66.兄弟で共闘がしたい!!!
「ひとまず、応急処置は終わらせました――が、かなり長い時間瓦礫に覆われていたという事で、万一を考えて一旦は本陣までお戻りになることをお勧めします」
シェイドの後方支援のためについてきていた後衛部隊の癒者がフェルドの応急処置を担当。そして、状況を確認し、様々な症状がないかを確認してから、そうまとめた。妥当な判断で、シェイドとしてもそれが良いと考えた、のだが。しかし、そこに待ったをかけたのが他ならぬフェルド本人だったのだ。
「折角シェイドとも再会したのだから!! 兄弟で共闘するというのも一興だろう!!!」
「兄様、声を抑えてください……悪魔に気づかれても面倒ですし、何より兄様は衰弱してらっしゃる状況なんですから」
「おお! シェイドは騎士として成長したな!! 前回会ったのはいつだったか、このくらいは小さかったような気がするが!!!」
「それは私がこの城塞都市を発った頃でしょう。兄様とはそれから二度か三度ほど王都でお会いしましたよ」
「そうだったか!!? 兄としてはシェイドのいない一日や二日ですら一年二年に感ぜられるのでな!!」
声を小さくしてくれ、とシェイドが苦言を呈したところで、フェルドの声量は一切変わらない。こういった豪胆な性格なのだ、フェルドは。遠くから二人のやり取りを見ているフェナリとしても、兄弟でここまで違うのか、と苦笑を漏らしたくなるものだった。
兄弟の感動の再会、というのは確かに尊ばれるべきなのかもしれない。しれない、が――この場所ではそんなことを言っていられない。状況もそうだ。
フェナリは、周囲の気配を探る。フェルドが大声を出していることが原因なのか、はたまた別なのかは分からないが、低級悪魔が少しずつ近づいてきている気配があった。そして、何より。フェナリの気配探知に常に引っ掛かり続ける大きな気配があるのだ。
恐らく、本当なら気配探知に引っ掛からない程度の距離が離れているはずのその存在。しかし、その存在感、気配の大きさが無理やりにその距離を越えてまでフェナリに自らを主張してきていた。
「これは――中々に強いな。シェイドと、私と、負けるとはそう思えないが……勝てるとも断言はできぬ、その程度」
これが、シェイドに任せられたもう一体の上級悪魔。およそ、間違いはないだろう。
シェイドも、その悪魔の存在には間違いなく気づいているはずだ。途中から、シェイドの足取りが明らかに一つの場所を目的地として定めていたのが、その根拠。気づいているなら、フェナリが何か口をはさむ余地はない。しかし、万が一の時にはシェイドを守らねばならないのがフェナリだ。
「一応は、気を付けておかねば――」
そう考えながら、フェナリはもう一度シェイドとフェルドの状況に視線を戻した。彼らは一応感動の再会、という状況なわけだが、その内実としては環境も相まってか、感動的というわけでは決してない。フェルドが怪我をし、衰弱しているのだから本来ならばすぐにでも彼を本陣まで戻し、本格的な手当てを受けなければならないのだ――が、彼本人がそれを拒否している。
フェルドの言い分としては、シェイドと兄弟の共闘というやつをやりたいらしい。兄弟がいたことが無いフェナリからすれば、その兄弟だから共闘したい、という考えについて共感することは出来ないが、似たような感じでアロンに出撃許可を求めたことがあるので、フェナリとしてはフェルド側だった。
「ですから……兄様は一度、本陣に帰っていただかないと」
「愛すべきシェイドの頼みとあろうが断る!! それに、シェイドも既に気づいているだろう!! 私の声が大きすぎるがあまり――悪魔どもがここに近づいてきているのだ!!」
「自覚があるなら早めにやめていただきたかった……」
「ひとまず、ここを片付ける間は共闘と行かないか!!」
「……分かりました。ここを片付けたらすぐにでも本陣に戻っていただきます。良いですね」
「任せろ!! 弟との約束を違えるのは最早兄ではない!!!」
そこまで弟に対する想いが強いのならばその弟の望み通り本陣に帰って手当てを受けてくれ、そして大きな声を出さないでくれ、と諸々口を突っ込みたい気分はあったが、シェイドはそれらを一旦は呑み込むことにする。確かに、彼も低級悪魔が近づいてきていることには気づいていたのだ。
迎え撃つのは容易。しかし、フェルドの声の大きさは偉大なもので、数が数である。剣で一体ずつ切り伏せるやり方を半分強制される騎士と違って、魔術を扱って広範囲を殲滅できる魔術師の存在は中々貴重なことは事実。ここは、敬愛する、もしくは敬愛していた、兄の力を借りることにしよう。
「後ろは任せました――」
「うむ!! 任された!!!」
低級悪魔に、包囲されている。シェイドは戦況を冷静に把握して、後衛部隊を中心に据え、それを囲むように自分と兄で挟んだ。そのまま、シェイドは自らの足に力を籠める。グラルド卿ほどでは、まだないかもしれない。それでも、地面は爆砕する。
