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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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46.騎士団特別演習


「――覇者の見る世界(クロノスヴェルド)ッ!!」


「っ――!」「な――ッ」「ッく――」


 グラルド卿の吶喊、同時にホカリナの騎士たちが十名ほど重なって地面から引き剝がされる。

 グラルド卿の間合いから辛うじて逃れた騎士も数名いたが、彼らも刹那ののちにはグラルド卿ではなく中空を見つめることとなる。

 あまりにも実力差のある、戦い――否、蹂躙とすら呼べるものだった。


 ディアムの提案により、ホカリナ騎士団はグラルド卿と共に特別演習を行っていた。

 ホカリナ騎士団の実力水準底上げと共に、ホカリナの騎士たちもグラルド卿を信頼し、彼の言葉によって幻術を打破できるようになることが目的だ。そして、それはおおむね成功しているとみて良かった。

 騎士たちの瞳が疑惑から羨望へ、憧憬へと変わっていくのが傍から見ても分かる。少なくとも、グラルド卿の実力に対して疑いを立てるものは居なくなったらしい。


『全員だ。全員相手にしてやる――かかッてこいよ』


 特別演習が始まるなり、そう言って乱闘を宣言したグラルド卿に、初めは疑惑の目や最早呆れるような視線を向けるものもいた。彼の実力を知らない人間からすれば仕方のないことだ。

 はじめ、グラルド卿に突貫攻撃を仕掛けていったのは恐らく、グラルド卿の実力に強い疑いを抱いていた者たち。彼らがグラルド卿の宣言を一笑に付さんとして吶喊し突貫した。しかし、その結果が冒頭のような蹂躙である。

 その直後、遠巻きに様子を伺っていた騎士たちも参戦し、隊列を以てグラルド卿に対抗したが、その抵抗も虚しく散るばかり。グラルド卿の実力を示すための噛ませにしかならなかった。


「もォ一回! 倒れても来いッ!!」


 グラルド卿が倒れ伏す騎士たちの中心で叫ぶ。苦悶で表情を歪めながらも、騎士たちが負傷の少ないところを支えにして立ち上がった。

 その様子を満足気に一瞥してから、グラルド卿は再度、大剣を構えた。


 アロンとディアムは今後の作戦について話し合いを続けている。フェナリは『厳籠』の気配を探り続けており、シェイドはグラルド卿が提示した目標に少しでも近づけるよう修行をしていることだろう。誰もが、『厳籠』の討滅作戦に尽力している。

 だというなら、グラルド卿としても力を尽くさない理由はなかった。


「やるぞ、こッからだ!」


 グラルド卿の言葉が、叫びが、挑発が、ホカリナの騎士たちの士気を上げる。

『騎士術』の発展にも力を入れているギルストと比べれば騎士たちの水準は確かに低いが、それでもその実力には自分をひたすら研鑽したが故の強さが、凄みがある。その美しいくすみ方を、グラルド卿が最大限に引き出さんとして――、何度だって立ち向かって来いと吠えた。



  ◇



「あ〜あ。困るなぁ、幻術に対抗されると」


「けどまぁ、あいつらの思うよりは幻術の対抗も難しいからね」


「あぁ……けど、あの化け物はやめてほしいな」


「契りがない分花樹より優先度は低いけれど、排除出来るならしておきたい」


「どうだい、あの化け物――グラルドと言ったか。あいつには、勝てそうかい?」


「あぁ、ごめんごめん。私が()()()()()()()せいで、()は話せないんだったね」


「さてと。そろそろ行こうか。時間をかけ過ぎれば幻術に対抗できるやつが現れる可能性だってゼロじゃない」


「それに、()()仮眠から醒めるのも、時間の問題だからね」



  ◇



 ずっと、感じていた。幻術に掛かっていた時には感知できなかったその気配が、今でははっきりと感覚で感じ取れる。

 そして、ソレは近づいてきていた。


 フェナリの感覚はアロンを通して全兵に通達され、既に両国の騎士団が配置についている。舞台は騎士団演習場、一体の怪物に、全戦力を以て抗するのだ。


「あァ、なるほど――この感触が『厳籠』……」


 最前線を構築する精鋭の、さらに先頭――全兵を率いる位置に立つのは『紫隊長』グラルド卿。その横には副官としてシェイドも立っている。

 気配探知には長けているグラルド卿だが、『厳籠』の気配については今先ほどようやく感知することができた。恐らくは幻術による改竄が間に介入しているのだろう。


 フェナリと違い、グラルド卿には幻術そのものに対する耐性がない。『騎士術』の応用で自分に掛けられた幻術を常に解除し続けられるだけだ。

 だから、グラルド卿本人に向けられたわけではない幻術による気配改竄に気づくことは出来なかった。そういう部分では、自分もフェナリに及ばないのだと改めて認識する。


「気配改竄をやめたッてことは、来るんだろォな。――シェイド」


「全兵! 臨戦態勢――ッ!!」


 鎧、剣の鞘、それぞれがぶつかり合って音を立て、鈍い金属音がこれから戦場となるこの場所に響き渡った。

 気配を探りながら、グラルド卿は目の前――『厳籠』のいる方向へと目を凝らした。薄っすらとした霧が地平を覆っているせいで視界が悪い。しかし、段々とその全貌は見えてきた。



「――やあ、お待たせ」



 現れたのは、間違いなく異形。前回見たような『幻術使い』の見た目ではない。

 大きな鳥、と言えばシルエットとしてはある程度合致するだろうか。しかし、その腹には骨格のような何かが吊り下げられていた。一目見ると何かわからないそれは、名前から推測するに籠なのだろう。

