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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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75.『三文役者』


 ――夜の空を見上げて、フェナリは静かに息をついた。


 首を曲げて見える景色はおおよそ、前世を生きた寂華の国の夜空と大して違わない。淡い光を中空まで届かせる星の光も、ひんやりと肌を撫ぜる夜風も。

 

 夜の帳を突き抜ける星々の何たるかを、『星屑の喧騒』の妖術を操るフェナリはよくよく理解している。あの岩の塊が、どうやってあの光を齎しているのかは、知らないが。

『雅羅』にも、あの星らはどうして光っているのか、と尋ねたことがあった。その翼があれば、光っている時の星屑にまで届きうるのではないかと。


「答えは――そうじゃ、『烏の翼は中空止まり』で、あったか」


 結局、星屑の光る原理とやらは全く分からないまま、しかしその光を見上げる日々を過ごした記憶がある。鉄籠の中で過ごす日々は毎日寒く、肌が痛むせいでフェナリの寝付きは悪かった。そんなときに暇つぶしがてら見上げたのが、星空だったのだ。

 妖術の中で、フェナリが初めて詠唱した『星屑の喧騒』だが、こうして考えると他にも多少の縁がある。


 ほぉ、と吐息を漏らしてひんやりとした岩の感触を掌全体で包み込む。フェナリが座っているのは少しばかり大きな岩だ。完全な自然物で、座り心地も良いわけじゃないが、この無骨な感じが今の彼女には心地よかった。


 夜、何となしに眠れなかった鉄籠の日々を思い出して、フェナリは外に出てきていた。

 騎士や衛兵が集まっている天幕からはある程度離れた場所、それこそ天幕が拳一つ大に見えるくらいの平地で、彼女は星を見上げている。

 当然、周りに人なんていないわけで、こういう場所ならムアから貰ったチョーカーを外して良いのではないかと思う。首周りにはチョーカーが2つとネックレス、というように装飾が複数あるせいでフェナリとしても絶妙に息苦しかった。


「――フェナリ様?! こんなところで何を……いやなんでここに……」


「っ、まだ外してな……?!」


 チョーカーに手を掛けたところで呼びかけられ、フェナリは心臓を跳ね飛ばす。まだチョーカーは外していないのになぜ、と思いながら振り返って、その理由をその場で悟った。

 真相に気づいたフェナリを前に、彼女の心臓を止めかけた極悪人は豪胆に笑う。


「よォ、嬢ちゃん。星見とは、シャレてんじゃねェか」


「グラルド卿……どうしてここに?」


 そう言えば、ムアからチョーカーを渡されたタイミングで、彼から言われたのだとフェナリは思い出す。このチョーカーの範囲外に存在する、例外のことを。

 グラルド卿の『騎士術』をもってすれば、周囲の一切を騙す仮面も意味を成さない。


「天幕から嬢ちゃんが見えたからな。――それより、おもしれェモン持ッてんじゃねェか、似合ッてるぜ」


「さすがグラルド卿、分かりますか。――本来は、このチョーカーをつけている限り他人には認識されないはずなんですが……」


 フェナリの口から苦笑いが漏れる。フェナリの座っている岩のおよそ向かい側辺りに定位置を見つけて膝を曲げたグラルド卿の顔には集中の色が一切ない。ほぼ日常的に展開されている『騎士術』の範疇で、ムアの研究の産物が看破されたと思えば、彼も報われない。

