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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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73.はじめての、まけ


 横から押し倒され、その場に倒れ込んだグラルド卿が見たものは、一瞬とは言え無力化された自分を、永久に力を持たない塵芥にしてしまおうという翼の一撃だった。

 凄まじい速度で迫ってきているであろうそれは、グラルド卿の目には酷く緩慢な動きに見える。しかし、だから簡単に対応できる、というわけでもない。自分の体もまた、酷く鈍間な動きしかできないのだ。

 ――ああ、これは死に際か。と、グラルド卿が理解するのに時間はかからなかった。


  ◇◆◇◆◇


 ――瞬間、グラルド卿の目の前に映し出されたのは薄暗く、鉄と腐った木々の臭いが立ち込めた空間の景色。


 その場所とは明らかに相応しくない、小綺麗な服装に身を包んだ男が二人、倒れている。誰によって倒されたか? ――自分だ。

 そして、倒れ伏す二人の男のさらに奥に、少年がいる。少年に向かう暴挙、暴拳。しかし、その少年は一切の身じろぎをするわけでもなく、こちらを一直線に射貫く視線で以て場を制した。

 少年が何かを語る。何を語っているのか、その言葉は何か、意味は何か、意図は何か。自分は何を考えて、何を受けて、何を感じているのか。

 

 一つ一つ、静止画が連続するかのように。

 音のない、白黒の記憶。


 ――走馬灯、と。

 そう言った通称を持つ現象だと、グラルド卿は理解した。


  ◇◆◇◆◇


 ふっと、場面が転換する。

 静止画に映るのは、今でこそ見慣れたギルスト騎士団の演習場。


 かつての記憶、整列した騎士たち、そしてその中にいる自分。

 目の前に立つ男、上官、かつての――、


  ◇◆◇◆◇


「――グラルドォォッ!!」


「――っ、部隊長ッ?!」


 怒号が洞窟内に響き渡る。虚を突くようなその音に瞼を開けながら、グラルド卿は自分が今先程まで目を瞑っていたのだと、気づく。なんという事か。敗北という可能性を頭に浮かべただけに留まらず、その敗北に抵抗するような素振りも何もなしに瞑目し、受け入れようとするなどと。

 咄嗟に立ち上がり、しっかり目を開いて状況を確認する。先程、グラルド卿に怒号をぶつけた張本人が、ヴァミルが差し向けた翼を騎士剣の一閃にて斬り落とし、応戦しているところだった。騎士団に於いて、騎士団長以外の人間を部下として抱える『紫隊長』の立場にあるグラルド卿。その彼を、呼び捨てにする男、否、呼び捨てにしていた男。


「ライガン……ッ」


「死にてぇか、グラルド!! 戦場で死ぬとき以外に目を閉じるなと何度教えた!!」


「――すみません、部隊長ッ」


 過去、騎士団に入団し、その実力によって立場を順調に上げていったグラルド卿だが、当然彼が誰かしらの部下であった時代も存在する。そして、彼を部下に抱えた上官、というのが誰あろう――ライガン・ドズメント部隊長。当時から変わらぬカリスマによって問題児でもあったグラルドを制していた猛獣使いである。

 

「――アロン殿下から伝令だ! 『一時撤退、情報を全体で共有の上再戦する』と!!」


「分かり、ましたッ――部隊長」


「部隊長、か。懐かしい呼び名だ。しかし……お前は誰だ! そして、俺は誰だ!!」


 立ち上がったグラルド卿を背後に守りながら、ライガンがヴァミルの猛攻を防ぐ。ライガンも、部隊長という立場に見合った実力は当然、持っている。とはいえ、ヴァミルとの攻防が成立するのも、たいして長い時間ではなかろう。ライガンの実力如何ではない。今のヴァミルを相手にして、戦いを続けられる人間はこの世界でも数えられるほどしかいないのだ。

 ライガンから伝えられたアロンからの指令を受け、グラルド卿は一つの覚悟を決める。

 そして、問いかけの答えを――。


「戦線を放棄し、アロン殿下の命のもとに一時撤退する!! ――ライガン、殿は俺がやる!!」


「了解、グラルド『隊長』――!!」


 迫っていたヴァミルの翼に対し、騎士剣を斬撃から受け止めの姿勢へ変える。衝撃を腕に受けながら、弾き飛ばされるようにライガンの体は後ろへと推力を得た。そのまま、吹き飛ばされた先で洞窟からの脱出を目論む。とはいえ、ヴァミルがそれを見送るわけでもなく――、


「突然現れて勝手に退場だなんて……幕を下ろすのは貴方たちじゃないのよぉ?」


「やらッせるわけが、ねェだろ」


「……あらぁ、まだ、動けたの」


 ヴァミルの背から伸びている翼は、その影は……数える気力も湧かない程のそれらが、戦線を放棄しこの場からの逃走を図るライガンへと伸びた。空間を埋め尽くしてまだ足らず、岩窟の岩肌を貫通しながら四方八方を占める濃紫の爪牙。その一切を、グラルド卿の一閃が斬り落とす。

