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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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44.祝・呪・『誓』


 フェナリの部屋の前、静かにやってきたシェイドは廊下の壁に腰を預け、グラルド卿に手渡した紅茶の残りを飲む。ほのかな茶葉の香りが鼻を抜けていく感覚があって、夜の微かな眠気が霧散していった。

 ちらりと廊下の窓から見える星空はいつもより光が淡く、暗くその存在が視認できないにせよ、厚い雲が点在しているのだろうと覚らされた。


「――そういえば、グラルド隊長は第二作戦を見事に完遂されたと。遅ればせながら、その賛辞も申し上げたく」


「あァ、ありがたくもらッとくとするぜ。シェイドも、嬢ちゃん相手に善戦だッたらしいじゃねェか。――頑張ッたな」


「嬢ちゃん――フェナリ様のことですよね。いえ、私はどうにか戦いを続けられていただけで……第一作戦も失敗、その後も休息していただけです」


 シェイドの視線が言葉と同時に下がっていくのを見て、グラルド卿は得心がいった、と言う様子で小さく頷いた。紅茶を持ってきたと言ってグラルド卿のもとに来た時から、シェイドには何やら含みのあるような表情が浮かんでいた。何かしら、話したいことだとか抱えていることがあるのだろうというのは想像がつきながら、その内容についてまでは確信がなかったが――、

 シェイドの話したこと、そして同時にその様子を見ればシェイドが何を抱えたのかはわかる。


 奇しくも、それはホカリナへと出立する前、フェナリが抱えていたものと同じだ。


 ――弱く在りたくない。


 戦うものであれば、一度や二度感じずには居られない純粋なその欲望。避けられないときが、シェイドにも来たということだろう。

 ただ、問題はその悩みを抱えた二人がどちらもグラルド卿のもとに来ているということ。最早お悩み相談室としての立場を手に入れかねない状況に、グラルド卿は苦笑を漏らすしか無かった。


 しかしまあ、グラルド卿からしてもシェイドの焦燥とも言える悩みは想像できるものではあった。

『幻術』に堕ちたフェナリと戦って敗北し、騎士団のエースとしての矜持を傷つけられた直後にはグラルド卿との入れ替わりで作戦から降ろされる。そうも状況が重なれば、シェイドに焦りのような感情が生まれたとして、責められまい。


「自分の弱さに辟易してきたッてところか? お前も」


「っそれは……流石はグラルド隊長、お見通しですか」


 半分は鎌掛けのようなものだったが、グラルド卿の指摘は正鵠を射ていたらしい。シェイドの表情が一瞬呆けたあと、口元に微笑を浮かべたのが、何よりの証拠だ。

 その微笑に、言い表せぬ悔恨の念を感じ取って、グラルド卿も表情を引き締めた。


 ――フェナリのように、命を左右するわけじゃない


 ――アロンのように、人生を左右するわけじゃない


 けれど、シェイドは――、


「『約定』だッたか――律儀なお前には、祝いであり呪いなんだろォな」


「……私は、『約定』を果たす。これは幼い頃からの私の役目ですから」


「あァ、ソレについて否定するつもりはねェよ。カッケェからな」


 グラルド卿からの珍しい直接的な褒め言葉に、シェイドの口元が自然に緩む。しかし、その直後には緩みも引き締められ、シェイドの瞳はグラルド卿をまっすぐに見据えていた。


「けどな――それを呪いにするかしねェかは、お前の行動次第だ」


「――っ」


「お前も、分かッてるんだろ?」


 シェイドの脳裏には、浮かび上がってくる記憶がある。今となっては昔の記憶と言えるその思い出は、しかしシェイドの脳裏には簡単に浮かび上がってくる。そして、浮かび上がる記憶は、更にある少女の顔を、声を、そのしぐさを思い出させる。


『強くてかっこいい、騎士様になってくださいねっ!』


 貴族家の嫡男として生まれたシェイドが領内の村で出会った少女。何か特筆すべき人物像は持ち合わせていない彼女だったが、シェイドが彼女と関わっていたのは単に年齢が近かったからだろう。

 大した関わりではなく、その後のあった関係でもない。親友のような信頼関係だとか、許嫁のような恋心も、何もなかった。ただ、同じような年齢であるだけを理由に近づいて、そして離れた泡沫の夢に似たような関係だったのだ。

 ただ、その少女に言われた言葉は今もシェイドの中で大切にされている。泡沫が弾けて消えていった中で、最後まで残っている小さな泡を、シェイドは今も愛で続けている。


 シェイドの瞳に、先程までの悔しさはなかった。代わりにあるのは透き通る硝子玉のようなシェイドの碧い瞳だけ。彼にとっては、決意の瞳なのだろう。

 その瞳を、シェイドの決意を、正面から受け止めて。グラルド卿は悟った。やはり、シェイドに必要だったのは自分の言葉ではなかったのだと。今のシェイドに必要なものは、彼自身の中にあったのだから。


