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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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47.国王の資格


 ――ムア・ミドリスと言う男がいる。


 彼はホカリナの筆頭魔術師であり、魔術に関しては大陸でも随一の知識量と実践経験を持つ。未だ手の内を完全に暴き切ったわけではない『厳籠』を相手にする今回の戦いにおいて、騎士とは別の切り口である魔術師の戦力は必要だった。 

 当然、ムアの存在を知ったアロンは彼の戦線投入を提案する。しかし、それを躊躇ったのはディアムであった。


「あいつは、ミドリス筆頭魔術師は――不安定が過ぎる」


 ムアの戦線投入を拒んだ理由として、ディアムが述べたのはそれだった。

 相手が強敵ゆえ、味方全員で一丸となって立ち向かわねばならないというのは当然の話だ。しかし、そのような状況においてはムアの存在は障害になりかねないと、ディアムは言う。


「不安定、と言うと――戦力として、ですか?」


「違う。あれは、敵味方の区別が基本的に出来ぬ。そして、あれを従えられるのはこの世界で唯一の存在のみだ」


 ムアは、ある存在にのみ従い、それ以外の指示には決して従わない。そして、指示にない部分に関しては敵味方の区別をつけることなく、彼の好奇心の赴くままに行動するのだ。

 もしも、『厳籠』がムアの行動指針の脆弱性につけこみ、寝返るよう言いくるめるようなことがあれば、戦況は一変する。そういった意味で、ムアは不安定だった。


「ムア殿を、従えられる……世界で唯一の存在と言うのは、いったい?」


 当然、ディアムの話を聞けばその疑問が生まれる。その世界で唯一の存在と言うのが誰かは分からないが、その人物を完全に味方に引き入れることが出来れば、ムアの不安定性も気にせずに済む。

 ディアムがここまで言うのだから、ムアは本当にその人物の指示にのみ従うというのだろう。それはその人物のいないところでは暴れ馬になるという欠点を孕みながらも、その人物を引き入れることが出来ればムアを戦力として完全に制御できるという事にもなる。


「ムア・ミドリスを従えられるのは『ホカリナ国王』ただ一人――」


「ホカリナ国王……では、ディアム国王が指示すれば」


「違う。あれを従えられるのは私ではなく、『ホカリナ国王』だ」


 矛盾しているようなディアムの言葉に、アロンも首を傾げざるを得ない。しかし、ディアムの表情には嘘をついていたりだとか、揶揄っているようだとか、そう言った色は見られなかった。

 そして、アロンはディアムの言葉を咀嚼しようとする。ディアムではなく、『ホカリナ国王』である。それが言葉通りに成り立つ状況を考えてみる。そして、それはすぐに思い至った。


「誰なのか、という事は関係ない、ということですか。『ホカリナ国王』という肩書きが、彼を従わせる、と」


「その通りだ。そして、私には『ホカリナ国王』たる資格が、ない」


 その爆弾発言ともいえるディアムの言葉に、今回こそアロンは口を閉ざさざるを得なくなるのであった。



  ◇



 火柱の猛攻は一度やんだ。しかし、その次はと言えば火柱に負けぬ劣らぬ猛攻である。

 風の刃――不可視であるそれが『厳籠』の腹を割き、水の棘が腹部から『厳籠』の内部へと侵食、そして氷の杭が内部を侵食した水の棘ごと『厳籠』を突き刺した。

 一呼吸置く余裕もなく、火球が『厳籠』の目を灼き、飛来する石礫がその頭蓋を粉砕する。その直後には一直線の光の柱が『厳籠』を縦に貫いていた。


 一般魔術に存在する数多の属性、それらをすべて使いきっているのではないかと思わせるような多種多様の攻撃。それら全ては一人の魔術師、ムア・ミドリスによって為されているものだ。しかも、当の本人は詠唱をするわけでもなく、指揮棒を振るようにして世界の魔力の流れを緻密に操っているだけに過ぎない。

 これほどの芸当を成し遂げられるならば、やはり筆頭魔術師と言う肩書きも当然のことだろう、とグラルド卿は感心さえしていた。


「――それでやられてくれんだッたら、楽だッてのになァ」


「落ち込んじゃいますですよ。こんな猛攻でも刹那の後には全くの無傷だなんて」


「体のつくりが違うってことで、納得して欲しいな」


 しかし、『厳籠』を相手にしてそんな簡単な圧勝が出来るとは思ってはいない。

 ムアの猛攻を経ても、『厳籠』の体には出来上がったはずの全ての傷が治っているのだから。やはり的が大きい分、実際に攻撃が当たった場合の対処策があるというのは当然の話だろう。とはいえ、この再生速度は、様々な魔物と戦ったことのあるグラルド卿をも驚かせるものだった。


「さて。こちらのターンと行こうじゃないか」


「ッ、来るぞ! 全員、構えろォ!!」


『厳籠』の攻撃。それは恐らく幻術による撹乱攻撃だ。しかし、グラルド卿はそれ以外の可能性も考えていた。よく考えてみればおかしいのだ。幻術だけでは、騎士たちを直接的に害することが出来ないのだから。ならば、『厳籠』が単体で戦場に現れる筈もない。

