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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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43.『三大華邪』


 フェナリが『幻術』に堕ちている間も一度の例外を除いては不干渉を貫いた烏は、その黒羽を小さく揺らしながら用意された部屋の丸机に坐していた。

 フェナリからその存在を気づかれたのはアロンがその背を向けて自分の部屋へと戻っていた頃。いつの間に部屋の中に入っていたのか、誰にも見つからなかったのか、と疑問は尽きないが、実際『雅羅』なら何とでもなるだろう、という信頼じみたものがフェナリにはあった。


「少し、というと何をしておった。こちらは大変じゃったというのに」


「ふむ。強いて言うなら、その大変とやらの裏側でも覗いていたと言おうか」


「裏側、か。『三大華邪』の存在か?」


「話は聞いたか。――そのことだ。状況を整理しておかねばと思ってな」


 そう言って、烏はその嘴を器用に揺らしてフェナリに近くのソファを勧める。そもそもここは自分の部屋だが、という小さな反骨心を今は抑えてフェナリもソファに腰かけた。

 改めて対話の準備を整えて、『雅羅』はフェナリを見据える。こうしてフェナリと『雅羅』が面と向かって、しっかりと会話するというのも久しぶりのことだ。この世界に来てからで数えれば片手で数えられるほどの。しかし、その対話のどれもが重要であったのは疑いようもない。

 そして、今回もまた重要であろうことは既に間違いない。『三大華邪』の存在についてであるというのなら――、


「――先ず。『三大華邪』は前の世界の存在でしかないはずじゃ。何故、この世界に存在している? これについては、嫌な予感として想像がつくが」


「恐らく、お主の想像している通りであろう。――『繋糸の契り』によるものよ」


「……じゃろうな。『雅羅』が『繋糸の契り』について述べるとき、薄まったとは言えども断たれたとは言っていなかったのが引っかかっておったが――」


「お主もようやっと頭を使うことが出来るようになったか。――その通り、儂はその頃からこのことを危惧しておった。『繋糸の契り』によって、この世界を『三大華邪』が蝕むことがあるやもしれぬと」


 前世の花樹(フアシュ)と『三大華邪』を繋いでいた『繋糸の契り』――それは、花樹が『三大華邪』を討滅するための人間たちの策謀の一つであった。しかし、花樹が死んだ日、それは人間たちの愚行によって効力を薄められている。

 ただ、重要なのは人間たちが改めて払った代償では『繋糸の契り』の効力を極めて小さくすることは出来ても、完全に断ち切ってしまうことは出来なかったということ。そのせいで、花樹がフェナリとして転生した今になってその効力が意味を持ち始めてしまったのだ。


「『繋糸の契り』は魂と魂を繋ぐ。それ故に転生を果たしてもなお、その効力を発揮したのであろう」


「成程な。しかし、疑問は残るぞ。前世では積極的に姿を見せなかった『三大華邪』が、何故今世では積極的に表舞台に姿を現し、私の命を狙う?」


「うむ……そのことは儂も疑問に思っておる。恐らく、状況が変わったのであろう、とは推測するがな」


「状況が変わった、か……」


『三大華邪』にとって、状況は大きく変わっていると言って過言でない。

 彼らにとっては突然異世界に飛ばされたようなものなのだ。状況どころか自らを取り巻く環境そのものがまるっと変わってしまっている。それは勿論、状況が大きく変わった、と言えるのだろうが――、


「異世界に来た、というだけで突然私を狙い始める理由にはならぬであろうしな」


 異世界転移。それは大きな環境の変化でありながら、フェナリを狙う理由になりはしない。その事実がフェナリの思考を止めていた。

 現状、『三大華邪』が突然フェナリを狙い始めた理由については分からずじまいだ。最後の希望として『雅羅』にも視線を送るが、小さい首が横に振られて否定される。


「今明確な事実は、『三大華邪』が一体と欠けずにこの世界を跋扈し始めたこと。そして、先制攻撃を受けた以上、奴らはお主の敵になったという事。どちらも、お主が『幻術』の影響下にあるうちに確かめた」


「一体と欠けず、か……一体を相手するだけでも難敵であるというのに、三体同時に相手することにでもなれば敗色も濃くなろう」


「幸いなのは、『三大華邪』が特段協力する姿勢を見せていないことであろうな。少なくとも、現段階では今回のことに『厳籠(げんろう)』以外が関わっている様子はない」


 世界の中空を飛び回り、人間とは全く別の視点からその世界を観察することの出来る『雅羅』――その視線は、他の『三大華邪』を近くに認めなかった。確証を持てるか、と問われれば肯定も出来まいが、恐らく『厳籠(げんろう)』以外の『三大華邪』は今回傍観の姿勢であろう。

 つまり、今回のことを収束させるため、フェナリ側の勝利条件は『厳籠(げんろう)』の討滅だ。アロンが受諾したというホカリナからの協力要請を考えれば、最低限ホカリナから追い出す程度はしなければ、フェナリもアロンもギルストに戻ることすら出来ないのだ。


「無いとは思うが、一つだけ忠告しておこう。――『三大華邪』は欲、特に食欲の権化。その性質に人間と重なる部分などはない。くれぐれも、人間同様に扱うことの無いようにせよ」


「分かっている。――『三大華邪』は尽きぬ食欲。しかし、その喰った分をタダで済まそうという悪食漢じゃ。今こそ、これまでの代金も纏めて命にて払わせねばなるまいよ」



  ◇



 夜が深まるころ、フェナリの部屋から妙な気配が消えていった。感覚でその存在と気配を掴みながらも指摘していなかったそれは、恐らくフェナリにとって悪いものではなかっただろう。フェナリに対して、またはその部屋の前で護衛をしているグラルド卿に対して悪意を示す存在や気配なら、その瞬間にグラルド卿の感覚で分かったはずだ。

