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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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78.聞こえる、声がある


「――変なカッコ」


「あはっ、よく言われますです」


 刹那、『暴張』する紫のナニカが炎の中で爆散した。その炎を上から覆い尽くして掻き消すように紫のナニカは更なる増大をして見せる。燃え尽き、灰燼と化し、その形も本質も見失い、地に散っても、その後追いが止めどなく溢れてくる。

 本陣を覆う結界の方にも、アーミルの攻撃の本質は襲い掛かっていた。至る所に紫に蠢くモノが這いまわり、蟻の通るような隙間でさえ見逃すまいとしているのがよくわかる。当然、ムアの張った結界にそんな隙があるわけもないが――。


「まあ、このくらいしておけば一旦大丈夫でしょう! ええ、ええ――任せましたよ後のこと!!」


 ムアが快活に撤退宣言を叫び、結界に送り込んでいた魔力供給を停止。一気に強度を失った結界はアーミルの攻撃によって簡単に破壊された。這いずり回っていたアーミルの触手が今こそ機なりと快哉を上げ、無防備な本陣へと向かおうとする。しかし、


燃えときましょう(burn)


 その破砕の元凶はそのことごとくが、ムアの炎によって燃やし尽くされる。火が、炎が伝播し、周囲を埋め尽くすような触手の海が圧倒的な熱量の波濤に覆い潰された。攻撃の中核であったその触手の群れを燃やされ灰にされたとあれば、後を追うように迫る次の攻撃もその勢いを失う。それだけで、十分だった。


「私の仕事はこっちじゃありませんですので。ええ、ええ――貴女の相手は私ではないという事ですとも」


 適当にお辞儀らしい何かをして見せて、ムアは状況を呑み込み切れていないらしいアーミルに別れの挨拶。そのまま、後ろ歩きに中空へと昇り、ひらひらと手を振るままに歩き去った。

 一瞬、人間にはあるまじき移動手段だと困惑したアーミルだが、すぐにそれが挑発じみた態度だと思い至る。悪魔と人間、その種族としての違い、間にある溝と言う名の実力差を見せつけてやらなければと言う本能的使命感が、彼女の小さい体を埋め尽くす。


「――行かせない」


「と言うのは、こっちのセリフだ」


 中空のムアに向かって放たれた触手の砲撃。しかし、それは横槍を入れてきた騎士剣の斬撃に阻まれる。明確な予備動作の後に放たれる攻撃と違って、その速度は人間でも目視で捉えられるようなもの。ならば、今の彼に抑えられない一撃ではなかった。

 シェイドの視界の端に今度はこちらに向けて手をひらひらと振っているムアが映る。中空を何ともなしに歩くその状況にも驚きつつ、自分が到着するまでの時間を稼ぎながらシェイドと入れ替わるように戦線離脱したそのタイミングの良さに感嘆する。戦況を俯瞰的に見ることに長けているのだろう。後衛での援助から前線維持までをこなす魔術師という職業だからこその能力でもあるような気がした。


「次会った時にはお礼します――宮廷魔術師に出来るお礼、というのは……また考えるとして」


 全ての状況を見ていたわけではないが、恐らく結界を張ったのはムアで間違いないだろうとシェイドは推測。宮廷魔術師である彼であれば、あれだけ緻密な結界を張れたという事にも驚きは少ない。当然、扱える人間の限られる結界術をあれだけの練度で操れるという時点で脱帽ものだが、ムアの纏う雰囲気を思えば、何故かそれも納得できてしまうのだ。

 何にせよ、アーミルの初撃を防ぎ、ギルスト陣営を過大なる被害から守ってくれたのはムアだ。後々礼をしなければならない、とシェイドは思いながら、しかしこのことに関しては自分個人の謝礼で収まるような話でもないな、と思う。彼の活躍はごく短い時間に留まったが、その功績は国の危機を守ったと言っても過言ではない。陣営には、アロンがいた。ファドルドも、いた。


「――――」


 もしも、ムアがいなければ。

 シェイドは彼らを守り切れていただろうか。アーミルが、本当に陣営の全てを破壊しつくし、その中にいる生命の一切合切を蹂躙しようとして攻撃を放っていた時、シェイドではその攻撃からアロンを護ることは出来なかった。グラルドが起きていないから、というだけではない。それだけの力が、アーミルにはある。


