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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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62.思い出の郷里


 横薙ぎに悪魔を斬り伏せるシェイドの太刀筋は、普段以上に研ぎ澄まされていた。

 彼の背中を少し離れたところから追う後衛部隊の一員として、フェナリはそんな所感を得る。ホカリナ王城で短く斬り結んだ記憶は比較的新しいが、その時よりも斬撃の一閃に重みがあるように思えるのだ。


 恐らく、その斬撃一つ一つには、彼の複雑な心境が籠められているのだろう。

 フェナリも、テレセフとシェイドの関係については少しだけアロンから聞いていた。と言っても、ここが彼の故郷である、という程度の話である。ところで、なのだが。


 ――フェナリにとっての故郷は、というと。


 それは寂華の国であると、そう言えるのかも知れない。故郷というものが、生まれた場所を言うのなら、彼女の故郷は山中の、何という名かも知らない集落のそばとも言えるだろう。別の解釈として、人生で最も長い時間を過ごした場所を故郷とするのなら、彼女の故郷は静かな山の中の冷たい鉄檻の中、ということにもなる。

 しかし結論を端的に言うなら、フェナリにとっての故郷というものは、ひどく希薄な存在として彼女の中にあるということだ。故郷を懐古するような気持ちは彼女になく、故郷を守りたいという思いも、一切ない。そんな思いがあったところで、別世界のことに干渉する術は、彼女にはないわけだが。


「シェイドの気概、その源泉は私に分かるものではない――が。その大きさが分からぬ程、私も人を棄ててはおらぬ」


 郷里というもの、それに対する感慨の一切はフェナリの持ち合わせるところではない。しかし、だからと言ってシェイドの持つそれを全く理解できない、というわけでもなかった。彼の持つ記憶や思い出の中で、どれだけこの地が重要なものなのかを、知識としては知らずとも。彼の剣戟が、フェナリに教えてくれる。


「少しの侘びと償いじゃ。私も、助太刀せねばなるまいよ。――後衛じゃがな」


 周りの騎士たちに聞かれないように声量は小さくしつつ、フェナリは呟く。ホカリナ王城で切り結んだことへの謝罪は既に済ませたが、出来る償いが目の前にあるのなら、手を伸ばさずにはおれまい。そう思えば、フェナリの駆ける足にも力が入るというものだった。


 地を蹴り、隊列を崩さないように進行しつつ――。

 フェナリは、周囲の気配を探る。シェイドよりも後ろ側から進行している後衛部隊だが、しかし周囲は戦場に囲まれ、後衛だから、と絶対の安全は保障されない。常にフェナリとシェイドがそれぞれ気配探知を張り巡らせることで悪魔の奇襲は恐らく成立しないが――、


「グラルド卿をして、気配を悟らせなかった結界術――それを都市ではなく、悪魔単体を隠すために用いられようものなら……」


 いや、恐らく。グラルド卿がテレセフでの戦闘の気配を探り切れなかったのは、個々とは遠く離れたホカリナにいたからだ。『紫隊長』は結界術師に対する唯一絶対の対抗馬。その看板が覆ることなど、あろうはずもない。

 しかし、フェナリは安心しきれなかった。その不安の源泉となるのは、彼女が実際に経験した『騎士術』・共極の効果。グラルド卿が恩恵として得ている『騎士術』の感覚拡張を、彼女も同様に恩恵としてその身に浴した経験が、彼女に不安を作り出していた。


 ――『騎士術』・共極が解除された直後、フェナリの体を襲ったのは激しい疲労感だった。


 感覚を本来以上に拡張し、身体をその感覚に合わせる。実力が伴っていなかったとはいえ、その絶大な効果と裏腹に、代償となる疲弊は恐ろしいものだった。体の動作、その一切が封じ込められるような無力感が全身を覆いこみ、陳腐な表現で言えば、身体が石になったかのようだった。

 グラルド卿には実力があって、『騎士術』の代償として多大な疲弊をその身に抱える、という事はそうあるはずもない――ない、が。先日からホカリナでの王城奪還戦、『厳籠』討滅戦、と続き、今は城塞都市テレセフでの殲滅戦。あまりにも戦いが、『騎士術』を行使しなければならない状況が、続きすぎている。それがまさか、グラルド卿でも覆すことの出来ないような代償を、齎すのではないか。フェナリは、不安だった。


 今回の殲滅戦は、もしかすれば――ホカリナ王城奪還戦や、『厳籠』の討滅戦よりも、厳しい戦いになるかもしれない。

 それは、相手の数だとか、その強さだとか、そう言ったものに起因する難しさではなく。この戦いを有利に進めるための要素、それを集める難しさだ。


「今までになく、時間との勝負――かもしれんな」


 グラルド卿に、どれだけ疲労という要素があるのか、現状彼の中のどれだけの割合を、それが占めているのか。それはフェナリには分からない。だからこそ、念には念を入れるべきだ。

