた。


「これはこれは失礼いたしましたですね、アロン王子殿下。水を得た魚が波打ち際で跳ね回るみたいな感じで、息を得た私は口を回さずにはいられないものでして。おっと、また本筋からズレそうに……ええ、ええ。本題でしたね、本題本題」


 横道から連れ戻したはずのムアがまたも本道と違う方向へと進みかねない、とまた口を挟むかと思案したアロンだったが、本人によって珍しくも軌道修正が為され、少し安心する。

 今回の話題は、ギルストとホカリナ二国間の事情に関わることもあって、適当に流されていっていい話ではないのだ。そして本当なら、そうムアが「出来れば話は奥さんとご一緒に」などと言わなければ、この話がされるのは天幕に用意された会議机を囲んでのものになるはずだった。

 ムアが言うことだ、とアロンも了承したわけだが、その思惑は依然として分からず、警戒していないと言えば嘘になる。


「そうですね、そうですね。まずは、私がここに来た理由からお話しましょうですとも。――私、ここの結界の調査で駆り出されてきたんでございますです」


「結界の、ですか」


「ええ、ええ。幾人かの騎士の方々は気づいてらっしゃいましたが、この城塞都市にはかな〜り高度な結界が張られていましたです。城塞都市を外から守る、というよりは城塞都市の内での様子を、外に漏らさないための結界が。気になりますでしょう?!」


「その結界が誰によって、どんな方法で張られたのか――それを調査しに来られたのがミドリス宮廷魔術師殿、というわけだ。彼は結界術式についても専門家、ということで遠路はるばる調査に赴いてもらっている」


 ムアの話を、そう言ってアロンが補強する。ムアもアロンの言葉にうんうんと頷きながら、話を聞いていた。

 フェナリはその話を聞きながら、なるほどホカリナからわざわざそのために来たのか、とふむふむ納得しつつ。


「そしてそして、先程の激戦の裏で、私しっかり結界の調査を終わらせてまいりましたですよ! ええ、ええ」


 ムアが胸を張って言う。それにアロンも小さな感嘆の声を上げて、その調査結果はどんなものかと続きを無言で催促した。

 ムアは不遜にも、そのアロンを手でどうどうと抑え、そして、フェナリの方を見やるとにっこり微笑んで――、



「その調査の結果、奥さんから微弱に感じる魔力と、結界の維持に使われていた魔力が一致した、ということです」



 ――そう、怪しげな笑みとともに言ってのけたのであった。


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