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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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52.相対的な強さ


「狙い通りです」と。そう言われた『厳籠』の表情は読めない。異形となったその顔から、喜怒哀楽その他諸々の感情は読み取れない。しかし、その表情が歪んだ、ように思えた。


 ムアが目を付けたのは、一切傷のつかない巨躯と唯一罅割れが伝播した腹に吊り下げられた籠。そこに『厳籠』の防御力の秘密があると、彼は看破した。そして、その籠に一番打撃を与えられる方法を考えた結果、上から押し潰すことで『厳籠』そのものを地面へと叩きつけるという方法に思い至ったわけだ。

 ムアの予測は見事的中し、『厳籠』の持つ籠にだけ罅割れが広がった。そして――、


「――作戦変更、といこうか」


 骨のように歪な籠は、砕け散った。それは、『厳籠』の無敵装甲が剝がされたも同然であった。



  ◇



 大剣が、その重さに反して軽々と空気を切裂き、その音は残像と共に虚空へと残された。

 一撃振るわれるだけで鉄の鎧が罅割れ地面が爆砕される、その大剣。しかしその一撃一振りは『形を持つ魔力』によっていなされ続けていた。


「――出力、上方修正ッと」


 決定打を打ち込めていないことはグラルド卿自身理解している。戦っている当人が、この状況の悪さは最も理解しているのだ。何より、自分の『騎士術』が相手に通用していない時点で最悪ともいえる状況だ。

 常に世界に出力を向け、同時に世界を吸い込む『騎士術』――グラルド卿が扱うそれは既に黒の男を対象として捉えている。だというのに、その結果はグラルド卿の望むものではないらしかった。


 ――黒の男は、その強さを増大し続けている。


 これはグラルド卿の感覚だが、だからこそ絶対的な信憑性を持つ情報である。

 黒の男に対しての決定打を打ち込まんとして、グラルド卿は何度か『騎士術』の、そして自らの出力を上方修正している。最初から本気は出していない。最大出力で行けば、周囲の騎士たちまで巻き込みかねないからだ。

 しかし、しかしだ。何度かの出力上方修正を経て、しかしグラルド卿と黒の男の戦力差は一定に保たれていた。黒の男も、グラルド卿に合わせて出力を上げ続けているという事だ。国家最高戦力の一人として数えられたグラルド卿が、手加減されている、という事でもある。


「まァ、そう簡単に認められねェ話だが……」


 ギルストの最高戦力。それがグラルド卿である。であるならば、隣国にポッと現れた程度の正体不明の敵に負けるわけに行かない。そして、負けないために、決定打を打ち込むために、その出力をさらに上げなければならない――と、グラルド卿も知っている。

 しかし出来ていない。彼は未だ、最大出力を出せていない。彼の意思に反して、何かがその出力を阻んでいた。グラルド卿は戦闘思考とは別に、出力の更なる上方修正を阻むものの何たるかを思考する。そして、その答えはあまりに簡単に出てきた。


 ――俺は、怖ェのか。自分の弱さが、分かッちまうのが。


 分かってしまえば、答えが出てきてしまえば、なんだか納得できた。

 これまで、グラルド卿は負けなかった。絶対に、だ。彼の生涯に敗北という文字は存在しない。だからこそ、敗北という概念は彼にとっての未知であり、知らないものは怖い。

 誰より敗北を知らない彼だからこそ、誰よりも敗北が怖いのだ。フェナリやシェイドが自らの弱さに苦悶し、それぞれが答えを見つけていった。だというのに、自分は答えを見つけるどころか、その問題に直面したことも、向き合ったこともない。その事実が、恐ろしかった。


「こいつァ、俺の出力の少し上を保ッてやがる。もし出力最大にして――」


 出力最大、つまりはグラルド卿の全力。それに、黒の男が対抗して見せたら。その時、グラルド卿は敗北する。その時、自分の弱さに向き合わなければならなくなる。


「頂点ッてモンは存外、いらねェ称号だぜ、全くよォ」


 ここまで、相対する黒の男からの返事はない。だから、この言葉に対しても、何ら返答が来るなんて想像も、期待もせずに、グラルド卿は言葉を繋ぐ。自らの葛藤だとか、躊躇だとか、そう言ったものを全て蹴散らす勢いをただ言葉に乗せて。


「勝手に頂点だ、国家最高戦力だと囃し立てられるクセに、失ッちゃいけねェときた」


 頂点に坐したのなら、その称号は失えない。その称号は当人の信用を大きく底上げしてくれるものだが、反対に失えば元あった信用すら失いかねない。そんなハイリスクハイリターンもいいところの肩書き。しかしそんなものを、グラルド卿は望む望まぬ関わりなしに、勝手につけられた。


「俺はこの称号、肩書きが、大嫌いだ。けどなァ――」


 グラルド卿が片手で合図を送る。遠巻きに見ていた傍観者の一人、副官のシェイドがその意味に気づいてすぐに全騎士たちに大声を張り上げた。「全兵撤退――!」と。

 一斉に騎士たちが自分たちから距離を取っていく。そのことを確認してから、グラルド卿は最後にシェイドの表情を覗き見た。自分を慕い、今も自分への信頼を絶やさない、自信に満ちた顔だ。その表情を一瞥し、少しだけ口角を緩めて。グラルド卿は黒の男に向き直った。



