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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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70.誰に向けられる悪意


 迫ってきた気配は、あまりに大きすぎた。それが違和感だった。それほどに大きすぎる気配というのは、その対象の強さを証明するのではなくむしろ逆――気配を隠すことも出来ない、能のない鷹であることを周囲に暴露するような愚鈍の象徴だ。

 だから、フェナリは真っ先におかしいと思った。


「強いのか弱いのか、はっきりさせてもらいたいもんじゃな」


 その姿を、フェナリは視界に映し込む。その容貌は少女に見えた。フェナリよりも年下だろう。日常で彼女が視界にふと入ったとして、フェナリはそのことを一切気に留めないに違いない。それほど、完成された『普通の少女』だった。しかしこの状況、悪魔に都市が壊滅させられたせいで衛兵ですら単独行動を拒否するような状況で、まさか普通の少女というものが一人で歩いているはずもない。

 何より、その表情に浮かぶ激情、激怒、憤懣は、一周回ってこの状況に不相応だった。


「何で、私が……こんな姿で――ッ! 『あの時』から全部が狂ったの――ッ!!」


「何を言っているのか……少なくとも、私にはわからんな。お前には分かるか、『雅羅』?」


「その問いかけ、無茶ぶりも極まろう。儂とて全知ではない」


 少女の表情は怒りに歪み、怒気を孕んだ声を上げる。その言葉の意味を理解することはフェナリにも『雅羅』にも出来ず、唯分かったことはここにいる少女が人間ではなく、フェナリの討滅すべき悪魔であるという事実のみ。それは、彼女の全身から発せられる害意がフェナリへとはっきり向けられていたからだ。その敵意に呼応するようにして、


「――魂魄・花刀」


 フェナリの詠唱が紡がれる。途端顕現する、花を纏いし刀。その存在感は、一瞬だけ少女悪魔のそれと並び、そして刹那ののちに消え去ったかのようにしてその影を潜める。能ある鷹は爪を隠す――能ある戦士は、気配を隠す。

 構えたフェナリに相対する少女は、怒りに顔を歪め、そして踏み込んできた。その背から悪魔らしい翼が見えることはなく、魔術だとか禁術だとかが放たれるわけでもなく。少女悪魔の名乗りは徒手空拳と共にフェナリの耳を劈いた。


「『お母様』の次女、ラミル――ッ!」


 長女、末娘、と来ての次女。歯車のずれた少女が、フェナリを襲った。


  ◇◆◇◆◇


「本当なら、私のはずだった――のにッ」


「だから――」


「『万変』の私が、一番適任のはずだったのにッ!」


「だから――何を言っておるのか、私には分らんと何度言えば分かる!!」


 刀と拳が交錯する。本来ならば一方的に鋼が柔肌を切裂き、貫き、蹂躙するはず。しかしそんなことはなく、それどころか火花まで散る始末だ。鋼と同じ硬度を持つ柔肌などと、そんなものが柔肌という言葉で表されていいわけもない。

 フェナリの初太刀は定番の『朝顔』。ひとまずの王道で相手の出方を窺う形での一閃だった、のだが。怒りに表情と心を奪われているように見えながら、ラミルと名乗った少女の拳は的確にフェナリの刀を受け止めてくる。言葉を話す悪魔で、そしてこの実力。事前に伝えられていた情報も併せて考え、フェナリは彼女を上級以上のそれだと判断。


「まさか、シェイドの戦うはずだった輩を横やりで奪ったか……? いや、あの時の攻撃は――」


「何をごちゃごちゃと……ッ! 私の憤慨を受け止めもせず!!」


「お前に言われるのだけは御免じゃな。私に伝わりもしない言葉の羅列を並べ立てたお前には」


 この辺りで、ラミルとは会話が成立しない、話が通じないのだとフェナリは悟っていた。今が彼女との初対面であるフェナリとしては、ラミルが常日頃からこう言った激怒に苛まれ、憤怒の海に溺れているのかが分からない。もしかすれば、彼女の怒りの種が何かあって、それが取り除かれた時、せめて会話が成立する程度には理性的になるのかもしれないが――、


「悪魔と言葉を交わすことは、必要のないこと。怪物というのは、怪物に終始し怪物として死ぬ――ただ、それだけじゃからな」


 フェナリは、これまで数多くの怪物を手にかけてきた。その中で、一度だって怪物の死に際して罪悪感だとか、同情の念を抱いたことはない。そう言った感情を自らの中に持たないように教育され、養育されて生きてきたことも当然要因の一つだが、彼女の中で一線が引かれていることももう一つのそれだ。

 ――怪物は、『化け物』は、それとして生きてそれとして死ぬ。そう割り切って仕舞えば、フェナリにとってそれらは大切にし尊ぶべき命ではなくなる。考え方に倫理がないと誹られるのであれば、『人の尊厳を脅かした奴らを人間の権利のために屠る』と言ってもいい。どんな言い方だとして、フェナリの中心を通る指針は揺るがない。


