50.使命と使役
ディアムが窮していた問題、ムアを使役するための資格という問題は、彼の杞憂ではない。事実、ムアは『国王』にしか従うことをしない。それが、彼の使命だからだ。そして、同時に契約であり、呪いでもあった。
「――やっと、ですか。ええ、ええ。遅いですよ『国王』陛下」
ムアが『国王』と認めた人間のみに対して、彼は従う。そして、自らを『国王』と認めた人間だけが、ムアを使役できる。この関係は、どちらが先でもなく、どちらもが個として成立する因果だ。
ディアムが悩んでいた『国王』としての資格。それは、ムアにとっては既に完了されたものだった。だから、彼はディアムの命によってホカリナという国を護っていた。既に、ディアムは最低限の資格を持っていて、ムアを使役していた。しかし、それは第一の因果を通過したに過ぎない。
「陛下自身が、自らを『国王』として認める――第二の因果を通過されたですね」
ムア自身に掛けられた呪いにより、彼は第一の因果と第二の因果に縛られている。ただもう一つ、第三の因果もあるが、これは現状に関わりないので語らぬこととする。
その第一、第二の因果によって、彼は能力を縛られていた。グラルド卿との国境沿いの戦いは、第一の因果を通過した時点の能力である。とはいえ、第二の因果を通過したとして、恐らくムアはグラルド卿に叶わないだろうが――それでも、因果の通過は彼の能力を大きく変化させた。
「――久しぶりの感覚ですよ。山頂に来たってのに、ずっと雲がかかっていたもので。でも、ええ、ええ! 久しく見なかった、この景色ッ!!」
――これこそが魔術の極点ですよ、と。
ムアは、そう言って歓喜と共に魔術を揮う。これまでも、確かに振るってきたその力は、しかし縛られていたもので、まさか全力などではなかった。
『厳籠』を相手に、国の存亡を脅かす外敵相手に奮われるその力は、今度こそ彼の全力。ずっと忘れていた感覚を、思い出のアルバムをめくる感覚で取り戻していく。『厳籠』の体に傷がつかなかったことで生じていた焦燥が、確固たる自信に塗り潰されていく。
ムアの放つ魔術は、確かに愛用する『地震』の特殊魔術が大半を占める。しかし、彼の扱い魔術はその一つだけには留まることはない。人生一つを費やして一つの特殊魔術を手に入れられる、というのが原則だが、彼にとってそんなもの関係なかった。ムアにとって特殊魔術とは、取り放題使い放題の宝物庫同然だ。
――彼の扱う特殊魔術は二十三種類。才能ある人生二十三と等しくなる規格外である。
「震えろ、噴出せ――」
その規格外と相対するも、また規格外。
震動を含有した火山の噴火。一言で説明しようと想像すらつかないような、自然の合成と爆発が、『厳籠』を襲った。しかし、それは腹に吊り下げた籠を多少傷つけるだけに留まる。全身を覆う外殻が、その攻撃から本体を護っているようだった。
「ああめんどくさい、めんどくさいですよ、ほんとに」
心底うんざりする。全くもって、無粋もいいところだ。
折角久しぶりに全力を出せたのだから、その規格外の猛威に晒されそのまま潰えてくれれば楽なのに。しかしそうもうまくいかない。だから、ムアは面倒になる。面倒になって、しかしそれは反転して、楽しさになる。
潰えないのなら、圧倒的な力で足りないなら、更にその上を行く相手ならば。
それを潰せるのは、規格外以上の自分だけだ。
「まだ、次ですよ。ええ、ええ、終わりなどありませんですから――!」
越えるべきものを、ディアムは越えた。それを、ムアは感覚で知っている。自分の力がだんだんと取り戻されていくのを、身体で感じる。ならば、自分もそれに続く。それが、使役される者としての義務だ。
役目を果たさねばならないというのなら、果たす。それが、役目だ。そしてそれも、彼の役目だ。呪いだから。
◇
背中を隔てた後ろ側では、爆炎だとか超震動だとか、意味の分からないものが飛び交っているらしい。それを、グラルド卿は目で見ずとも感覚で理解していた。そして、同時に感覚が脳に送ってくる情報がある。
「強ェな、コイツは」
目の前に佇む、黒の男。フェナリからも報告が上がっていた、黒幕の一人と思しき人物。その強さを測ってみた感覚が、グラルド卿に叫んでくるのだ。コイツは強い、と。それも、グラルド卿を超えるほどに。
「珍しいぜ、俺を竦ませる存在ッてのもよォ」
グラルド卿からの称賛交じりの言葉も、黒の男には届いていないらしい。この存在は、いつまでたっても話し出すことをしないのだ。いや、恐らく話すことが出来ないのだろう。それが、口を失っているからなのか、はたまた話すという能力を想定されなかったのか、それは分からないが。
何にせよ、先制攻撃を受けた以上、黒の男は敵として認定する。様子を見ながらも、しかしグラルド卿は大剣を握る手に力を籠めた。
