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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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56.紫陽花


 グラルド卿が上空へと歩を進めるのに倣って、フェナリは感覚でしか理解できない世界へと、足を踏み入れた。『固い空気』というものを感覚だけで捉え、そこに足をかける。しかし、空気は常に変動し続けるもの。一瞬にして、固かった空気は霧散する。

 空気の固くなる瞬間、それを見逃さず、その一瞬を利用する。『騎士術』の極致と言われる『騎士術飛行法・半式』は、その評価に相応しい難度であった。


 ――しかし。フェナリは、天才である。


 生まれ持った圧倒的な妖術に対する適性。そして、得た妖刀『花刀』。それらが花樹(フアシュ)を、そしてフェナリの戦力を大きく底上げしている事実は覆らない。しかし、彼女の実力が一切その戦力に介入していないというわけでは、決してない。

 フェナリは、そして花樹は、天才である。生まれ持っての妖術適性だけでなく、戦闘面でも、彼女は先天的な才能を持っていた。それは同じく生まれ持った才能を、先天的な天賦を、適切に扱うことが出来るという才能を。


「意識を、尖らせる――もっと、先を」


 初めて扱う『騎士術』――元々その術を扱っていたシェイドでさえも、その出力が自分の意思に関係なく上昇した時には一瞬にして対応不能になったそれを、フェナリは一瞬にして扱えるようになる。

 一回の試行を経て、フェナリは理解した。そして次の瞬間には、彼女の体は大きく上空へと飛んでいた。


「ああもうさぁ! 何で化け物ばっかりなんだよ!!」


「類は友を呼ぶ、というやつであろうよ。――全く、不本意だがな」


 フェナリの視線は、『厳籠』やグラルド卿と同じ高さまで上がってくる。とはいえ、難しいのはここからだ。同じ高さを維持し続けるためには、自分の周囲に散在する『固い空気』を常に探し続け、その上を歩き続ける必要がある。しかも、戦闘から意識を割くことなく、だ。

 恐らく、長く空中戦を続けることは出来ない。どこかで、限界が来る。


「ならば、すぐにでも終わらせるのみ――」


「そう簡単に成し遂げられちゃ、こちらとしても困るんだけどね」


 一瞬にして、フェナリの姿が消えた。自らの体の筋肉や血流、そう言ったものを把握できるからこそ成し遂げられる、超級の身体操作。それは、人間の瞳では捉えきれないほどの速度まで、彼女の体を突き動かした。

 

「――紫花一閃・杜若ッ!」


「手伝ッてやるぜ、嬢ちゃん」


 上空の『固い空気』は、散在している。その位置も大きさも、すべてが常に変動し続けており、規則性などはない。だからこそ、フェナリのこの技が活きる。

 一閃、とは名ばかりの、縦横無尽かつ不規則な連撃。どれをとっても不十分で、しかしどれをとっても致命傷になりかねない、恐ろしい攻撃だ。『厳籠』はフェナリらとは違って縦横無尽で自由な飛翔が可能だが、しかしそれでもその技への対応は困難を極めた。

 しかも、フェナリの仕掛けてくる連撃の間隙を縫って、グラルド卿が大剣を振り下ろしてくるのだから、応戦は悲劇的な難易度となっている。ただ、それは一般的な怪物であれば、という話。フェナリとグラルド卿の二人を相手すれば勝率が下がってしまう、と危惧しつつも、しかし『厳籠』は怪物の頂点に坐する『三大華邪』の一角なのだ。


「追い詰められてきたみたいだねぇ。まだ、出来れば逃げる選択はしたくないのだけれど。――魂魄・『厳然たる籠獄』」


 翼だけで二人の猛攻を防ぎきるのは難しいと判断した『厳籠』は咄嗟に妖術を展開する。腹から伸びた骨が、『厳籠』とフェナリやグラルド卿の間に入り込み、隔壁を作り出す。二人の動作を阻害するための籠獄というよりは『厳籠』を覆いこみ、護るための防護壁になる形だ。

 妖術を展開するのであれば、幻術が一番手っ取り早い。そうでなければ、黒の男を再召喚する、というのが最も戦況を優勢に持っていけるだろう。しかし、幻術の場合は相手に耐性があるせいで分が悪く、実験的な召喚であった黒の男は戦闘中に生み出せるほど単純な存在ではない。そういうわけで、使いたくもない籠獄を使うことになった、というわけだ。


 ――しかし存外、『厳籠』が思っているよりも、籠獄というのは役に立つ。


 四方八方へと勢いよく展開される骨の籠。それは、フェナリらの行動を制限することにも成功する。フェナリとグラルド卿の剣戟は、既に形成された籠獄だけでなく、常に伸び続ける骨によって、そして『厳籠』本体の翼によって防がれた。

 常に変動し続ける足場の上で戦っている以上、少しでも行動を制限されると一瞬にしてフェナリらは劣勢に陥れられる可能性を孕んでいる。何より厄介なのは、彼らに課せられた制限だ。


 ――『騎士術』・共極の制限時間は恐らく、あと二十秒程度。


 ――『花刀』の制約は、残り三撃。


 特に、『花刀』の制約についてはフェナリの命を脅かすこともあって、目を逸らすことの出来ないものであった。現在の戦場が上空であることもあって、適当な植物を代償として捧げ、刀を再顕現させる、という手法も使えない。間違いなく、フェナリに残されているのはあと三つの閃撃なのだ。

