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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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81.ただひたすら、叫んだ。


 ――シェイドが一割、グラルド卿が五割。


 アーミルの攻撃に際して、それぞれが削った触手の割合である。咄嗟の反応であり、殆どの騎士が剣を構えることすらできなかったことを考えれば二人とも十二分の成果を残した。

 

 それでも、被害は甚大だ。

 住宅街一つを消し飛ばすほどの威力が、およそ五分の一の範囲にまで凝縮され、暴威を揮うためだけに放たれた。二人の騎士の健闘によって幾らかは軽減された被害も、黒インクの瓶に白のインクを数滴垂らした程度の変化しか無い。


  ◇◆◇◆◇


 シェイドの自己犠牲による猛攻があって、しかしフェルドの横槍によってそれは勝敗を決するに至らず。

 鬨の声を上げた騎士たちの包囲攻撃があって、しかし触手の圧倒的質量に圧されて決定打には至らず。

 フェルドの雷系統広範囲魔術があって、しかしアーミルが自らの触手を斬り落とす形で回避して。

 ムアが事前に準備していた術式による光弾の高密度の殲滅攻撃は、アーミルが自らの眼球だけを『暴張』させることによって光を屈折させ致命傷を避けた。


 ――それで、足りない。いや、足りなかった。


 目の前に広がる景色を視界に焼き付けて、シェイドは改めて悟る。

 騎士たちは負傷し、中には重傷のものだって多くいるはずだ。凄まじい覚悟を持ち、格上であるはずのアーミルに立ち向かった勇敢な彼らの迎える結末が、こんな凄惨なものであるなどという理不尽。それがシェイドを焦がす。

 後ろからはフェルドの苦悶の声が聞こえる。声が聞こえるという事はつまり生きているという事で、それは不幸中の幸いだったと言えるのかもしれないが。しかし、あまりに視界が赤すぎる。

『騎士術』の二重掛けとは、また違う。世界に色はあるのに、しかし視界は赤いままなのだ。その赤が何の赤なのか、シェイドにだって分からないはずもない。全て、騎士の血だ。衛兵の血だ。共に戦ったはずの者たちの、血なのだ。


「――――!!」


 腹の底が熱くなる。煮え滾る嚇怒がシェイドを呑み込んでいく。

 目の前を闊歩する悪魔を、間違いなく自らの手で討滅しなければならないのだと、シェイドは改めて覚悟を決めた。そうだ、まだ手札は残っている。その手札を、シェイドは知らないけれど。


「(兄上が、まだ闘志を失っていない!)」


 背後から伝わってくる、薄れようのない意志。それは敗北を予見したものではなく、まだ最後の手札を残しているが故の期待の覚悟だ。それを『騎士術』と、そして兄弟の見えない繋がりで感じ取って、シェイドは正しくフェルドに背中を預ける。

 フェルドの周りで、魔力の気配が広がった。魔術の才には恵まれなかったシェイドには、それが何なのか分からない。それでも、兄が扱うそれが、頼りないわけもなく。


 フェルドが、触手の攻撃の余波を受けて倒れ伏した彼が、重い腕を上げる。弱々しく見えるその動きも、しかしシェイドからすればあまりに強い。


「――これ、で……最後だ……ッ」


 掠れた声を零す。フェルドの普段の威勢は言葉尻にしか宿らず、その大部分は空気に混じって消える。それでも、シェイドはその一言一句を決して聞き逃したりはしない。



 ――周囲には、ムアが事前に組んでおいた術式が()()()散在している。一つだなどと、誰も言ってはいない。

 フェルドは見当たる術式の中から最も攻撃性の高そうなものを選択。自らの持っている魔力の、すべてを捧げる覚悟で術式に勢いよく魔力を注ぎ込んでいく。


「この規模の術式なら……いやッ、ちょっと待て! 規模が大きすぎて、魔力が結構吸われ……て!」


 そんな、断末魔にしてははっきりとした言葉を残して、フェルドは意識を失った。シェイドは彼が昏倒したのに一瞬困惑したが、それが純粋な魔力切れと体力不足であることを確認してひとまずは安堵。そして、アーミルに視線を戻して――。



 ――世界が、灼けていた。



 視界が赤い。そうだ、視界がまた、紅く染まっている。しかしそれは、血の赤ではなく、焔の紅だ。


 火柱が何本も立ち上り、荒れ狂う炎が周囲の物質全てに引火するように延焼を繰り返す。焔に囲まれたアーミルがその触手を振り乱して鎮火を試みるが、それは明確な悪手だ。

 触手が炎の一つに、もしくは飛び散る火の粉の一つにでも触れた瞬間、それは急激に火力を上げ、周囲の物質を爆発に巻き込むのだ。そして爆破され、四散した触手の欠片がさらに誘爆を引き起こす悪夢の連鎖。


 雷撃を避けたときのように触手を切り落とせば、それもまた爆発の起爆剤になりかねない。だからといって、迫る火柱は防がなければ少なくないダメージを与えてくることは明々白々。

 周囲の一切合財が、アーミルにとって絶死の包囲網と化した。それを悟って、アーミルは『眠い』以外の情動を得る。


「――――ッ」


 ――死ねない。死ねるはずがない。


 それは、悪魔にとって希薄な感情。ただ、死にたくない、死ねないのだと生命を叫ぶ、生存本能の号哭。圧倒的で無慈悲な力を持ったが故に失っていたはずの死への恐れと生への渇望を、アーミルはこの時初めて手に入れた。


