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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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63.『シェイド・バーカイン』


『強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!』



 城塞都市テレセフ、というギルストの主要な防衛都市を管轄し、治めているバーカイン子爵家。シェイド、とこれから名づけられる赤子が生まれたのは、その家だった。


 子爵家、というのは王家、公爵、侯爵、伯爵、と数えたとき、爵位の上から四番目である。通常で考えれば、そこまで大貴族とも呼ばれない程度の中小貴族。しかし、バーカイン子爵家については少し違った。

 城塞都市テレセフという国防の要に配置されていることからも分かるように、バーカイン家は酷く王家から信頼されているのだ。爵位こそ子爵家だが、王族の関わる事案ならバーカイン家の影響力は侯爵にも、ときには届かんとする勢いだ。


 そんな家に生まれたシェイドが、貧しい生活など、したこともあろうはずがなかった。

 毎日の十分な食事。もしもシェイドがそれ以上を望めば、当然十分以上のものだって用意されたに違いない。

 衣服は清潔だった。汚れなどはついておらず、装飾や生地の質を見ても一級品。自らを飾るためにと、シェイドが宝石を望めば与えられただろうし、その加工には領地で最も優れた職人が連れてこられたはずだ。

 つまり、結論を言うならば――シェイドはその生まれを要因として、貧しい生活だとか、庶民の生活だとか、そう言ったものを全く知らずに幼少期を過ごした、という事である。当然、少年以上になれば教養を身に着けるために様々な知識を得、その過程で庶民の生活についても理解していくだろうが、幼少期のシェイド、まだ教養を付けるよりも甘やかされていた頃の彼は、何も知らなかったのだ。


 ――すべてのきっかけは、意外に小さなものだった。


 シェイドの存在が領民たちにも知らされ、領主であるバーカイン子爵の第二子の誕生が祝福された時からおおよそ五年がたった。シェイドはつい先月に誕生日を迎え、六歳となったころで、半年もすれば教養を身に付けるための家庭教師がつけられる。

 この頃から、シェイドは領主邸の近くに出かけることを許可されるようになっていた。城塞都市テレセフは広く、その治安は一定ではない。しかし、領主邸の近くは領主に対して好感を持っている者たちで固められていた。とはいえ、その立場はは商人だったり農民だったりと様々だったが。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ――何かありましたら、近くの者に『領主邸に伝えるように』と」


 何度か領主邸の外に出かけて、毎回のように言われてきたその言葉にシェイドは元気な返事を返す。そのまま、侍女たちが開けてくれた領主邸の門を越えた。城塞都市の中心近くにある小高い丘の上に、領主邸は存在する。その正面には都市の中心である中央庭園が見え、逆側は商人たちが通るために少し整備された道路となっていた。

 前回と前々回のお出かけで、シェイドは中央庭園とその近くを探検した。まだまだ知らないことはあるけれど、しかし子供というのは常に新鮮なものを探し続ける生き物だ。シェイドは、中央庭園には目を向けることもなく、領主邸の裏側の道路へと短い脚を向かわせた。

 

 領主邸の正面に広がる景色が、幾らか都市的であると表現できるのに対し――その裏側は牧歌的だ。自然を残すように景観を整えられたその場所は、道路として整備はされながらも十分な舗装などはされず、街灯も必要最低限が等間隔に置かれるばかり。

 近くに畑でもあれば、田舎の農村地を想起させるであろう、そんな景色が、領主邸の裏側には広がっていた。


 領主邸の窓越しにしか見たことの無い景色を直にその目で見て、シェイドは半ば興奮気味に辺りを見回す。幼いからこその狭い視界は、同時に多くのものをその世界に映し出すことは出来ないが、代わりに一つ一つが彼にとって美しく興味を引くものにした。

 そして、右に左にと揺蕩うシェイドの視線は、ふと一か所に定まった。


「なーにしてるの」


 路端に一人の少女が座り込んでいるのを見つけて、シェイドは小走りで駆け寄って声を掛けた。子供というのは、極端に人見知りか、または極端に人に声を掛けるか。シェイドは、後者の類であるらしい。

 少女は後ろ姿から見て取れる背丈から察するに、シェイドとおおよそ同じ年齢らしかった。


 領主子息として育てられてきたシェイドにとって、自分の周りの人間というのは基本的に自分より年上だ。領主でもある父、次期領主として育てられている長兄、世話係の侍女たちや時折領主邸を訪れる大商人、他の貴族家の人間。その誰もがシェイドにとっては見上げるほど背の高い人間であって、シェイドはもしかすれば、この時初めて誰かを上から見下ろすことになったのかもしれなかった。

 

 シェイドに声かけに反応して、少女が顔をこちらに向ける。同時に、その滑らかで長い茶髪が風でほんのりと揺れた。シェイドを見返す瞳は透明感の強い桃色。しかしその眼光は幼いながらに強く、こちらをしっかりと見据えてくる。

