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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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55.『騎士術飛行法・半式』


 ――『騎士術』の源泉を辿るのであれば、その本質は魔術への対抗馬であった。


 自然の力を人間のものとして扱わんとする魔術。しかし、その力は強大すぎる節があった。それまでに存在していた騎士たちでは、魔術という存在に対して治安維持の象徴として対抗しきれなかったのである。そこで生まれたのが、魔術に対抗できる概念である『騎士術』であった。

 魔術が自然の力を扱うのであれば、『騎士術』は完全に人間の力を扱う。生まれにせよ、その本質的な能力にせよ、『騎士術』は魔術の対となっている。


「人間の力――具体的には人間の感覚を拡大する、ッてのが『騎士術』だ」


「感覚の拡大……」


「そォだ。人間の五感――それを最大限に引き出す。人間の気配、戦闘の気配、他者や自分の呼吸、血液の流れ、筋肉の動き、風の流れ、空気の動き、そういッたものの全てを、感覚で捉えるわけだ」


 全ての事象を、自らの感覚で把握できる。それが、『覇者の見る世界(クロノスヴェルド)』であるのだと。覇者は目を閉じようとも、世界を知ることが出来る。覇者は空気の流れ、自らの力の流れを感覚で捉え、動きの最適解を導き出すことが出来る。それは純粋な速度と膂力に直結する。

 それが、『覇者の見る世界(クロノスヴェルド)』――。


「と、ここまでは前提ッてヤツだ。本題はこッから――嬢ちゃんにも教えてやるよ、『騎士術』の極点を」


「『騎士術』の極点、ですか。それは……」


「『騎士術』を極めた人間が、ギルストには三人いる。それが『紫隊長』と呼ばれる人間で、俺を含む三人は『騎士術』を次の段階へと進めてるッてわけだ」


 人間の感覚を拡張し、すべて人間の力のみで人智を超えた力を揮う。それが『騎士術』だ。しかし、グラルド卿やその他二人の『紫隊長』という立場の騎士たちにとっては、それだけには留まらない。彼らの持つ『騎士術』は、感覚の拡張以上のことを成し遂げる。言わば、極点を超えた到達点のその先だ。


「ついて来いよ、嬢ちゃん――」


「……グラルド卿、何を?」


 グラルド卿が、敵前にもかかわらず自らの大剣を鞘に戻す。瞬間、その隙をつかんとして『厳籠』が攻撃のために翼をはためかせ、飛行の態勢に入った。――が、彼我の距離が縮むことはなかった。『厳籠』は近づけなかったのだ。グラルド卿を中心に膨れ上がる、彼の存在に気圧されて。


「民草も国家も知ッたこッちゃねェよ。俺は、戦うだけだ。――『騎士術』・共極ッ!!」


 その刹那、世界が変容した。そこはまさに、極点という表現に相応しかった。



  ◇



「――分かッたか?」


「は、っ……はぁ、はぁ」


 グラルド卿が蹲って息を切らすシェイドを見下ろしながら問う。フェナリの部屋の護衛を任されている以上、場所を移すことは出来ず、使えた時間もたったの二秒だった。それだけの時間であれば、グラルド卿には殆ど疲労感は残らない。とはいえ、その相手であるシェイドには大きな負担があったらしかった。


「お前が目指す極点ッてのがコレだ。その内容は人それぞれらしいけどな。少なくとも、俺についてはコレッてだけだ」


 だから、お前が目指すのもこの特異性に過ぎない。そう言ってくるグラルド卿の言葉を如何にか咀嚼して、同時に肩で息をしながらシェイドは辛うじて息を整えた。

 シェイドが目的なく突っ走ることが無いように、とグラルド卿が教えることを決めた『騎士術』の極点。しかし、その世界は、その景色は、シェイドには遠すぎるが故、あまりに辛いものだった。しかし同時に、得られた学びは計り知れない。


「どうやって……グラルド卿はどうやって、この極点に?」


「あァ? 何となくだな。特に意識したこともねェ」


 あんまりなグラルド卿の返事に、シェイドも返す言葉がなかった。ただ、そう簡単に手に入るものではない、ということが分かっただけ良かったのかもしれない。その難度が、シェイドを諦めさせずにいてくれる。

 すぐにでも、鍛錬を始めよう。すぐに到達できる場所でないことは当然知っている。だからこそ、すぐにでも歩き始めなければ、いつまでたっても辿り着けない気がするのだ。それこそ、殆どの人間は辿り着くどころか、その存在を知ることもなしに人生を終える筈なのだから。


「まァ、目的は与えた。あとは、お前の頑張り次第ッてとこだな」


「はい。感謝します、グラルド隊長」


 先程グラルド卿の『極点』を経験したシェイドは、この時歩み始めたのだ。騎士の到達点の、その先へと。



  ◇



 世界の変容、それは――フェナリだけのものだった。

 

 突然に流れ込んできた膨大な情報量に、フェナリは膝をつく。咄嗟に目を閉じ、脳に入り込んでくる情報を上手く制限すると、一秒もしないうちに『視界』が開けた。

 『何もかもが見える』――初めてフェナリがグラルド卿と手合わせをした時、グラルド卿はそう言った。『覇者の見る世界(クロノスヴェルド)』を展開した直後の言葉だ。目を閉じ、明らかに何も見えていない状況でありながら、彼はそう言ったのだ。