「シェイドの前だからな、恰好を付けさせてもらおう!! ――燃えろ!!」
シェイドが一体目の悪魔を切り伏せたと同時に、フェルドの魔術が放たれる。魔術の中で最もと言っていい程単純な詠唱。しかし、魔術師の力量というのは案外そう言った低級の魔術によって測られることも多い。事実、フェルドの詠唱とその結果は、間違いなくその力量を顕著に示していた。
「(……ホカリナ王城で見た魔術とは、比べ物にならない)」
フェナリもその魔術を視界に収めて、感嘆に口を開いた。魔術の着弾点からはある程度離れているというのに、その距離を越えてフェナリのところまで熱気が迫る。空中に生じ、瞬間爆ぜた炎の球は、中心でどれだけ燃え盛っていたのだろうか。想像もつかない。
当然、ホカリナ王城で見た魔術はフェナリに放たれるものだったのもあって、手加減されたものだったのかもしれない。しかし、そうだとしても彼らにこれだけの魔術が放てるとは、正直思えなかった。
「これが、魔術師の『魔術』だ!!」
フェルドが高らかに声を上げれば、それに呼応したかのように炎の勢いが強まった。本当に彼がその魔術を操作したのか、それともとんでもない声量で放たれた彼の叫びが炎に空気を送って、それ故に火勢が強まったのか――どちらなのかは、考えないことにしておく。
「流石は兄様――以前よりも格段に、威力も強まって……私も、負けていられない」
シェイドにとって、フェルドは敬愛する兄だ。声が大きくて、感情表現が大袈裟で、なんだか子供らしい一面が多いような彼だが、その実力も、秘めた大人らしさも、弟であるシェイドは知っている。だから、シェイドは彼のことを心から敬愛している。
しかし、敬愛する存在であり、憧れでもあると同時に、シェイドにとってフェルドは追いつきたい存在でもあることを、忘れてはならない。決して、その彼我の距離を遠ざけたいとは思わない。それどころか、その距離を縮めていかなければならないのだと、シェイドは思っている。
だから、更に加速。低級悪魔の間を縫うようにして動き、横を通り過ぎると同時に斬り捨てる。低級悪魔にとっては羽虫が通りすがったと同時に首と胴が泣き別れ、というような状況だろう。攻撃の準備段階にすら入れずに斬り捨てられていくのが殆ど。どうにかその爪を振り翳そうとしたところで、それがシェイドに届くことなどない。
「私に触れたければ、せめて――運命からやり直してもらおう」
悪魔との共存など、出来ない。それが出来るのならば、シェイドも検討するが、しかしそんなことはあり得ない。この世界にいる悪魔は、その全てが狡猾で残虐で冷徹で、最悪の存在。そこに同情の余地もなく、その一切合切を討滅して当然の存在。
だから、シェイドは悪魔との共存だなんて夢物語を見ない。決して、助けられない存在なのだと割り切らねばならない。
こういったことを思うから、グラルド卿も、悪魔を殺すのは好きじゃないと、そういうのだろう。彼が言う虚無感というものを、シェイドも理解できる。最後の一体を切り捨てて、溜息と共にシェイドはそう思った。
「見事だったな、シェイド!!」
「兄様も、お見事です」
「では、約束通り兄は本陣に帰る!! 父上にも報告せねばならないからな!!」
「はい。しっかりと手当てを受けて休んでいてください」
「回復したらもう一度戦線に戻ってくる!!」
「話聞いていますか?」
何やら認識の齟齬がある様子で、シェイドとしてもこのまま送り出して良いものかと懸念するが、しかし彼がまたやはりここに残る、などと気が変わっても困るので後衛部隊の一人にフェルドの護送を頼んで、彼に任せることにした。
フェルドも律儀な人間だ。大雑把な部分は目立つが、約束を守らなかったところを、シェイドは見たことが無い。恐らく、本陣に戻って手当てを受ける、まではしっかり果たしてくれるだろう。そこからは、可能な限り療養していて欲しいが……高望みも良くないのかもしれない。
「――何にせよ。先を急ぎましょう。恐らく、もうすぐですから」
フェルドを見送って、シェイドはまた探索の続きに戻る。そして、フェナリも気づいている最も大きな気配、その方向へと歩き出した。
シェイドも気を引き締める。今先程戦ったような低級悪魔とは、程遠い強者の気配を持つ悪魔が、次の相手になるのだろう。間違いなく、次の戦いは容易にはこなせない。苦戦するかもしれない。だが、負けるつもりもない。結局、彼が行きつく思考はこれだ。
――今は亡き、少女のために。
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※※次回投稿について※※
今話まで、週二投稿の頻度を週一頻度に落としておりましたが、次回投稿からは週二の投稿に戻す予定にしております。
次回投稿は6月15日の20時となります。よろしくお願いします。