 

「――母様が、外で食べられるものを探してきなさいって言ったんです」


「――? だったら、まちの方に買いものにいくの?」


 母からお使いを頼まれたらしい少女。しかし、この場所は食料が売ってある市場とは逆方向だ。しかも、少女はどこかに行こうとする様子もなしに道端で座り込んでいた。まさか、道が分からなくて迷っていたのかもしれない、と思いながらシェイドは、少女の隣に腰かけた。


「買いもの……には、いけません。お金がないもん。だから、食べられそうなもの探してるんです」


「――ここで?」


 少女は頷いた。シェイドは少し困惑しながら、周りを見渡してみる。シェイドの思うような食べられるもの、というのはこの辺りには全くありそうもない。せめて畑が広がっているならまだしも、ここにあるのは軽く整備されただけで舗装もされていない道路と、その横の森ともいえない木々の集まり、そしてうっすらと茂る草たちのようなものだ。上手く鳥がいればせめて――という程度で、まさか食べられそうなものがありそうにも思えなかった。


「……食べられる葉っぱとか、母様に教えてもらったので。あと、虫は捕まえるの難しいけど――」


「はっぱ、むし……」


 まさかシェイドが食べたことあるはずもないようなものが少女の口から出て来て、シェイドとしても困惑する。自分の食卓には出てきたことの無いようなものだ。少し関わったことのある市場周りの人たちも、そう言ったものを食べているという話は聞いたことが無かった。

 葉っぱ、いわゆる野菜ならば、確かに市場に売られているものをいくつか見かけたことがある。それでも、こんな原っぱに生えているような草ではなく、しっかり畑で育てられたものだ。


「――私、食べられるものさがさないと」


 そう言って、少女が原っぱに入ろうとする。「――え」と、シェイドは困惑も抜けきらない様子で引き留めようとするが、流石に木々の中に足を踏み入れるのは難しかった。綺麗な服が、破けてはいけない。そう思って、手を伸ばしながらも足は止まったままのシェイドに、少女は小さく振り返った。


「あしたも、食べるものさがしに来ます、ここに」


 そう言って、今度こそ少女は木々の間に入っていった。あまり広い林ではないが、自然を残すためにと人間の手がほぼ加えられていないそこには、低木から高木までが生えそろっている。少女の小柄な体を隠すには十分だった。

 一瞬で、少女の姿はシェイドの視界から消える。シェイドは、どうしようもなく立ち尽くして、少ししてからそのまま領主邸へと帰った。そこから別の場所を冒険する気は、起きなかった。


 ◇◆◇◆◇


 その日の夜、シェイドは兄に少女のことを語った。

 シェイドは幼いこともあり、貧富という概念を理解していなかった。お金がなく、虫や野原の葉を食べなければならないような、そう言った世界を、彼は知らない。そして、恐らくこれから実体験として知ることは、一生ないのだろう。


「俺が領主になるときには――そう言った人たちを助けなければ!!」


 兄は、シェイドの話を聞いて猛り立っていた。シェイドは兄との語らいの中で、初めて貧富というものを知った。人が金を稼ぎ、それぞれが生きていく中で、どうしても無くせないものなのだと。しかし、可能な限り無くさねばならないものなのだと。

 シェイドは聞いた。その時、彼の中に芽生えたのは恐らく――同情だった。


 ◇◆◇◆◇


 ――次の日、シェイドはまた同じ場所へと向かった。

 

 少女は、昨日と同じ場所で座り込んでいた。視線が少し下に向いていて、昨日は分からなかったが、今ちょうど食べられる草かどうかを調べているのだろう、ということが分かった。

 声を掛けて、隣に座り込む。少女は、シェイドを拒まなかった。


 ――食べられるものを探すのを手伝う代わりに、お喋りをしよう。

 それが、シェイドが少女に持ち掛けた幼い交渉だった。その交渉が成立してから、シェイドは少女の後ろについて行って木々の間へと入り、他愛もないような話をしながら、食べられるという虫を探した。

 話したことは、本当にどうでもいい話ばかりだったように思える。恐らく、シェイドが成長して、その時にはこの会話内容を、八割も憶えていないだろう。


 そうして、その日二人は別れて。しかし、次の日、そのまた次の日、と二人は毎日同じ道端で会っていた。そして毎日、シェイドと少女の二人は木々の間に入っていって、虫を探したり葉っぱを採ったり。およそ貴族子息がするようなことではないようなことをして、過ごした。

 少女は一応敬語で話すものの、幼い故か時折敬語が外れる。そうでなくとも、シェイドが貴族子息と知りながらも特段の対応の変化を見せずに会話が続いた。それも、シェイドにとっては少し珍しい体験で、その未知が、彼を少女のもとに惹きつけたのだ。