 可能な限りの短期決戦。それを目指して、フェナリはやはり、シェイドに続く隊列の中で、走り続けていた。


 ◇◆◇◆◇


 シェイドの中に、フェナリが抱くような不安はなかった。それは、グラルド卿に対する絶大の信頼がもたらす、希望以外の要素が、彼の中に存在しないからだ。だから、彼はグラルド卿の敗北を想定していない。どれだけそれが希望的観測だと言われようとも、彼の中の価値観は覆らない。揺るがない。

 

 フェナリがグラルド卿の疲弊、という不安要素を見出したのは『騎士術』・共極が原因。しかしそれに対して、シェイドがグラルド卿に対する絶対の信頼を、更に強大にしたのもまた、『騎士術』・共極であった。

 フェナリの部屋の前、たった二秒だけ――シェイドが経験した『騎士術』の極点は、たったそれだけだ。全く、その真髄に気づくには不十分の極みと言っていい。しかし、それだけでも分かることがあった。いや、逆に。それだけだからこそ、その底の知れなさは際立ったのだ。


(あの時は二秒だけで、後引く疲労が凄まじかった……あの疲労、そのものが――グラルド隊長との、実力の差だ)


 たったの二秒。それだけで、シェイドはその身をもって実感したのだ。――グラルド卿の実力、その片鱗を。それが片鱗だったからこそ、グラルド卿はそれ以上なのだと思えばこそ、シェイドは彼の人への信頼を、憧憬を、更なるものにできる。

 グラルド卿は、あの時以上の、凄まじい力を秘めている。低級や中級の悪魔などその歩みを少々妨げる羽虫にすらならず、上級だろうと束になって初めて小動物になれる有象無象。恐らくは大悪魔だって――、


「――グラルド隊長は、絶対に負けない。だから、私も負けない」


 グラルド卿の唯一と言ってもいいような欠点は、彼に分身能力という超常の力がないこと。否しかし、それは、その力を授けなかった神の欠点でしかなく、グラルド卿の欠点とは言えないかもしれないが。

 その神の落ち度を、小さな失敗を、シェイドが埋めに掛かるのだ。彼がグラルド卿に負けず劣らずの実力を発揮できれば、その力を以てグラルド卿が戦うのとは別の敵対存在を殲滅できるなら、グラルド卿は自らの戦いに集中できる。


「グラルド隊長の為と成れるならば」


 自らの持つ何もかもを、捧げて見せよう。シェイドはそれだけの想いを、グラルド卿に向ける。その理由を語るのは、恐らくまだ先のことになるだろうけれど。


「そして、もう一つ――」


 シェイドは、視界に捉える。中級程と思われる悪魔だ。どうせ、有象無象の内のどれか。既にシェイドの『騎士術』による気配探知には引っ掛かっていた。しかし、相手方はそのことに全く気付いていない。

 そのことからも、何もかもからも、その悪魔の実力が足らぬことが分かった。シェイドの剣戟の前に、抗えるような力は一切持ち合わせていないのだと、分かった。しかし、後衛部隊の雰囲気は一層引き締まる。そのことを頼もしく思いながら、シェイドはしかし――、


「約束の少女の、その地を――汚さないで欲しい」


 中級の悪魔を、それが感知できないような速度で斬り払う。抜かれた騎士剣はフェナリに折られたものを交換してもらい、新たに打ち直してもらったものだ。使い込み、丁寧な手入れを経たのとはまた違う、新造の切れ味を、存分に発揮した一撃。

 後衛部隊の支援も一切必要なく、シェイドの一閃が悪魔の首と胴を文字通りに斬り離す。後ろから小さな感嘆の声が聞こえたのを意図的に無視したシェイドは、


「――先を急ぎましょう」


 ただ一言を残して、また捜索に戻った。今の一撃は、そして屠られた悪魔は、一切何でもなかったかのようにして。ここまでも、幾らかの低級悪魔は屠った。しかし、ある程度の実力者を集めている後衛部隊の人間にとって、それらはシェイドに同じく有象無象。シェイドが一撃で、もしくは視線すらよこさずに斬り捨てたところで、それは彼の実力を裏付けるだけだ。

 ただ、中級にもなると話は別だった。実力があるとはいえ、先鋒には選ばれなかった騎士たちに、中級以上の悪魔を、単体とはいえ一閃にて斬り去る実力はない。


 ――それは、彼らにとっての神業。


 フェナリ以外の人間がシェイドの気迫に気づいたのも、この時だった。

 彼の気迫は、そして気概は、思い出の郷里のため。そして――約束の少女の、ため。



 シェイドにとっての『約束の少女』という存在は、清純たる言い方によれば彼の初恋だった。

 思い出の地に在り、そして永遠に、この場で――思い出という絵画の中に、在り続ける。シェイドの中で、ずっと生き続ける――故人だ。


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