「騎士が、騎士たる定めなら――国を民草を、護らんと欲する超常を――」
「――『覇者の見る世界』ッ」
グラルド卿の巨躯が、空気を押し出すようにして旋風を巻き起こし、大剣が風を切って振るわれる。耳を一瞬にして過る轟音は、しかし大剣の斬撃に置き去りにされた。
一撃目から全力である。そうでないと、いやそうであっても対抗できないというグラルド卿の判断である。
黒の男も対抗する。掌中に捻出した魔力を捏ね回すようにして造形、滑らかな曲線としてグラルド卿の斬撃をいなしたのである。
魔力というのは常に、形を持たないはずの存在。魔術とすることで初めて形を持つことの出来る不定形のはずだ。しかし、黒の男が操るのは形を持ち、実際にグラルド卿の大剣に干渉したのである。恐らくはグラルド卿も良く知らない何らかの秘術が使われていると推測。現状では魔術の極点であるムアに知識を請うことは出来ないため、グラルド卿はそう言ったものなのだ、と適当に認識を整え、再度大剣を構えた。
――持たないはずの形を持った魔力。話すことのない黒の男。
どちらも、グラルド卿にとっては意味の分からない存在だ。しかし、その存在に関して今考察を重ねている時間はないし、そんな余裕はない。恐らく、それらの報告はシェイドや他の騎士たちによってアロンのもとに届けられることだろう。グラルド卿はアロンが打開策を見つけることを信頼して待つだけだ。
「一旦は、時間稼ぎと行くかァ」
「――――」
黒の男からの返事はない。黒一色の彼には表情なんてものもない。しかし、その顔が一瞬歪んだように見えた。それは幻覚だったのか、はたまた分からないが。
◇
「――とのことで。報告は以上です!」
「ああ、ご苦労。分かった、こちらで考察を進めておく」
戦争は、常に情報戦である。とはいえ、遠隔での情報通信技術が存在しない以上、伝令の騎士たちによる人力で情報をやり取りするしかないのだが。
ホカリナでは発展しているという『魔械』による通信に関して、アロンも今回の討滅作戦に利用できないのか、とディアムに打診したのだが、こちらについては明確な理由の下で不可能だという返事が返ってきた。
通信用の『魔械』はあまりに大型で、戦場に持ち込んでおけるものではないとのことだ。ムアだけは国境沿いの戦いの際に通信を可能にしていたが、あれは彼自身が『魔械』の行う精密な魔力操作と解析を行っていたからこそ成り立つ離れ業で、特例なのだそうだ。
『あんなことを出来るのは、恐らくこの世界に数人程度――少なくとも私は、アレ以外に知らぬ』
そんなことを言われれば、アロンとしても諦めるほかない。
人力ではあるが、伝統的な伝令を用いた情報通信が現状の最適なのだ。
そして、その伝令からの情報が届いていた。主にはグラルド卿からの情報である。
「『黒の男』、『形を持つ魔力』――どちらかでも、心当たりはありませんか」
「ふむ……残念ながら、現状の知識には存在しないな。しかし、どちらも本来存在しえないものだ。何らか、『厳籠』の秘術によるものであることは間違いあるまい」
一切の光と色を持たないという『黒の男』。本来持っているはずのない『形を持つ魔力』。どちらにせよ、この世界に於いての異端であり、存在してはいけないはずのものだ。本来なら、そんな報告は何らかの勘違いである可能性も考慮するが、今は違う。
『三大華邪』の一角たる『厳籠』――それは、この世界に居てはいけないものだ。異端だ。既に異端が存在する以上、それ以上の異端も、認めなければならない。
「何より重要なのは、それらの打開策です。特に『黒の男』はギルストでも目撃が確認されていましたが……なかなかの実力者であることは間違いないでしょう」
フェナリを圧倒したという『黒の男』。そして、今回はグラルド卿が相対している。グラルド卿だけで対応できるのか、はたまた彼一人で対応できない……そんな、相手なのか。
アロンは、グラルド卿を強く信頼している。信頼はしているが、しかしこういった軍議において、主観的な感情を持ってきてはいけないことくらいは知っている。だから、アロンはグラルド卿の敗北の可能性を思考の端に置いておきながら、思考をすすめた。
「ディアム国王、少し離席してよろしいですか。『黒の男』の唯一の目撃者に話を聞いてまいりますので」
現状、『黒の男』については情報が少ない。しかし、唯一情報源となる人物がいる。
『黒の男』との唯一の交戦経験を持つ――フェナリだ。
お読みいただきありがとうございました!
少し下にある☆の評価、リアクションやブックマーク、そして感想も是非ともお願いします。
この小説はリンクフリーですので、知り合いの方に共有していただくことが出来ます。pv数に貢献していただける方を大募集です!!