 とはいえ、フェナリとしては納得しかなかった。グラルド卿の『騎士術』、その絶大性を直に、身をもって理解した彼女にとっては既に分かっていた結末も同然だ。


「しッかし、そんなモンが作れるッてのは……ムアの奴も本当に筆頭魔術師だッたんだな」


「疑ってらしたんですか。まぁ、私も……少しばかり不思議な装いをされる方だなとは思いましたけど」


「オブラートに包まねェなら、意味の分からない奇怪な恰好だッたな」


「何故わざわざオブラートを剥ぎ取るんです……?」


 グラルド卿が、体重を右足から左足へと動かす。


「しッかし、嬢ちゃんも悪魔に遭遇してるたァ、びッくりもしたぜ。会議の時に初出だッたからな」


「アロン殿下との約束もあって、本当ならそうなるはずじゃなかったんですけどね」


「言いながら、嬢ちゃんの顔は後悔の欠片も見当たらねェけどな」


「本望ですから、戦えるというのは」


 グラルド卿が、体重を左足から右足へと。


「しッかし、嬢ちゃんでも勝てねェ悪魔ッてことなら、大体の騎士は単騎で勝てねェだろォな」


「いえ、あの悪魔は……弱かったとは言いませんが、私個人の未熟さがゆえに敗北を喫しただけです。騎士の皆さんなら、もう少し勝ちに近づけたでしょうけれど」


「――何か知らねェが、事情あるやつか?」


「その戦いで初めて発覚したことなんです。――人間の姿をしている怪物は、屠るのに躊躇する、というのは」


「あァ、なるほどな。嬢ちゃんの、人間として最後の良心ッてわけだ」


「『最後の』は余計ではありませんか? 私だって人間として良心を持ち、持ち……併せているはずですけれど」


「言い淀んでんじゃねェか」


 グラルド卿が体重を――、


「グラルド卿?」


「――。あァ?」


 意図せずして恫喝するような声音が口から出たことを、グラルド卿は後悔する。十分に、覚悟していたことだ。そして、意識して感情を抑えてもいた。隠そうとして、ではない。露見するとしても、最悪の形でそうなるのだけは避けるため、だ。

 その覚悟も努力も、すべては今の一瞬で水泡に帰したわけだが。


「何か……思い悩んでらっしゃいますか?」


「――――」


 声音の昏さに言及されなかったことは、グラルド卿にとって僥倖。しかし、最も楽だったのはその恫喝に屈してフェナリが言葉を引っ込めることだっただろうか。フェナリの性格、その意外に強い精神を考えれば想定外も想定外、解釈違いと言ってもいいほどだ。

 最初から、覚悟していたことだとグラルド卿は小さく息をつく。無意識に閉じ切っていた眼を開けて、あまり明暗の変わらない夜の景色を映し出す。


「なんで、そう思った?」


「なんで、というか――やたらと足が、というか重心移動が、忙しない様子でしたし。それから『しッかし』って言いすぎでしたし……」


 想像以上に分かりやすい証拠を提示されて、グラルド卿は苦笑いを漏らしかける。無自覚だったが、表面上すらも取り繕えていなかった、というのを後から示されると何とも居心地が悪い。それではまるで、露見してくれ露呈してくれとグラルド卿自身が望んでいるかのようではないか。

 はぁ、と短く嘆息し、グラルド卿はフェナリへと視線を向ける。戦いが関わらないときには弱弱しい印象を受ける彼女だが、その瞳が向ける眼光にはグラルド卿にすら迫るものがある。死線を、修羅場を、常人とは比べ物にならない程、通ってきたような、そんな目だ。


「――嬢ちゃんも、聞いただろ。俺の報告を、俺の敗北の、報告を」


「やっぱり、そのこと――ですか」


「ハッ、お見通しか」


 どっかりと、グラルド卿はその場で腰を下ろす。フェナリの座っているような岩は彼の尻の下にはなく、そのまま岩礫の上に体を据える形。こういった場所での野営の経験もあるであろうグラルド卿だからか、彼の動作には躊躇いがなく、所作に無駄がない。

 足を組み、視線を少し上へ向けるグラルド卿はフェナリを見上げる。フェナリの目に映るグラルド卿は、今までの彼とは少し違うような、――人間のような、様相だった。


「奇しくも、嬢ちゃんの前のお悩み相談と立場が逆になッちまッたな」


「そうですね。――私にお悩み相談、というのは荷が重い気がしますが……それでも、立場が多少は似通うものとして、話を聞く程度のことは出来ます」


 言ってから、フェナリは後悔する。立場が似通う、という言葉ほどこの状況でグラルド卿に対して礼を失した言葉はないような気がした。恐らくだが、この世界でグラルド卿の強さを理解している人間の中でもフェナリはその理解度で上位に君臨する。そのフェナリだからこそ、自分とグラルド卿――彼我の実力差を正しく理解しているのだ。