 フェナリとシェイドは、似た悩みを持ちながら、しかしそれぞれに対する必要なものは異なっていた。

 必要なものを自分が既に持っている、ということを気づけば強くなれるシェイドと、自分の持っているものだけでは破滅に抗えないフェナリ。


(出来ることは、極論俺にはねェ。けどまァ、背中を蹴り飛ばすくらいはやらねェとな)


 グラルド卿は、自分が人間であることを知っている。同時に、自分の責任についても理解している。今回のような、お悩み相談室じみた干渉はグラルド卿としても懲り懲りだと言いたいところだが、実際誰かの悩みに触れたのなら、最後まで責任を持たねばなるまい。

 フェナリであれば、彼女が真の敵になった時に、彼女を殺す義務。では、シェイドの場合はどうか。


「――分かッたか?」


「はい。隊長のお蔭で、改めて気づくことが出来ました。――私はただ前へと進むしかないのだと」


「まァ、間違ッちゃいねェんだが……律儀なお前のことだからな。変に突ッ走らねェかが問題だな」


「……自覚はありますので。気を付けます」


「で、だ。――お前が間違えて吹ッ飛んでいかねェように、目標を設定してやろォと思う」


 紅茶片手に廊下に座り込んでいたグラルド卿は、初めて立ち上がってシェイドを少し見下ろす形になった。座っていようと霞むことのないグラルド卿の威容だが、実際に立ち上がってみればその威容すら虫食いになった不完全なものだったのだと思い知らされる。

 目の前に立ち上がった、敵であれば絶望を、味方であれば希望を担う国家の剣を前にして、しかしシェイドも引かない。決意の微笑を湛えたまま、彼はグラルド卿の次の言葉を待っていた。


「『騎士術』――その、極点について」


「――!? それは、ッ」


「あァ。現状、詳細を知ッてんのは国家中枢と『紫隊長』だけの、国家最高機密――だがまァ、良いだろバラしても」



  ◇



「――ふっ!」


 模擬剣が空を切る音が響いて、遅れて砂粒が爆散した。

 そして、それは繰り返される。二度、三度などでは飽き足らず、その数は百に達しようとする。何度も、何度も模擬剣を素振りして、数が百を超えたあたりでシェイドは一度それをやめた。


「はぁ――」


 シェイドは大きく息を吐くが、それは彼が疲れたことを示唆しない。百回程度模擬剣を素振りしたところで、シェイドは疲れもしない。ただ、興奮しているのだ。彼は自らの中で燻る興奮を、高揚を、ただ押し留めて居られないから息を吐くことで発散しているのだ。

 思い出すことすら必要もない。記憶を呼び戻そうとする必要もなく、シェイドの脳裏には先程のグラルド卿の言葉が張り付いたままでいる。


『まァ、シェイドだけなら良いだろ』


 そう言って、グラルド卿がシェイドに語ったのは騎士団と国家の中枢しか知らないような、『騎士術』の極点。あらゆる戦いにおいて圧倒的な戦績をグラルド卿に与えてきた『騎士術』――その、更に上の世界の話だ。

 当然の話、国家最高機密であるその情報は漏洩する側も情報を受け取る側も何ら区別なく処分の対象になる。シェイドだってそれは理解しているし、本来ならその情報の開示を自ら断るべき立場だった。しかし、そんなことが出来るだろうか。そんなこと、目の前に餌を撒かれた肉食獣が食事を辞退するようなものだ。


『――聞かせてください、グラルド隊長』


 シェイドがそう言った時のグラルド卿の笑顔は印象深い。いつも通り豪胆に笑ったグラルド卿の表情からは、情報の漏洩の責を問われて処分を受けるなどと考えていない顔だった。それは何も単純な楽観思考から来るものではない、とシェイドも理解している。

 グラルド卿を処分する、などということが誰にもできないのだ。出来るとしてアロンが唯一の存在となるか。しかし、実力行使による強制処分は彼にもできず、ギルストでは誰にもできないことだろう。

 だから、グラルド卿は処分を恐れない。とはいえ、グラルド卿が責任を軽く見るような人間でないこともまた、シェイドは知っている。重要機密を語ることの意味を、グラルド卿が理解していないわけがない。理解したうえで、自分に語ってくれたのだ。――ならば、応えねばなるまい。


「――ふっ、はっ!」


 少しの休憩を挟んで、シェイドはもう一度剣を振る。

 風を切る音も、模擬剣と空気が擦れる甲高い音も、今のシェイドにとっては癒しの音楽に等しい。高揚して興奮して、落ち着かない心をどうにか落ち着かせてくれるその音々は絶えずホカリナの騎士団演習場に鳴り響いた。

『騎士術』の極点とは、そうやって剣を素振りしているだけで手に入れられる境地では決してない。端に鍛錬を重ねるだけで辿り着けることの出来る場所ではない。必要なのは才覚と、人外にも届きうる精神と、自らの感覚――加えては、努力。


「――届かねば。グラルド隊長に、強く素晴らしく、気高い隊長に。『約定』を果たさんがために」


 シェイドの途は整えられた。あとは、覚醒の時を待つのみ。


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