 フェナリはこの時、当時のグラルド卿の言葉の意味を、理解した。


「――何もかもが、見える……」


「だろォ、嬢ちゃん?」


 耳朶を打つ、恐ろしく小さな音、皮膚を撫ぜる空気の流れ、そう言ったものから周囲の環境が分かる。『厳籠』やグラルド卿との距離感を把握し、自分の体の血流や筋肉の動きすらも、何もかもが、分かる。視える、と言ってもいい。

 これが『覇者の見る世界(クロノスヴェルド)』なのだと、フェナリは理解した。そして同時に、理解したことがある。


「これが……グラルド卿の言う、『騎士術』の極点」


「あァ、対象と俺の『騎士術』を共有する――ッてやつだ」


『騎士術』・共極――と。そう、グラルド卿が呼んでいる状況。それが、『騎士術』における極点だ。その効果はグラルド卿が説明した通り。今のフェナリは、グラルド卿と同じ世界を見ている。『騎士術』の恩恵を、同じだけ得ている。

 

「まァ、欠点も多いけどな。ある程度、感覚が似通ッている必要がある、情報を処理できるだけの能力が対象に求められる、時間制限も――ある。ッてことで、だ。さッさと終わらせるぞ」


 ――感覚の類似性。それは、同じ戦場で、同じ目的を持って戦っていたことによって満たされた条件であった。また、情報の処理能力は時間制限とも関わる条件だ。グラルド卿と同じ世界を見るには、卿と同じ実力を持っている必要がある。しかし、それはフェナリですら達成できない――がゆえに、フェナリは現状、実力の前借をしている。

 だからこその、時間制限だ。実力の差分の大きさだけ、その制限時間は短くなる。


「シェイドの場合、耐えられて三十秒。嬢ちゃんは――どうだろうな、一分いけりゃァ良い方だ」


「その制限時間以内に、『厳籠』を討滅す、と」


「そォいうこッた!!」


 立ち上がり、『花刀』を構えたフェナリの横で、グラルド卿が地面を踏みしめた。その時に飛び散った砂粒の数、その大きさに至るまで、フェナリの脳内には情報が散乱する。しかし、その情報を如何にか制御し、必要なものだけに留める。

 有象無象の中から、意識を向けるべきものを見つける。


「――視えた、『厳籠』ッ」


 その姿を、視覚によってではなく、すべての感覚を以て理解する。思考を経ることなく、感覚によってのみ環境を理解する――当然、『幻術』も効かないわけだ。

 これまでのグラルド卿の特異性、それらが順々に解明されていく。その途中で、フェナリが捉えていた『厳籠』の姿が、大きく変化した。翼を広げ、空へと飛び立とうとしているのだ。

 翻す翼によって、風が生じ、空気の流れに変化が生まれる。その変化が肌をビリビリと揺らしているのを感じながら、フェナリは『厳籠』の姿を、無意識に顔で追った。


 その姿は一瞬にして上空へと消えていき、その影が薄くなる。フェナリがこの世界に降り立って、初めて戦った怪物である岩落鳥(フォーゲル)が飛び上がった時とは比べ物にならないほどの高度だ。

 あの高度から突貫攻撃を仕掛けられれば、受け流すだけで精いっぱいだろう。その質量、落下の勢いから考えても、まともに受ければ地面の爆砕と共に人としての形を失うに違いない。


「空は怪物の領分――だなんて烏滸がましいことは言わないさ。けれども、ここまで飛び上がってくるだけの跳躍力は流石にないだろう?」


 どれだけグラルド卿やフェナリが人間の範疇を超越した身体能力を持っていようとも、確かに『厳籠』の言葉は否定できない。雲にも届かんとする『厳籠』に追い縋るには、跳躍では足りない。本当の意味での飛行が必要なのだ。人間という種族である以上、その能力はフェナリにもグラルド卿にもない。


「そォだな……一回の跳躍だと、難しいかもしれねェ」


「グラルド卿――」


「嬢ちゃん、ついてこれるよなァ――空を歩き、空を跳ぶんだぜ」


「――っ、勿論ついて行って見せます……!」


 グラルド卿の言葉を、フェナリは理解できない。しかし、どこか自分にそれが出来るのだろうという事は思った。それが『騎士術』によって成し遂げられることなのだと、分かる。

 空気の流れ、配置、その他諸々を把握し、理解することによって見えてくる、『固い空気』というものがある。それを見つけ出し、上手くそこに足をかけ、空を移動するのだ。それが、いわゆる『騎士術飛行法・半式』と呼ばれるもの。

 数の少ない飛行術の中でも、特に異質であり、市民権を得ていない秘密の領域。それは、恐らく『騎士術』という概念を持つギルストにおいても、数人程度しか扱えないものだ。


「さッてと――こッからは空中戦だぜ」


 その言葉と同時に、グラルド卿は大きく跳躍。そして『固い空気』に足をかけ、手で掴み、更に上へと体を飛ばしていく。完全な飛行ではない、単なる跳躍の連続。しかし、その跳躍は、ついに『厳籠』と同じ高度まで上がっていった。


「本当に、さぁ……もう、なんていうか、って感じだよ。――化け物だなぁ」


 而して、『厳籠』討滅作戦は、空中戦へと移行した。


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