54.『騎士術』
「――黄花一閃・向日葵ッ」
フェナリが『厳籠』に対して言いたいことは幾らでもある。気になることは多い。自分の前世の事、他の『三大華邪』のこと。他諸々――。
しかし、フェナリは『厳籠』を目の前にして、それとの会話は諦めていた。言語系統的には会話が成立しそうではある。その価値観や倫理観に大きな違いはあれど、情報を引き出す程度のことは出来るかもしれない。だが、それではいけないのだ。
――今の私では、勝率が低い。
フェナリには、『厳籠』と対等に戦いながら会話を成立させるだけの余裕がない。それは厳然たる事実で、だからフェナリは会話を諦め、ただ『厳籠』の討滅に全身全霊を注ぎ込むことにした。
フェナリの持つ花刀――いや『花刀』は、その生命の輝きを以て空気を斬り、『厳籠』を、切り刻まんと迫った。これまでに簒奪してきた生命の数々を輝きに変換し、その力は増幅される。不定形の空気を、文字通りに斬る。そんな離れ業も、『花刀』にとっては軽業に成り下がるのだ。
「噂には聞いていたよ、その刀を顕現させられる人間がいると。まさか少女だとは思わなかったけれどね」
「――――」
「魂魄刀が一振り『花刀』――花の物の怪が概念化し、妖術を操る鍛冶師によって刀として象られた、伝説の一本だ。言ってしまえば、怪物特攻。しかしね、君はまだその力を完全に操れていない」
「――――」
「聞かない心算というのなら構わないけれどね」
『厳籠』の言葉は、果たして単なる挑発か、はたまたそうでなく真実なのか。フェナリにはそれを確かめる手段はない。だから、『厳籠』の言葉を耳に入れず、ただ斬りかかるだけだ。
とはいえ、現状の趨勢はフェナリに傾いてくれていなかった。『花刀』の制約がある以上、その斬撃は安売りすることが出来ない。慎重にその一撃を叩き込むタイミングを精査しなければならない。その間は、『厳籠』の言葉とその翼による攻撃を躱し続けなければならないのだ。
――最終的に狙うのは素首、しかし……
まずは、その足を斬り落とし、その行動を制限しなければ。フェナリはそう考え、一歩を踏み出そうとした。『厳籠』も、彼女の思惑に気づいたらしく、斬撃に対する防御の姿勢を取ろうと翼を前に突き出して――、
「「――ッ?!」」
フェナリが『厳籠』の足元に辿り着くより先に、その足が斬り去られた。
実際にその足を失った『厳籠』も、そして攻撃を仕掛けようとしていたフェナリもまた、その予想外の事態に驚きを隠せない。
先に、状況の真相に気づいたのはフェナリであった。先程までは無我夢中だったせいで気づけなかった、『厳籠』の背後の人影に、今更ながらに気づいたのである。
「ハァ、まさか逆側に行ッちまッてたはなァ」
「――グラルド卿!!」
「おうよ、嬢ちゃん。まさか、アロンの提示した条件が満ちるたァ、驚いたぜ」
まあ一時的だろォけどな。そう付け加えながら、グラルド卿はゆったりとした歩みでフェナリ側へと回ってきた。その緩慢な動作を挑発と受け取ったのか、『厳籠』がその翼を振り翳してグラルド卿を上下二つに分とうとするが、その攻撃も軽く大剣に受け流された。
怪物と言えど、完全に離れた部位は繋がったりしないようで、『厳籠』は足を失い、繋がっていたところから歪に見える血液らしきものを垂れ流し続けていた。
「さッてと――二対一だな」
「心強いです」
「こっちは心細くなってしまったけれど、ね」
戦況は、そして趨勢は、グラルド卿の参戦によって大きく変化する。『厳籠』単体に対して、怪物特攻のフェナリとギルスト最高戦力であるグラルド卿となれば、その勝率も上がるというものだ。
『厳籠』も予想しながら、しかし実際にそうなっては困る、と思っていた状況である。フェナリとの一騎打ちならば如何にかなると想定していたが、まさかそこにグラルド卿が加わってしまえば面倒なものだ。
「あとさぁ……一応あの『籠獄』って時間制限がある代わりに絶対に壊せない、っていうのが売りなんだけれど。君という化け物はどうやってここに?」
「あァ? 上から降ってくる籠獄を避けるなんざ、走るだけだろォが」
「――。……はぁ、よくわかったよ。少なくとも君に、こちらを化け物というのは止めて欲しいね」
確かに、グラルド卿の言ったことは理解できる。全く持って単純なことなのだ、グラルド卿のしたことは。単に、空から降ってくる籠獄が地面に到達するより先にその範囲外に走った、というだけなのだから。しかし、その難易度を度外視すれば、という話ではある。
籠獄の範囲は全ての騎士たちを覆ってしまうほど。そしてその騎士たちというのは、中心地点にいたグラルド卿やムアを取り囲むように撤退しており、かなりの広範囲であったことは間違いない。しかも、その籠獄は上空から突貫する『厳籠』と共に恐ろしい速度で地上へと迫っていた。
単純な走力ではあるのだが、グラルド卿のそれは軽く人間の限界そのものを超えているような気すらした。味方であるはずのフェナリすら、グラルド卿の言葉を疑いたかった。