 そうして、シェイドが少女と野原を、林中を駆ける日々を過ごす一方で、バーカイン子爵家では一つの話が進んでいた。それは、シェイドの王都移住についての話だ。

 少しずつ家庭教師による講義を受け、教養を身に着け始めているシェイド。同時に、貴族として魔術や剣術の指南も受けていた。兄が才を見出されたのは魔術だと聞いたが、シェイドの場合、それは魔術ではなく、剣術だった。剣術の師範からは騎士を目指すよう勧められるほど、その際は抜きんでていたのだ。


 ――騎士になるためには。


 ギルスト王都で行われる騎士団選抜試験に参加しなければならない。そして、その試験に参加する資格を得るためには王都での一年以上の公式鍛錬に参加している必要もあるのだ。騎士団は治安維持のための機関。まずは公式鍛錬によってその適性や悪意がないことを確認しなければならないというわけである。

 早いうちから、その公式鍛錬に参加することは将来的に騎士になるための重要な第一歩だ。当然、一年だけの公式鍛錬でも選抜試験の参加資格は得られるが、それだけで入隊できる人間、というのは恐ろしく少ない。騎士団の入団試験に合格するために必要な能力は、通常の剣術指南では到底身につかないものだからだ、と――巷ではそう噂される。


「――ということだ、シェイド。王都に、行く気はあるか」


「父上――僕は……」


「やめましょうよ父上ェ!! こんな小さな弟を王都のような魑魅魍魎跋扈する伏魔殿に向かわせるなどォ!!!!」


「フェルド、お前は王都を何だと思っている……だが、シェイド。勿論、お前の意思が重要だ。早めの王都移住が重要だと囁かれてはいるが、しかしまだあと数年は猶予があるものと考えていい」


「そうだぞ、シェイド!! 頼れる兄もいない王都で涙を流すより故郷テレセフで生きるのが良い!!」


「いえ、兄上――ぼく、いきます」


「何故だシェイドォォ!!!」


 ――と、いうことで。シェイドは王都へと移動することが決まった。それからもフェルドは一時間ほどシェイドの説得を試みていたが、シェイドの意思が変わることはついぞなかった。それだけの意思の固さを以てシェイドが騎士を目指した理由は、当然フェルドにも、そして父である領主ファドルドにも、分からなかった。

 


  ◇



「――ぼくの、夢はね」


 王都への移動が決まって、その次の日。シェイドは少女の隣に座ってそう話を始めた。当然、その後に続くのは『騎士』だ。少女は、少しだけきょとんとしてから「そうなん、ですね」と返した。


「兄さまは、魔術の才能が、あるんだって。――ぼくは見たこと、ないけど……将来はえらい魔術師になれるって」


「すごい、つよいんですね」


「そう。兄さまは強いんだ。だから、ぼくもつよくなりたい」


「――? お兄さんが強いから、もういいやって、ならないの?」


「ううん。兄さまはすごいから、ぼくもすごくなる。できることを、得意なことを、がんばってる兄さまが好きだから――ぼくも、兄さまみたいに」


 シェイドの言葉、恐らくフェルドが聞けば大粒の涙を流しながらその感激を声高に叫ぶであろう言葉を、少女はやはりきょとんとした表情で受け取った。しかし、ふと表情が変わる。そのまま、少女はその顔をシェイドに向けて――、


「――強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!」


 その笑みは、強く希うようなものではなくて、ただその道を究めることの意味も、その苦労も何も知らないからこその幼子の純粋さを孕んだ、そんな笑みだった。ある意味、少女は無知がゆえに、シェイドが騎士になる姿を、その将来を想像できなかったのかもしれない。

 もしかすれば挑発ともとれるようなその少女の表情に、シェイドは感化された。その表情こそ、シェイドを突き動かしたとも、言える。少女の言葉が、その存在が、自らの原動力になる。――そんな現象が、世間でどんな名前を付けられているのか、シェイドはまだ知らない。


「――うん、なるよ。約束する」


 シェイドは、強い覚悟を以て、その言葉を下の上で転がす。そして同時に、別の覚悟も決めなければならないのだと、思い出した。自分が騎士になるために、必要なことがあるのだと、そのために失わなければならないものがあるのだと、シェイドは少女に伝えなければならなかった。王都に移住することになって、シェイドはもう少しすれば少女に会うことも出来なくなる。毎日のこの時間は、シェイドが騎士になるために失わなければならないものだ。

 その事実を、シェイドは自分の口から少女に伝えようと、口を開いて。


「……ぁ、きみの、夢は――?」


 シェイドは、瞬間に言うべき言葉を飲み込んだ。何かに堰き止められたかのようで、彼の口から事実の告白は出てこなかった。代わりに出てきたのは、せめて今続いている話題を如何にか切れさせまいとする問いかけの言葉。