 シェイドは歯噛みする。

 国を民草を、護るのが騎士だ。では、護れなければ騎士ではない。今の自分は、もう少しで騎士でなくなるところだった。ムアがいなければ、騎士ではなくなっていた。本来この場にいるはずがなかった彼がいたから、その少ない可能性のお蔭で、今シェイドは騎士であり続けている。

 ――そんな事実が、許されてたまるものか。


「ここで悪魔を打倒して、私は――『騎士』で在る」


 騎士剣が煌めく。月の光を一点に集め、光り輝くそれはアーミルの放つ触手の群れを快刀乱麻を断つが如く裁断していった。勢いに任せて騎士剣は振るわれる。しかし、その切っ先は惑うことなく、揺れることなく、ただ真っ直ぐに標的たるアーミルに向けられている。

 

 アーミルの腕が変容する。少女の腕が紫に変色し、刹那の内にぶくぶくと表面が泡立って膨らむ。見るに堪えぬ悍ましい変化を経て、その腕が触手のようにシェイドに迫った。波濤のように広がり、それは最早腕ではなく、そして更には触手、とそう呼ぶのも憚られる。

 ――紫のナニカだ、と。そう呼ぶことだけが正解であるかのように思えるその攻撃を、シェイドはほんのわずかに表情を歪めるだけでそれ以上は意に介さず、斬断した。


「騎士が、騎士たる定めなら――国を民草を、護らんと欲する超常を――」


 固めた意志を心に、再度の詠唱。すでに引き出しきったはずの『騎士術』の出力を更に、限界以上まで引き摺り出す。

 途端、シェイドの見る世界、そして感じる世界の解像度が上がる。『騎士術』による感覚の拡張、それによる感知できる世界の拡張だ。


「『覇者が見る世界(クロノスヴェルド)』――ッ」


 理論だけで言えば、それは『騎士術』の二重掛けだ。理想論なら出力も二倍になるその手段だが、当然そうはならない。


「――ッ」


 シェイドの視界が、赤く染まる。瞳と世界の間に赤いガラスを挟み込まれたような自然な配色で、景色は赤以外の色を失った。物の輪郭は辛うじて赤の明暗で分かる。しかし、その細かな色は何もかもが分からない。眼球に流れる血液が突然に増大したせいなのだと、遅れてシェイドは理解した。

『騎士術』の二重掛けという無謀に対して求められた代償がこれだ。出力を僅かに上げながら、二倍に足りない分はこうして代償を払う。


「なんてことは無い――色を失おうとも、私の世界は終わらない」


 脳の過負荷による血の涙を流しながら、しかしシェイドは冷静だった。というより、世界の色が一色になってその他の雑多が失われ、その分処理すべき情報が減ったが故、彼の心は普段以上に落ち着いているとさえ言えた。

 見える世界など、今の彼にとっては不必要だ。感じる世界に生きれば良い。全てを感じて戦えるというのならば、何ら問題はない。


「ふっ――!」


 それを証明するかのごとく、シェイドの騎士剣は変わらぬ精度でアーミルの触手を斬り払い続けている。やはりなんてことは無いと、シェイドは心の中で安堵。それどころか、『騎士術』の二重掛けによってその出力が以前経験したグラルド卿のそれに近づいている感覚すらあり、彼を満たすのは不安でも焦燥でもなく、安堵と高揚だった。

 憧れに近づけている。憧れの星に、今手を伸ばしている。伸ばせているのだ。伸ばす腕が、手が、自分にはある――!


「――眠い」


「知らない」


「――眠い」


「知らない」


「――眠い、眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い。眠い」


「知らない、知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない――どうでもいい」


 シェイドの目から耳から、血が吹き出す。それすら関係無しに、シェイドの身体は突き動かされる。自分の意志で動かしているのかすら分からなくなる、曖昧な感覚。それでも、戦えている。手を伸ばして、その首を掴んで、憧れを――、



 ――手に入れる。



「――風吹け(blow)


 シェイドの体は一言の詠唱と、それによって齎される帰結によっていとも簡単に吹き飛ばされた。曖昧だった自分の体の感覚がはっきりと輪郭を帯び、それが空中を何度か回転して、近くに投げ捨てられたのだと気づく。