「大したことじゃねェだろ。シェイドはもう少しで出来そうだッたしな。あとムアのやつは出来るだろォに面倒臭がりやがッて……」
気怠そうにそう呟くグラルド卿に、『厳籠』は反駁も諦めて臨戦態勢へと入った。フェナリとグラルド卿もまた、その様子を確かめて、グラルド卿は大剣を、フェナリは花刀を構えた。『厳籠』の攻撃は、何処から来るのか、と……フェナリがその動きを観察して――、
「さッさと、終わらせよォぜ」
『厳籠』が翼をはためかせ、こちらへの攻撃を仕掛けよう、としていた。しかし、その攻撃を確かめるまでもなく、グラルド卿が構えた大剣を大きく振りかぶって『厳籠』へと斬りかかっていく。それに一拍遅れて『厳籠』の迎撃があり、更にフェナリの一閃が続く。
「紅花一閃・睡蓮――」
本来なら一撃必殺のはずの一閃『睡蓮』も、『厳籠』相手には一般攻撃に成り下がる。しかし、だからと言ってその威力が一切ないわけではない。グラルド卿の攻撃への対応に意識を持っていかれた『厳籠』だが、そのフェナリの一閃には流石に反応せざるを得なかった。
広く大きな翼が、片翼はグラルド卿の大剣を、もう一方はフェナリの花刀を抑えた。腹に吊り下げる骨の籠がなくとも、『厳籠』の外殻は確かに硬い。それは圧倒的な切れ味を誇る二人の武器をそれぞれ抑え、跳ね返し切った。
「なんてやつらだろうね、本当に!! 人間なら、対話の一つでもしたらどうだい?!」
「あァ? じゃァいいぜ。しゃべれよ」
グラルド卿は口元を弧にして歪め、更に連撃の構え。そこに対話の姿勢など欠片もなく、当然のように戦闘態勢を継続するグラルド卿に、『厳籠』は心中で苦笑を漏らした。勿論、そこでグラルド卿が本当に対話の構えに入るなどとは、期待していなかったが。
抱いてもいなかった希望を簡単に捨て去り、『厳籠』はまた、グラルド卿に向き直る。姿が消えたかのように見えたグラルド卿は、しかし一直線に『厳籠』へと斬りかかり、『厳籠』もまたその斬撃に翼を正面から当てて相殺する。大剣に籠められた力が最大値まで一気に上昇。しかしそれは一瞬にして消え去り、気づいたときには横から大剣が迫っていた。『厳籠』は防御に使っていたのとは別の翼でその大剣を押し留める。――と、グラルド卿ばかりに気を取られていてはいけない。
「黄花一閃・向日葵――」と、フェナリからの閃撃が、グラルド卿と入れ違いに叩きこまれてくる。仲間として同時に戦ったことは今までなかったはずの二人だが、そうとは思えないほどの連携で『厳籠』を追い詰めていた。
「グラルド卿ッ」
「おうよッ、嬢ちゃん」
その一言ずつで、グラルド卿とフェナリの連携は意思の疎通は完了する。同じ戦場にいて、同じ敵を相手にしている者同士、感じることは同じだ。お互いの無意識下で、彼らは感覚をリンクさせている。そしてそれを把握したグラルド卿は、条件の成立を確認した。
「グラルド卿?」
突然戦線を離脱し、『厳籠』から距離を取ったグラルド卿に、フェナリは視線は向けずとも困惑の声を掛ける。それに対しては、グラルド卿からの返答がなかった。しかし、フェナリは状況を把握するためにも、グラルド卿と同じところまで一度撤退する。
両足を失い、その再生にも時間を必要とする『厳籠』は、フェナリやグラルド卿に追い縋っては来なかった。
「そォいや、嬢ちゃんは知らなかッたな。――『騎士術』について」
ふと、グラルド卿はフェナリにそんな言葉を掛けた。確かに、自分はその名称こそ知りながらも内情は知らない、とフェナリも頷きを返す。だが、そんな確認はいますることなのか、と非難にも似た疑問が、フェナリには生じた。しかし、その疑問も、次のグラルド卿の言葉で吹っ飛んだ。
「『騎士術』の本懐ッてのを、嬢ちゃんにも教えてやろォと思う」
「!?――『騎士術』の、ですかっ」
それは、確かにフェナリも興味を持ち、知れるなら知りたいと考えていたこと。しかし、アロンですらその内情の深いところは知らないという、騎士団における最高機密。確かに、状況を考えれば今必要な話なのかは知らない。しかし、グラルド卿が話し出したのであればこれも必要なことなのだろうと納得することにして、フェナリはグラルド卿に無言で話の続きを促した。
「その生まれを魔術との対とする『騎士術』……その本質は、人間の力を最大限に引き出すことにある」
――『騎士術』の本質。そして、その極点へ。
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※※次回投稿について※※
本来なら4月2日(水)となるはずの次回投稿ですが、エイプリルフール特別話の投稿のため、4月2日(水)は本編の投稿をお休みし、代わりに4月1日(火)の0時に特別話を投稿いたします。日付と時間帯がそれぞれ違いますので、よろしくお願いします。