 という事は、別で攻撃ソースを手に入れることが出来ない程切迫した状況に『厳籠』が置かれていたか、または幻術以外に攻撃手段を持っているかのどちらかだ。こういった場合、前者のような希望的観測は外れることが多い。


「いつから、私がここにしかいないと思っていたのかな?」


「――ッ!」


 グラルド卿の反応速度は、流石としか言いようがない。

 完全に真後ろから、しかも味方しかいるはずのない場所から飛んできた斬撃を、その大剣で受け止め切ったのだから。


 グラルド卿が攻撃の飛んできたほうに勢いよく向き直る。そこには――闇が下りていた。

 闇だ。いや、暗黒だ。なんにせよ、その空間は光と言うものを完全に失っていた。そうとしか表現できないその人形の歪は、その手に持った剣らしき黒のシルエットを放り捨てる。


「――予想外が出てくるッてのは可能性として考えてはいたが……早かッたな。シェイド! 王子に伝えろ、『黒の男』だ!」


 フェナリが結界術師の捕縛作戦で対峙したという『黒の男』。それは黒いローブを身に纏っているだとか、そういう意味で黒いのだとばかり思っていた。

 しかし、目の前に現れた存在を見るに、これこそが『黒の男』――本当に、黒以外の色を持たない存在なのだろう。


『厳籠』については一旦ムアに任せるとしよう。そう決めて、グラルド卿は『黒の男』を正面から見据えた。何やら、尋常ではない強さを感じる。この相手は、自分以外には任せられない。

 グラルド卿の抜き去った大剣を前にしても決して揺るがないその姿勢、それだけでも相手の強さは分かる。分かってしまう。


 ――もしかすりゃァ俺より……


 一瞬だけそんな事を考えて、しかしグラルド卿はその弱音を切り捨てる。

 シェイドだって、自分より強いはずのフェナリと戦ったのだ。味方に被害を出さず、完全に守りきって、フェナリを救い出すための次に繋げた。シェイドはやりきったのだ。ならば、自分もやりきらねばなるまい。


「構えろ『黒の男』――負けねェぜ」


 敗北を避けようとしたのは、いつぶりか。圧倒的実力と戦力を持つグラルド卿は、わざわざ敗北を避けずとも敗北そのものがグラルド卿から離れていく。だからこそ、敗北を避けようなどとしたこともなかった。

 しかし、このとき――グラルド卿は確かに負けの可能性を考えついた。その可能性が、脳裏を過ったのだ。


「――――」


 グラルド卿が暗に自分の強さを認めたというのに、しかし『黒の男』は何の反応も返さなかった。いや、返せなかった。

 ただ、言葉は発さずともその戦意は構えから見て取れる。剣を棄てたかと思えば、その周りには魔力が錬出され始めたのだ。なるほど、騎士であるグラルド卿を相手にして魔術で対抗するつもりであるらしい。その気概にグラルド卿も敬意を示し、こちらは大剣を構える。


『厳籠』とムアの本戦に背を向け、グラルド卿と『黒の男』の勝負が始まった。



  ◇



「国王の資格が、ない……?」


 どういうことです、とアロンは少々の困惑とともにディアムに尋ねる。

 ディアムは失言した、と頭を抱えながら、しかしだんだんと口を開き始める。彼の脳内、記憶を司る領域では、様々なモノクロの景色が想起されては消えていった。そして最後に――、


「『試練』だ――『試練』が、あったのだ」


 ディアムが口にした『試練』という単語。それは王城奪還戦の作戦会議の際にも彼の口から漏れたものだ。その時は他に考えることが多すぎたがゆえに放置していたが、今になってその単語に大きな意味があったのだと気づく。

 ディアムにとっての『試練』と言う言葉は、恐らくシェイドにとっての『約定』と同じような意味を持っている。それはどちらも、過去のことであり、同時に現在の二人を形成しているものだ。そしてそれらの違いは、その記憶が正の意味を持つか、または負の意味を持つか。

 ディアムの記憶、『試練』の記憶は、間違いなく負のものだった。


「アロン国王名代も、聞いたことはあろう。四十年近く前のホカリナ事変――ホカリナで起こった、国家転覆の事件を」


「……その頃にはまだギルストとホカリナの間に明確な国交がありませんでしたし、詳細は知りませんが、その名称は聞いたことがあります」


「国家陥落の危機など、隣国とはいえ国交もない国相手に明かすものではなかろうからな」


 そうは言いつつ、ディアムはその先を話そうとする。

「これは国王としての言葉ではなく、私個人の独り言として聞いて欲しい」と、ありがちな言葉を前置きにして、ディアムは国家転覆の危機、その詳細を語り始める。


「ホカリナが国家転覆の危機に瀕したのはおよそ四十年前、私の年齢は十代前半だった」


 十代前半と言えば、アロンよりも年下だ。その頃に国家が転覆するかもしれないような状況に置かれた。しかも、ディアムはその当事者である王子であったともなれば、色濃い記憶として残されて当然であろう。しかし、ディアムにとってその記憶がはっきりと脳裏に残るのはそれだけが理由ではない。

 理由の大部分は、今もディアムの脳裏にはっきりと残る二人の人物だ。



「国家転覆を企てた逆賊――首魁の二人は、私の兄と妹だった」



 今も、ディアムの脳裏には、視界の裏には、彼と彼女が残っている。

 ――二人とも、嗤い続けているのだ。


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