 倒れ込んだ砂の上に、シェイドは血を吐き出す。目から耳から、そして口から濁った血液を吐き出す、吐き出す、吐き出す。そして、不純物の一切を身体から吐き出しきって、気付いたときには二重掛けしていた『騎士術』はどこかに消えていた。


「――ハァッ、ハァッ、ハァッ……」


 突如に襲い来る感覚に、シェイドは何かに頭を殴られ、肺を握りつぶされたかのような錯覚を得る。その直後、思い出したのはグラルド卿の――、


 ――『騎士術』・共極。


 やはり、先程の自分はグラルド卿に迫っていたのだと、遅れた裏打ちを得るシェイド。

 もう一度、もう一度だ。次こそは、グラルド卿に辿り着いて見せる。シェイドが立ち上がる。足は小刻みに震え、掌は感覚が無くなりながらも辛うじて騎士剣を取り落とさずに握り続けている。


「――荒療治だったが……シェイド。立て」


 生まれたての子鹿、と言う表現が最も適切であろうシェイドの様相。しかし、そこに毅然とした声が掛かった。シェイドに魔術を放ち、その『騎士術』を解除した張本人であり、シェイドを叱咤するその声は――、


「あに、うえ……」


 自分を見下ろしているであろうフェルドを呼ぼうとして、自分の声が酷く掠れて震えていることに気づく。このときになってやっと、シェイドは自分の声のみならず、手も腕も足も、四肢だけでなく体全体が震え続けていることに気づく。


「立て、シェイド。――勝負のために犠牲を払うな。立て、シェイド!!」


 厳しい声を受けて、シェイドの体がより一層大きく跳ねた。ようやく、シェイドは兄の顔を見る。真正面から、その瞳を自らの瞳と合わせる。

 初めて見るような、厳しい瞳だった。柔和で、常に慈しむような視線を向けていた兄の双眸は、今だけ鋭く突き刺すような光を灯している。


「犠牲を払うのは、勝負のためじゃない! シェイド、気付け! 我々戦うものが犠牲を払うのは――勝つため! ただそれだけだ!!」


「――っ」


「一人で勝てないなら犠牲を払うのか? 一人だけでは負けるから犠牲を払うのか? 断じて違う!!」


「――――」


「騎士とは、魔術師とは、一人でその組織を背負うのではない。そして兄弟とは――一人で兄弟なのではない!!」


「――ッ」


 聞こえる。聞こえてくる。耳を閉ざしていた何かを、フェルドに取り払われて、今初めて、聞こえてくる。聞こえる、声がある。

 鬨の声だ。騎士たちの、衛兵たちの、叫び声だ。自らを鼓舞し、自分たちを勇気づけ、周りの全員を激励する、張り裂けんばかりの声だ。



「見ろ、シェイド! これが――戦場だ!!」



 誇らしげに、フェルドが自分の背中の先を指し示す。その時になってやっと、シェイドの世界には色が戻ってきた。

 騎士が、衛兵が、アーミルに立ち向かっている。個々で見れば確実に実力不足のはずの彼らが、アーミルの打倒のために戦っている。聞こえてくる叫び声は、鬨の声は、全て彼らのものだ。本来なら戦えない人を戦わせる、生きさせる、力のある声だ。


「二人一組だ! 常に相方を守りながら戦え!! 犠牲を出すな、時間稼ぎ上等だ! 何に代えても、ここで押し留める!!」


 戦う騎士たちと衛兵たちの後ろで、アロンが指揮を取っている。彼がこれだけ前線に近づいているという状況も、シェイドにとっては認めてはいけない事実だ。しかし、今だけは――その状況全てが、彼の心を熱くする。


「見ろ、聞け、そして立て、シェイド!! ここが、お前の戦うべき戦場だ!!」


 騎士たちが、衛兵たちが、叫ぶ。アロンが叫んでいる。アロンの横で、ファドルドも、叫んでいる。そして最後に、フェルドが叫んだ。



「立て――!! シェイド!!!」



 シェイドは、立ち上がる。騎士剣を握り込み、二本の足で、その場に立つ。

 先程の震えは、もう無かった。


※※次回投稿について※※

忙しい時期を何とか乗り切り、時間も出来てきましたので、投稿頻度を週2回に戻したいと思います。投稿曜日は以前と同じ水曜日と日曜日です。

次話投稿は8月10日(日)20時となります。3章はまだ続きますので、よろしくお願いいたします。

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