「私は、『化け物』を殺す。ただ――それだけじゃ」


 そうだ。フェナリは目の前の『化け物』を討伐する。成敗する。滅ぼす。彼女の指針は、そこにある。勘違いすべきでないのは、彼女にとっての征討すべき存在は『化け物』であって、彼女に悪意を向けるものでも、人を殺すものでも、他者の尊厳を踏み躙って侵害するものでもないということ。絶対的な感覚を持ち、人間と悪魔を、人間と怪物を、人間と殊類を判別するグラルド卿と違い、フェナリが『化け物』を判定するのは彼女自身の瞳で見た事物に依るということ――。


「紅花一閃・睡蓮――ッ」


「――――」


 フェナリの向ける花刀の切っ先は、確かにラミルの首筋を捉えていた。狙いは外れず、彼女の思惑通りにその首元に吸い込まれ、その血肉を断ち切って首と胴を完全に切り離し、圧倒的な勝利をもぎ取って然るべきだったのだ。

 しかし、攻撃の寸前――怒りに狂っていた少女の表情が、一瞬だけその憤怒を忘れたように虚無を映し出す。その刹那、フェナリの目に映る彼女を悪魔だと、『化け物』だと、そう判断する要素、その一切が無くなった。当然、フェナリの中で彼女の認識が何らか変わったわけでもなんでもない。ただ、一瞬だけ、悪魔か人間かを見誤るほど、彼女が人間らしい顔をしていたというだけで。


 気づいたときには、フェナリの一閃は、その必殺の一撃は、首元を軽く掠め、柔肌と言えないその肌に小さな傷を生むだけに終わっていた。その頑強な肌を軽く切裂いたような一閃。必殺の一撃という名にふさわしい膂力で、もしもその首に真正面から斬りかかることが出来ていたなら、その一撃が勝敗を決していてもおかしくはなかった。

 斬撃の軌跡が、確かに自分の思惑と異なっていることに、フェナリは酷く驚愕し、狼狽し、しかしどこかで納得もしていた。


「――。仕方なし、儂も少しばかり手を貸そう」


「なんッ――! この、烏……っ?!」


『睡蓮』の一閃を外し、フェナリとラミルの間合いは限りなく零へと近づいていた。そして、刀を透かされたフェナリ。同時に攻撃態勢に入っていたラミルにとっては、絶好の機会だった。振るわれる拳は、その速度を人間のそれとは大きく逸らせ、今ちょうど自分の首に牙を、確かに宛がっていたフェナリに逆襲を仕掛けようと――して、一撃は『雅羅』の体当たりに防がれた。

 その気配を探るどころか、初めからその姿を視界に入れながらも意識の中には置いていなかったラミルにとって、『雅羅』の介入はあまりに想定外。そして同時に、自分の拳が適当に体当たりをしてきたようにしか見えない烏の一匹に防がれた、という事実は更に想定外だ。


「これは、お主の弱さではない。ただ――乗り越えねばならない壁であることは、間違いなかろう」


「『雅羅』……」


 フェナリの背丈と同じ程度まで下りてきた『雅羅』が、そのあたりを旋回しながら言う。その意図を理解して、その名前を静かに呼んだフェナリは、自分の周りで気配が一瞬だけ生まれ、そして膨張するのを感じる。一瞬、先程の不可解で作為的な攻撃を想起する彼女だが、すぐにそれとは毛色の違うものであることに気づいた。

『雅羅』が、結界を張りなおしたのだ。先程、フェナリとの会話を他者に聞かれまいとするように張られた、およそ小さな部屋程度の結界ではなく、辺りを覆い尽くすような、規模の大きな結界へと。そして、その理由はすぐさま、フェナリの視界の端で示される。


「力は、未だ戻らず。されど、程度の低い牽制にはなろう」


「こうして共闘するというのも、また久しいことか」


『雅羅』の体が、膨張する。元はフェナリの掌の上に乗せられる程度の、烏としては一般的な大きさだった彼の体は、一瞬にして膨れ上がりそして弾けた。黒翼の散らばる中で、それは顕現していた。『雅羅』の、本来の姿、大烏としての、その姿が。

 その姿を確かに視界に収めて、ラミルの表情は一瞬だけ怒りを忘れる。この世界には、恐らく大烏というのは存在しないのだろう。視たことの無い不思議なものを見たような驚愕、そして直後にラミルの表情を覆い尽くしたのは、これまで以上の、はっきりとした、怒り。


「ふざけるなァァ――ッ!! 私が、私である理由を、侮辱してッ、私を越えるな、私を凌駕するな、私を見下ろすな、私を――ッッ!!!」


「――言葉の真意は、組み伏せてから聞けばよかろう」


「愚弄するなよ、嘲笑するな!! 私だって、あの時、間違えなければ、私があの時、さっさと殺していれば、私が数日早ければ、いやもっと早く――ただ、殺していればッ!!」


 ラミルの叫ぶ殺意は、その害意、敵意は、ここにはいない他の誰かに向けられていた。そのことを理解し、そして不可解なものを感じ取りながら、しかしフェナリはそれを一旦無視することにする。『雅羅』の言葉通りだ。ラミルを圧倒的な力で蹂躙し、そしてそれから言葉の真意も、意図も、すべて聞き出せばいい。それだけでいい。今は、考えなくていい。


「行くぞ、フェナリ」


「言われなくとも」


 ――前世越しに、久しく。共闘である。


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