 その悪意を感じなかったから、グラルド卿は奇妙な気配だ、と思いながらも指摘することもフェナリに状況を確かめることもせず、傍観を貫いていた。


 フェナリを一度失ったからと言うのもあり、アロンはフェナリについて過保護になっている節がある。実際、グラルド卿に一晩通しての護衛を頼む、というのもアロンにとっては珍しいことだ。

 シェイドや他の騎士との交代制ではなく、グラルド卿一人に一晩中の護衛を任せる、となればグラルド卿の負担は大きくなる。グラルド卿ならそれも出来る、という信頼のもとに成り立つ頼みでもあるが、同時にアロンにしては合理的でない判断だった。


「まァ、それもいいだろ。王子王族ッて気を張り詰めすぎんのも毒だ」


 しかし、そんな合理的でないアロンの判断も、グラルド卿は歓迎する。悪友として、彼が王子らしくない道を進むことを、喜んで笑ってやる。

 アロンがフェナリに衝動的に抱き着いてしまったせいで、その後フェナリを見るたびにそのことを思い出して恥ずかしくなり、会話がいつもより短くなってしまったりするのを見るだけでもグラルド卿にとっては面白いが、何より彼が悪友らしくなっていくのが面白い。笑いたくなるほどに、面白いのだ。


「王子って名前の生命体は存在しねェんだ」


 アロンは人間だ。人間で良い。

 グラルド卿はそう思う。そして、アロンは人間でい続けるから、悪友であるから、彼の頼みはグラルド卿も聞こうとするのだ。フェナリに告げた通り、グラルド卿はアロンの頼みだから、アロンの命令だから聞く。そうでなければ、国家のために尽くすなど一切の面白さもない。


「『紫隊長』になッてなきゃ嬢ちゃんに会ッてなかッた、ッてのだけ面倒だな」


 グラルド卿が人生で会って面白かったのはアロンとフェナリの二人だ。特にアロンは悪友だが、フェナリは何とも不思議な感じで面白い。強いのに、強いだけでない。ただ弱いだけの人間では決してないのに、弱さも持つ。グラルド卿には多くのことが感覚で分かるからこそ、フェナリの存在は面白いのだ。

 悪友であるアロンの頼みである、というだけでなく、そのフェナリを守る、というのだから今回の護衛任務にはグラルド卿も乗り気であった。


 同時に、いつも以上に気合を入れてもいた。

 フェナリが『幻術』に堕ち、敵となった――その事実を知らされ、そのすぐ後にフェナリは正気を取り戻したのだから、グラルド卿が『幻術』影響下のフェナリと相対していたのはごく短い時間だけである。しかし、その短い時間であっても、グラルド卿は理解を越えた不快感を抱いた。

 恐らく、グラルド卿の感じている不快感だとか、フェナリを失ってはならない、という使命感と言ったものはアロンと根底から異なる。アロンは想い人としてのフェナリを、グラルド卿は共に戦う仲間としてのフェナリを――、されど同様に失うまいとする。


「次同じことになりゃァ、今度こそアロンの奴がぶッ倒れちまうからな」


 フェナリを失い、しかし取り戻して脳死状態であったアロンの様子を思い出し、グラルド卿は声を抑えて笑う。フェナリが滅ぼすための小国を用意しようとしていたアロンだが、大国の第二王子である以上、その言葉に絶対無理だ、と否定を返せないのが恐ろしいところだ。

 しかしまあ、グラルド卿にもアロンの気持ちは多少わかる。失いたくないものを失った悲しみ、喪失感と同時に来る自責の念。そして、取り戻したときの安堵感と穴がぴったり埋まっていく充足感。ただ、後半についてはしっかりと分かってやれないのは辛いところだった。


「まァ、半分くれェは分かる。分かるからこそ、こうやッて護衛もしッかりやッてるわけだしな」


 そして、護衛のために感覚を研ぎ澄ませ続けていたからこそ、気づける人影もある。

 人影には少し前から気づいていた。それを確認しなかったのはフェナリの部屋の奇妙な気配と同じだ。こちらに対する敵意がなく、同時にグラルド卿のよく知る気配だったから。その気配は律儀にもフェナリの眠りを邪魔しないよう、感覚を研ぎ澄ませてフェナリが完全に寝入るまで待っていたらしい。


「やッてることだけ見りゃ、中々の趣味だなァ。――シェイド」


「お恥ずかしいところを。出来ればご内密に願います、グラルド隊長」


 出てきた人影は白一色の髪を主張弱めのオールバックに整えた清涼な雰囲気の好青年。新進気鋭と評価され、騎士団内ではエースとの呼び名も名高いシェイドである。

 グラルド卿と比べれば少しだけ後輩にあたる彼は、足音と声を潜めながら、フェナリの部屋の前で護衛任務に就くグラルド卿に近づく。騎士の隊服は休息のために脱いだらしく、珍しい私服姿の彼はいつも以上に青年らしい若さを主張していた。


「ホカリナの騎士の方々から紅茶を頂きまして。グラルド隊長も休憩がてら、いかがですか?」


 そう言って、シェイドは水筒を掲げてみせた。護衛としてこの場から離れられないグラルド卿にこうして配慮できるシェイド。彼はどこか含みのある笑顔で、その水筒をグラルド卿に手渡すのだった。


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