 言葉にするべきだったのに、それが出来なかった。シェイドは、どこかで怖がっていたのだろう。少女との、別れを。しかし、そんな恐れも次の少女の言葉で掻き消されることになる。


「――私の、夢は」


 そう言って、少女は口を開いた。


「――汚れていない、服を着たい。虫の羽音で、目を覚まさないでいたい。水を飲むときに、砂を噛まないでいたい。あと、それから……けえき? を食べてみたい」


 どれもこれも、シェイドにとっては当然のように日常にあるものだ。どれもが、最低限だ。しかし少女にとって、それは当然のものではなくて。

 話を聞くうちに、シェイドのお腹より少し上あたりがきゅうっとなるような感覚があった。同時に、自分には何かできないのか、と焦燥感にも似た使命感に駆られて、シェイドは何もかもが分からなくなった。そんな困惑と焦燥入り混じる中で、しかしその原因ともいえる少女は静かに立ち上がり、家に帰るからと言ってまた足早に過ぎ去っていった。


「――あした、つたえないと」


 王都に移動するという話を、少女に。

 まだ、王都に行く日までは少しだけだが時間はある。今日無理だったとはいえ、次がある。



  ◇



 ――いや、次など無かった。


 次の日、また領主邸の裏側の林の近く、道路のすぐ近くの原っぱへと、シェイドは足を運んだ。慣れた足取りで地面を踏みしめ、いつもの少女のいるところへと。

 しかし、少し辺りを見回しても、いつも先にいる少女の姿は、そこにない。何時も座っている石に腰かけて、少し待ってみる。しかし、来ない。もう少し待ってみて、やはり来ない。


 シェイドは、少し周りを歩いて行った。ただ、少女が道に迷っているだけなのかもしれない。いつも着ている場所にふと迷って来れないことなどあるのか知らないが、もしかすればそんなことだって、あるのかもしれない。

 ふと来なくなった理由が、何かあるのかもしれない。今日は食べるものが必要じゃないのかもしれない。


 どんな理由が考えられるだろうかと考えながら、シェイドは道に沿って歩いていく。そして、ふと道路に敷き詰められた固い茶色の土の上に、白い何かが落ちているのに気づいた。

 近寄って屈み、その白いものを見てみる。滑らかな感じで、ほんのりと甘い匂いもする。少し見ていて、これはケーキのクリームだ、とシェイドは気づいた。しかし、なんでこんな道路の真ん中にそんなものが落ちているのか、それは分からなくて――、


「……シェイド様、そこには近づかない方が」


「――え?」


 ふと、声を掛けてきたのは顔見知りの露店の老婆。少し気まずそうな表情を浮かべて、少し離れたところからシェイドに手招きをしている。シェイドは不思議に思いながら、そして老婆の方へと小走りで駆けよった。


「あそこで、小さな女の子が馬車に轢かれて……衛兵様が片づけてくださりましたけど、あまり近づかない方がよろしいかと」


「ちいさな、女の子……」


「ええ。大体、シェイド様とも同じくらいの。茶髪で――」


「ぇ……」


「かなり早朝だったらしく、実際にその瞬間を見た者はいなかったそうですけど」


 老婆がそう語る間、シェイドは文字通りに言葉を失って愕然としていた。確認しなくても、恐らくそれがいつもお喋りをしている少女であることは、シェイドには分かった。何故か、確信があった。

 覚束ない足取りで、シェイドは老婆の前から離れて近くの原っぱを歩く。地面を見ていて、クリームの落ちていたのとは少し離れている場所に、ぐしゃりと崩れたケーキがあるのにも気づいた。恐らく、少女の夢の一つが、今日叶ったのだろう。今日叶って、嬉しかったから、それをシェイドにも見せたくて、浮かれながらいつもの場所に向かっていて――、


 そして、馬車に轢かれた。あんな小柄な体だ。一息に、潰れただろう。


 何か、分からないものがシェイドの胸を埋めて、それのせいで胸焼けしたかのような息苦しさが襲ってきた。苦しさに悶えて、胸は何かで埋まって詰まり切っているのに、しかし虚無感にも襲われて、シェイドは意味が分からなかった。

 吐き気もして、口が自分の意思を問わず開くが、出てきたのは吐瀉物ではなく唾液だけ。そして流れたのは、目からの涙だけだった。



『強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!』


『強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!』


『強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!』


『強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!』



 ――『強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!』



 多分、この時だ。シェイドの記憶に、この言葉が刻まれたのは。

 名前の知らない少女が、彼にとっての誓いであり、呪いでもあるような、そんな思い出になったのは。


次回投稿ですが、現実の方で少々忙しくなっておりまして、投稿頻度を一時的に下げさせていただきたいと思っております。

次の投稿は5月28日20時となり、そこから少しの期間、週一投稿となりますのでご理解下さい。

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