『お母様』の言いつけを、まだ守り切れていない。まだやるべき事、やるように言われたこと、その全てをやりきっていない。

 だから、死ねない。死ねない。死ねない。死ねるわけがない。


「救護班! 重傷の騎士から治療を! それから――水魔術を扱えるものは自分にありったけ掛けてください!!」


 何か、人間が叫んでいる。それも、一切がどうでもいい。今自分にとって重要なのは、そんな有象無象の声ではない。『お母様』の声、『お母様』の言いつけ、『お母様』の考え――。それが何よりも大事だ。

 今自分が死ぬわけにはいかないと、アーミルは更に触手を振り乱す。それが火柱に焼かれ、爆散し、連鎖的な大爆発を引き起こしても、まだ止めない。止められない。


「シェイド! 流石に無茶だ、やめろ!!」


「――今だけは背かせていただきます、グラルド隊長。これは、勝つための犠牲です!!」


 うるさい、うるさいうるさいうるさい――!!

 そんなに周りがうるさければ、大事な『お母様』の声が聞こえない。その言いつけを思い出せない。だから、もっと静かにしてくれないと――、




「悪魔の娘――アーミルッ!!」




 目の前に、人間の顔があった。何度か見た顔だ。記憶に残っている。だから、なんだ。記憶にあるからなんだ。人間など、全てが有象無象、塵芥。そんなものの存在が、何になる――。


「お前は――ッ、ここで!!」


 そうだ、何でもない。『お母様』というそれだけ、それ以外の全てが今、アーミルにとってどうでもいい。

 人間の体は至る所が焼け焦げて黒い。水を被ったらしく、それのおかげで焼死には至っていないが、それも時間の問題だ。

 周囲の爆発に巻き込まれて、その全身を裂傷が覆っている。弱々しい。人間という弱いだけの種族、その性質をこれでもかと体現した姿だ。

 ――それなのに。


「なんで、そんな目――ッ」


「お前を、ここで――倒すためなら!!」


 騎士剣が、煌めく。

 火に炙られたそれは持っているだけで手のひらに火傷が広がり、肌が爛れていくはず。それなのに、目の前の人間の手が腕が、力を失う様子などその片鱗も見せない。


 触手を、差し向ける。空中にいる人間には、それを避ける術なんて無い。無慈悲なまでの蹂躙だ。それで、終わりにすれば良い。

 なのに、触手が出てこない。自身の体の一部を無理やり『暴張』させることによって生み出していた触手が、どこからも出てこない。


「――――ぇ?」


 見れば、身体の大半が焼け焦げていた。半身はもう既に灰になって炭化している。それのせいで、アーミルが自らの体の制御を取れない。

 焦燥が、アーミルの思考を巡る。まだやりきれていないのに、まだやらないといけないことがあるのに、まだ――っ、



『――娘たち、覚えておくがよいわ。人間に、負けてしまうと思った時、するべきことを』



 ――そうだ。そうだった。


 アーミルは、『お母様』の言葉を思い出す。必死にその記憶を探り出して、引っ張り出して、引き摺ってきて――、そうだった。


「『――ごめんなさい。助けてください』」


 この一瞬、死ぬ寸前という一瞬の為だけに、アーミルはこれを修得していた。『お母様』の言いつけ通りの言葉を並べ、言いつけ通りの涙を流す。全て、計算し尽くされた完璧な命乞い。人間の情動を揺さぶり、一瞬の隙を作り出すために、『お母様』から最後に教わったことだった。

 その言葉に、涙に、目の前の人間の表情が歪む。その変化を確かに見て、アーミルは勝ちを確信した。


「――何もかも、心がない。お前のそれは、欺瞞でしかない」


 シェイドの騎士剣が、アーミルの首を刎ね飛ばした。


  ◇◆◇◆◇


 確かに、首を刎ねる。その涙を浮かべた双眸と視線を合わせ、憎しみと嚇怒を吐き捨てるようにして、シェイドは騎士剣を振り切った。途端、身体から力が抜ける。

 水魔術を可能な限りかけてもらい、水の膜で体を最大限火傷から守った。だとして、どうしても避けられない傷はあるし、爆発の余波に巻き込まれて生まれた負傷だって数えきれないほどある。覚悟と根性。今先程までのシェイドを動かしていたのはその二つだ。だから、アーミルを討伐する、というその目標を達成した今、彼の体を支えるものはもう無かった。


「――――」


 最後に、シェイドは無様な着地を決めて、自らの騎士剣を天へと掲げる。新調してもらったばかりのはずの騎士剣にはこびりついた血の跡がある。燃えてついた煤も張り付き、赤いんだか黒いんだか、最早分からないような色をしている。

 しかし、それが天へと掲げられたとき、確かに騎士剣の剣先は月の光を反射し、淡い光を齎した。

『敵の討滅は果たした』――グラルド卿の合図と対になる、騎士団において最も誇り高い合図。シェイドは、なけなしの体力と気力で、確かに騎士剣を掲げてその合図を為した。



「うおおお――――ッッ!!!」



 勝利をもぎ取った喜びを、騎士たちはただひたすらに闇夜に向けて叫ぶ。シェイドに倣って騎士剣を天高く斬り上げ、高々と声を上げる。自分たちが、勝ったのだと、その事実を確かめるように。

 ――ただひたすら、叫んだ。


 その叫びを聞いて安堵したように、シェイドは歓声の中でふっと倒れた。


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