 偶然だ。奇跡だと、そう言ってもいい。グラルド卿の疲労具合を鑑みれば、今の一撃がヴァミルの猛攻の一切合切を防ぎきれた、その事実は他でもない幸運。しかし、だからこそグラルド卿はその豪運に乗っかる。


「俺ァ、負けねェさ――『紫隊長』ッてのは、そういうモンだ」


「――――」


 虚勢を張る。戦いにおいて、自分が勝てると思っていることは勝つための第一歩だからだ。そして、相手の方が強いかもしれないという疑念が、その懸念が、敗北への道を拓くからだ。奇跡に肖り、グラルド卿はヴァミルを牽制する。口先だけのものではなく、確かにヴァミルの攻撃を受け切ったうえでのその言葉にはヴァミルも説得力を感じたらしく、それ以上の攻撃は無かった。

 ヴァミルに全神経を向け、なけなしの集中力を絞りながら、卿は撤退する。――はじめての、まけを噛み締めながら。



  ◇



 戦況を正確に、そして俯瞰的に見据えた時、趨勢が傾くのはフェナリの方ではなく――、


「現状我らが劣勢、相手方の優勢――それはお主も分かっておろう」


『雅羅』が言う。フェナリが歯噛みする。それだけの一瞬に、ラミルの徒手空拳が迫る。しかし、それは脅威ではない。フェナリに致命傷をもたらすような一撃には、決してなり得ない。

 分からない理由のもとで怒り狂ったラミルの拳打と蹴撃。それらは正確性こそ保ちながらも、憤怒に気勢を中抜された空洞の衝撃だ。当たればある程度の衝撃を受け、当たり所によっては傷もつく――が、それは大した脅威にならない。


 だが、事実として趨勢はラミルの側に傾いていた。

 実力を客観的に比べた時、ラミルの憤怒もあってか、天秤は明らかにフェナリへと軍配を上げるに違いない。それでも、長期的に見た時に競り合い、打ち勝つのは恐らくラミルだ。


「――あれから、一度も技が成功しておらん……相手方の小細工、では」


「なかろうな。――お主の中で、あの悪魔が人間に、少女に見える。それがお主の技を、その一閃を翳らせておる。人間の見た目をしているというだけで、お主は彼の者に危害を加えるというその行為に踏み出せない」


 先程の『睡蓮』が一閃、その失敗が事の発端だ。それから四度、フェナリは鋭い一閃をラミルの首にあてがう、その機会を得た。しかしそのうちの二度が無駄斬りと沈み、後の二回は代償を恐れるがゆえに見送らざるを得なくなった。

 花刀の八花の拘束。既に四閃を無為に費やした今、残るは半数だ。安易に踏み込み、一閃を振るえばその代償はフェナリの身を蝕み、朽ちさせんとして迫る。それはフェナリとしても、そして『雅羅』としても望まないこと。だから、致命傷を与え、勝敗を決するかもしれない絶好の機会を得たところで、フェナリは前へと足を踏み出せないのだ。


「結局――弱い拳を振るえるものと、強い拳を持ちながらも振るえないものであれば、勝者となりうるのはどちらか。それは瞭然たる事実よ」


「知っておる……! 私とて、望んで斬らんとしているわけでは――っ」


「言葉を返そう。――知っておる。そのうえで、残酷なことを言おう。お主はあの悪魔に勝てぬ」


「――ッ」


 これまで目を逸らし続けた事実、『雅羅』が指摘したその事実に、フェナリは歯噛みする。何度負ければ、何度逃げれば、何度機会を失せば、何度好機を逸せば、自分は学ぶのか。何時になったら、自分は強くなるのか。頭の中をぐるぐるぐるぐると思考が巡る。

 相対するラミルの表情は、先程からずっと、嚇怒に染まっている。村娘然とした凡なる顔のつくりが、その怒りによって歪み、皺を刻む。その感情の昂りに反比例するように、フェナリの感情は落ち着いた。精神は静かになり、氷のように冷たく、水面のように波紋一つ立たない。そんな静かな環境を、思考をするための白紙のキャンパスを、劣等感と自責と、そう言った黒い絵の具で濡らした塊が転がっていく。


 ――黒く、黒く、黒く、黒く、黒く、黒。


「――フェナリ!!」


「っ、――」


「逃げるぞ。撤退じゃ」


「――。分かっ、た」


 キャンパスに落ちたのは、同じ黒。しかし、先程まで転がっていた昏くどす黒い、おぞましい何かとは違う、確固とした黒。格式の高さを思わせる、純然たる黒。

 フェナリは、意識を切り替える。負けなど、黒に敗北した時から何度となく経験している。そのたびに、自分の弱さを感じてきた。しかし、立ち止まっては来なかった。絶対に、立ち止まることだけはしなかった。


「――『雅羅』。ことが終わったら、また手合わせを頼む。グラルド卿にも頼もう」


「そうじゃな。王都へと無事帰ることが出来れば」


 弱さを自覚した時が、強くなる時だ。

 そのことを、これまでに何度となく負けてきた、敗北を喫してきた、フェナリは知っている。彼女にとってこれは、はじめてのまけ、などではない。何度となく経験してきたうちの、一つの敗北。一つのまけ。これまで強くなってきた理由の、一つだ。


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