 骨格のような籠を腹に吊り下げた、異形の鳥。『厳籠』という怪物の本来の姿だ。


「グラルド卿ッ、あれは……」


「幻術じゃねェよ。あれが、『厳籠』の元来の姿ッてことだろォな」


 当然と言えば当然だが、『厳籠』の異形の姿はそれこそ幻術によるものかと疑われるらしい。しかし、グラルド卿の言葉がその疑念を否定する。その否定が果たして自分たちにとって僥倖か、はたまた不運なのか。それはグラルド卿の言葉を受けたシェイドにも分からない。

 敏捷性を考えるならば体躯の大きい今の『厳籠』にはさほどの優位性がないと言えるだろうし、しかしその膂力と言う点であれば同じ理由で今の方が圧倒的に優位だ。詳しく原理が解明されているわけではないが、力と言うものが質量と速度と強く結びついていることについては誰もが直感的に理解している。その原理から考えて、目の前の『厳籠』が繰り出す力は膨大なものになろうことが予想できた。


「ひとまず――接近戦は望めねェな。シェイド、魔術が扱える騎士を前線少し後ろに集めさせろ。一旦は魔術で対抗するッ」


「はい――!」


「おっ、では私の出番だったりしますですかね」


 鋭い指示が飛ぶ前線において、ふと現れた男の声は朗らかだった。まさか、目の前の状況を正しく理解できていないとは思えないが、もしかすれば目の前に花畑でも広がっているという幻術でもかけられたかと言いたいほどに、その声音は柔らかい。

 ただ、その言葉には確固たる自信と言うものがにじみ出ていて、成程やはり彼は強いのだということが分かった。


「やれんのか?」


「あれ、グラルドさん。忘れましたですか? 私、ある程度は強い魔術師なんですよー」


 緊張感の欠片も感じさせない態度で、しかしその強さに確固たる自信をもって彼は言う。その言葉に、無意識に勇気づけられている自分もいると、グラルド卿は知っていた。

 グラルド卿も実際に彼と戦ったことがあるからこそ分かる、彼の強さ。途中停戦が行われたため、その強さの全貌が分かってはいないが、それでも十分に彼の実力を理解することは出来た。

 純粋に実力があって、研鑽の証拠がある、というだけではないのだ。彼には、実力を発揮する場面がこれまでに何度となくあった。それだけの場数を踏んできた。その証拠として現れる、彼の実戦能力は恐ろしく高い。騎士として様々な現場でその力を揮ってきたグラルド卿でさえ、その場数には及ぶまい。


「『厳籠』さん、でしたっけ? ――ホカリナから出て行ってくれません?」


「……残念だけれど、それは難しいお願いかな」


「否定されてしまいますですか。私の役目って、結局はホカリナを護ることなので、ホカリナから出て行ってくれるなら何でもよかったとかあるんですけど。なら仕方ないですかね」


「――仕方ないというのは、何をしてくれるのかな」


「幻も夢も何もなくなった虚ろな抜け殻の、搾りかすでも浴びせましょうですよ」


 そう言ってすぐ、彼はひょいひょいと宙を歩くようにして浮遊していった。魔術による飛行術だ。出来る人間は決して多くない。それだけで、彼が魔術師の上澄みにいるという事は十分にわかった。

 しかし、彼の真骨頂はその程度のものではない。


「『魔械』――発動」


 彼の一言は起動の撃鉄であった。

 瞬間、目の前が火の海になる。空気そのものを燃やしているかのような圧倒的火力による集中攻撃。『厳籠』の佇んでいた場所を中心にして、火柱の集中線が引かれたかのようにも見えた。

 火柱の熱量が空気を歪め、膨張した空気が騎士たちの髪を揺らした。一旦は魔術による遠距離戦、と言うのはグラルド卿の判断ではあったが、ここまでの一斉放火は予想外と言わざるを得ない。


「あ。そういえば、もう攻撃してよかったんでしたっけ?」


「あァ、猛攻撃しとけ」


 グラルド卿の言葉に、彼ははいはーいと軽く答えて、指揮棒を振るかのような仕草で火柱の射線を操り始める。飛び退り、火柱の射線から一旦は逃れようとする『厳籠』の姿を確かに捉えながら、彼の猛攻撃は軽く十秒ほど続いた。

 そして、彼は一旦その攻撃をやめる。


「ひとまず、一般人なら五十回、うちの騎士でも五回は死ねる攻撃だったわけですけど。――ええ、ええ。まあそうでしょうね」


「うん、中々すごい攻撃だった。けれど、君の実力の本懐はその程度なんかじゃないんだろう?」


「ええ、ええ! 勿論ですとも。さて、私も私で、役目を果たそうじゃありませんですか」


 そう言って、男は、奇妙に巻いていたローブを整え、やはり頭から首にかけて変に巻きつけ直してから、目の前の怪物を見据えた。

 グラルド卿も、状況を読んで一歩下がる。ここは、一度彼の独壇場になるだろうことが想像できたからだ。彼の得意とするのは恐らく、『魔械』を利用した超広範囲攻撃。ならば、対象の近くには彼の見方がいてはいけない。


「シェイド、全員少し撤退だ」


「――全兵、撤退少し!!」


 騎士たちが後ずさっていく。その動きに反して、露店の店主であったり筆頭魔術師であったり様々な立場を行き交う男は、前へと進んでいった。

 


「ホカリナ筆頭魔術師、ムア・ミドリス――参りますですよ」


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