 同じ境遇などと、よくも言えたものだ。積み上げてきたもの、そして実際に足元に積まれた実績と絶対性、それはグラルド卿と自分ではあまりに違うというのに。


 ――詰まる所、グラルド卿にとっての敗北の衝撃はフェナリにとってのそれよりも大きい。


 その事実を改めて認識し、フェナリは途端に言葉に窮する。口の端が歪んで、喉の手前まで来ていたかもしれない続くことの葉が呑み込まれていくのを進行形で実感して――、


「――――」


 いや、それは違う、と。フェナリはまたも考えを変えた。何が原因だとか、そんなものはない。強いて言うならふと目に入ったグラルド卿の表情が、『グラルド卿』ではなく『グラルド』のものだったから、という事になるのだろうか。自分で考えても意味が分からないし、本人に言っても居心地を悪くさせるだけだろうから決して口にしないが。


「話して、いただけますか――グラルド卿?」


「あァ、そォだな。ちょいとばかし、聞くに堪えねェ話だが」


 そう言って、グラルド卿は口を開く。と言っても、その話の内容というのは口調と声音が変わっただけで、会議の際に報告された内容と大きくは違わない。ヴァミルと名乗る上級以上の悪魔と接敵し、戦闘し、敗北した。その流れが事細かに説明され、そして――、


「俺は――『三文役者』だと、そう思うか、嬢ちゃん?」


 報告には無かった単語が、グラルド卿の口から最後に出てきた。グラルド卿という自己分析の出来る人間が導き出した、彼の中の悩みの根幹にあるのがその単語なのだと、話を聞くフェナリとしても理解する。理解して、


「思いませんね」


 その言葉の意味だとか印象だとかと、グラルド卿が全く一致せず、否定で即答した。少しくらいは考えるそぶりを見せたほうが深謀遠慮な感じが出たかとフェナリは咄嗟の否定を悔やむが、グラルド卿の毒気を抜かれたような表情を見ていやこれも間違いではなかったと思いなおす。

 

「正直言って、『三文役者』ほどにグラルド卿に似合わない言葉もありませんよ。一度の敗北が『三文役者』だというなら、私などは何文になるやら分かりません」


「一回当たり三文なら私は十文越えますね」と続けるフェナリに、グラルド卿は呆けたような表情を浮かべ、すぐに小さく笑って「数が少なけりゃいいってルールじゃねェけどな」と付け足した。

 グラルド卿からそんな言葉を返されて、適当な知識量で変なことを言ったとフェナリは赤面する。何となくで三文役者という言葉の意味は知っていると思っていたのだが、『フェナリ』としての知識も完ぺきではないらしい。よく思い出してみれば彼女はずっと病で苦しんでいたのだから、十分な知識を得るほどの気力があったかは不明だ。


「嬢ちゃんが俺を三文役者じゃねェって言ッてくれんだッたら――まァ、ヴァミルの奴が間違ッてたッてわけだろォな」


「グラルド卿が三文役者であるはずもないでしょう。貴方の強さは、私がこの世界で一番知っています」


「――――」


「……いえ、少し驕りました。付き合いの長いアロン殿下とか、シェイドの方が――」


「いや、そォだな。俺を一番よく知ッてるのはアロンかもしれねェし、騎士としての俺を一番よく見てきたのはシェイドだろォが――俺の強さをこの世界で最もよく知るのは、嬢ちゃんだろォさ」


『騎士術』・共極が繋いだ絆、と言えるフェナリとグラルド卿。文字通りにグラルド卿の『騎士術』の圧倒性をその身を以て経験したフェナリだからこそ、『この世界で一番』という言葉を言うことが出来る。そして、そんなフェナリだからこそ、言われるグラルド卿も認めることが出来る。

 グラルド卿の『強さ』――と、その一点においては少なくとも、フェナリ以上に理解している人間はこの世界に事実として存在しないだろう。


「いいじゃねェか、それも。俺の『騎士術』は、嬢ちゃんだけが知ッてりゃいい。まァ、嬢ちゃん以外だと数秒も耐えられずに卒倒しちまうけどな」


「待ってください、そんな恐ろしいものを土壇場で?! 益々三文役者の器に入り切るような人間ではないでしょう、グラルド卿は!!」


 寒い星空の下で、今更に当時の危険性を思い知らされたフェナリの痛切な悲鳴と、グラルド卿の豪胆な笑い声が響いていた。


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