 そして、『騎士術』の制限についても面倒だ。その内実が不透明である以上、常にリミットが訪れる可能性を考え続けなければならない。そして、その限界が訪れれば――、フェナリはそのまま落下する。この、上空からだ。


「それだけは、避けなければ――な」


 それはそのまま、死を意味するのだから。

 いや、死なないだろう。――フェナリの直感は、懸念を直後に否定した。フェナリに危険が及べば、グラルド卿が何とかしてくれる。それは『厳籠』を放ってでも。それが出来るだけの実力が、彼にはある。しかし同時に、フェナリはその考えをまた、否定した。

 何かあれば、グラルド卿が何とかしてくれる――かもしれない、しれないが、それに頼るようではいけない。万が一を起こさないのが、最善なのだから。


「早く、もっと速く――黄花一閃・向日葵!」


「おっ、と!」


「こッちも、忘れんじゃねェぞ!」


 複雑な剣戟は、伸び続けている骨に阻害された瞬間に台無しになる。そうじゃないのだ。もっと、意識を、剣戟を、その一閃を、尖らせる。ただ一点のみを狙った一閃――という名の、一突き。『厳籠』が首を大きく逸らす、その動作があと少しでも遅れていれば、フェナリのその一撃は間違いなく『厳籠』の頭蓋を貫いていた。

 しかも、フェナリの攻撃の直後に迫るのが、グラルド卿の大剣だ。空中で、不安定極まりない足場の上にいるとは思えないほどに腰の据わった一撃。大きく振りかぶり、振り下ろされる大剣が『厳籠』を地に堕とそうとしてくる。


 翼で大剣を抑える。しかし、視界の端に砕かれた骨の破片が見えた直後、視界が大きく下がっていた。グラルド卿の膂力に押され、一瞬飛翔力を失ったのだと、刹那ののちに気づいた。



「紅花、一閃――ッ! 睡蓮ッッ!!」


 咄嗟に、翼を前に突き出す。目の前から、鬼気迫る様子のフェナリが斬りこんできたが、その表情を深く観察している暇など、一切なかった。一撃、狙いは首。二撃目、狙いは首。三撃目、狙いは首――。

 フェナリの放つ閃撃の中で、最も高い殺傷力を持ち、強い殺意を以て放たれる技。『睡蓮』は、ただ敵の破滅のみを望んで放つのだ。その言葉通り、フェナリはただ、『厳籠』の命を、魂を――滅さんが如く。


「その、命を以てッ! タダ飯喰らいのッ、代償としろ!!」


「はッ! やなこった!!」


「これまで、喰った者の名前を、顔を――覚えているか。その数は、最後の表情は、言葉は!!」


「憶えてるわけッ、ないだろうよ!!」


 一閃の内に、フェナリは何撃もの連撃を叩き込んだ。その型が崩れない限り、花刀の制約は意味をなさない。それを理解し、だからこそのリスクも背負いながら、フェナリは連撃に連撃を重ねて――、明らかに、趨勢が傾きつつあった。しかし――、


「――っ、残念! 防ぎ切ったッ!」


 嫌っていた籠獄の力も使い倒して、瀬戸際で『厳籠』は全ての攻撃を防ぎ切った。フェナリに課せられた、『花刀』の制約はあと一撃。そして、『騎士術』が継続されるのもあと数秒。本来ならそろそろ想定していた制限時間を過ぎているのだ。しかし、グラルド卿の想定よりもフェナリが耐えているだけ。それも、いつ終わりが来るか分からない。


「残念だったね、これで最後のチャンスは――」


「グラルド卿」


「あァ、分かッてるぜ」


「は?」


 趨勢は、こちらに傾く。そう確信したのであろう『厳籠』の勝利宣言を、フェナリの呼びかけが遮った。そして、その声掛けがされることをあらかじめ知っていたかのように、グラルド卿が応ずる。いや、事実として知っていたも同然だ。『騎士術』を共有する形で、彼らの感覚や思考は裏で繋がっている。意識しなければ読み取れない程に微薄だとしても、だ。だから、分かったのだ。

 

 ――これこそが、正真正銘、最後のチャンス。


 何が来るのか、分からない。しかし、最後の次が来るのだという事だけは、分かった。だから、『厳籠』は明確な防御姿勢をとる。

 翼を突き出し、籠獄を更に広く、展開する。全てが、岩落鳥(フォーゲル)の外殻を大きく上回る硬度を持ち、易々と打ち砕けるものではないのは、厳然たる事実だった。


「俺は、お前が過去に何をやらかしたか――そんなものは知らねェよ。けどな、嬢ちゃんを、アロンを、シェイドを、傷つけた、その罪は重いぜ」


「私には、お前に何も恨みもないがな――これまでに、仇を討てと願った者たちがいる。私は、ただその者たちの無念を、この場で晴らすだけだ」


 フェナリが『花刀』を、グラルド卿が大剣を、構える。

 それぞれの一撃、一閃、というわけではない。感覚の共有を深化させ、思考を繋げることによる、完全なシンクロ――そして放たれる、二人の、一撃。


 フェナリだけ、グラルド卿だけ、だなんて――よそ見、浮気などする勿れ。

 どちらを取ろうと毒の刃。どちらを失おうとも、死の淵。どちらを抱こうとも、破滅の装い。


「合わせるぜ、嬢ちゃん――」


「はい、グラルド卿――」



「「紫花一閃ッ・紫陽花(アジサイ)――ッッ!!」」




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