「俺が頂点だそうだ――勝手につけられたからには、奪われるつもりもねェよ」



 グラルド卿、出力最大――。



  ◇



「黒の男について、ですが。一つ仮説が」


 グラルド卿が自らの出力を最大まで引き上げた頃、軍議が行われている指揮本部ではアロンが黒の男についての考察を進めていた。伝令の騎士たちとディアムを通して得た、黒の男についての情報を思考に組み込み、得るべき結論に近づいていく。

 そして、アロンは一つの仮説に辿り着いたのだ。


「黒の男の正体は幻術そのものではないか、と。そう思うのです」


「――続きを聞こう」


「黒の男は、『()()()()()()()()()()()()()()』という幻術が具現化されたものである。それが、私の仮説です」


 つまり、黒の男の存在は相対的である、という話である。

 観測者によってその強さは異なり、例えばグラルド卿が戦えばその強さはグラルド卿以上となるし、シェイドが戦えばシェイド以上、アロンが戦うことになればアロン以上の強さを持っている、ということになる。いわゆる、相対的な強さである。

 ディアムもアロンの述べる仮説を咀嚼し、思考に取り入れていく。


「なるほど。確かに、騎士たちごとに戦力予測が異なっていたのは、それぞれが『黒の男』は自分より少し強い、と感じるからか。全員が『紫隊長』なら勝てる、と評したのも、自分より少し強い程度では『紫隊長』に勝てない、という騎士たちの評価と捉えればいいわけだ」


「ええ。私の仮説が正しければ、そういうことになります」


 アロンの仮説には確かに納得できる。しかし、ディアムとしてはそこに一つ、異議とも言い難い指摘をしたくなるのであった。


「しかし、それならば――その打開策はどうなる。それに、『紫隊長』は幻術に対抗できるのではなかったか?」


 黒の男は自分より少し強い、という幻術。グラルド卿までも巻き込まれているのであろうその幻術は、しかしどのようにして打開するのか。そもそも、グラルド卿は幻術に対抗することの出来る力を持っているのではなかったか。

 様々な疑問を含有したディアムの言葉に、しかしアロンは言葉に窮することなく答えた。


「幻術に対抗できるはずのグラルド卿でもその幻術に抗えていない。そして、その黒の男の実質的な正体というのも分かりません。無理やりに推測するのであれば、『幻術』そのものを籠のようなもので現実に固定している、と言ったところでしょうか。そのあたりは仮説に留まります。――それから、打開策についてですが、それについては必要ないかと」


「必要がない……?」


「はい。幻術を使っていようと、幻術を現実に固定したものが黒の男の正体であろうと、それらは見掛け倒しの強さでしかなく、限界がある。幻術は対象の意識にしか作用しません。ならば、黒の男の本質的な強さは限られていると言えるでしょう」


「ふむ――幻術で強く見えようとも、しかしその強さは物理的な限界を有すると」


「はい。その点、私はグラルド卿を信用していますので――彼は、物理的な最高戦力だと」


 そう告げるアロンには、本当に一切の不安が無かった。黒の男の正体が分かるまで、グラルド卿が勝てないという可能性も彼の考慮の内にはあった。『形を持つ魔力』だってその原理は分からず、未知のものになら、グラルド卿が敗北を喫するという事も、あるかもしれないとは思っていた。

 しかし、違う。本質的な強さだけでどうにかなるなら、グラルド卿は負けない。それを、アロンは知っている。『形を持つ魔力』が何だ、どうせ黒の男と同じ原理だろう。幻術を現実に固定しているだけ。少なくとも現実にある以上、グラルド卿もそれを幻術と断じることは出来なかったようだが……しかし、それは悪手だと言わざるを得ない。


「私は、知っています。現実に存在する者に、グラルド卿は負けないことを」



  ◇



 アロンの断言の言葉は、奇しくもグラルド卿の大剣の一振りと重なった。

 

「出力最大ッ――!!」


 グラルド卿の放つ剣戟に、技はない。全てが全身全霊で放たれるだけの、単なる一撃だ。しかし、愚直ともいえるその一撃は、容易に空気を圧し潰して目の前の闇を打ち砕く。

 存在しているように見えて、存在しないはずで、しかし存在している。そんな矛盾ばかりを抱えた黒の男という存在。その存在原理も何も知らないままに、グラルド卿はその暗黒を断ち切った。中からは血飛沫が上がるわけでもなんでもなく、ただそこには何もなかったかのようにして、すべてが消えていった。


 感覚ではない。純粋な、自分の力だ。自分の力量、それにただ全幅の信頼を寄せる。

 それだけのことを、グラルド卿は初めて成し遂げた。



「おおぉぉ――――ッ!!!」



 騎士たちの雄叫びを一身に浴びて、グラルド卿は振り降ろしたばかりの大剣を構えた。

 その切っ先は、ある一点に向けられる。――『厳籠』の素首に。


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