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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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41.『化け物』



「――今回の私の計画、今考えると行き当たりばったりな所も多いんだよね」


「例えばさ、計画の目標がかなりコロコロと変わってるわけ」


「最初は、フェナリをホカリナの人間に殺してもらうつもりで、ホカリナの人間に『幻術』をかけた」


「けれどもまぁ、ホカリナの人ら弱いね。まったくもって弱い」


「だからまぁ、ギルストの人間にも協力してもらって、『敵』になったフェナリを殺してもらおうかと――」


「――したんだけども、ギルスト加えても、あの場にいるメンバーじゃフェナリは殺せないと気づいてしまったわけ」


「だから、苦渋の決断でフェナリを殺すのは一旦諦めて、逆に他の面々をフェナリに殺させようとしたわけだ。そうすれば、フェナリは世界を敵に回すことになる。いつかは殺されるだろうなぁ、と」


「けどまた、それもうまくいかない。フェナリは本能が強すぎるんだよ。『幻術』にかかりながら味方は手に掛けないとか、おかしいよね」


「結局、何もかも上手くいかないじゃないか、と途方に暮れて。でも、もう一つ可能性があると気づいた」


「最後の可能性――上手くいくといいけれど」


 ――それは、卑劣すぎる策謀だった。

 まさか、どれほどの非道な人間がこのような考え方を策謀の内に組み込めるのか。それも、最終策にそれを持ってくる、というのはおよそ、フェナリの――花樹(フアシュ)の人生の冒涜であろうに。

 何故、それが出来たのか。『幻術使い』が、『厳籠(げんろう)』が、非道だからか。それもそうだが、それ以上に大きく前提が違う。どれほどの非道な人間が、と文を始めたのが良くない。『厳籠(げんろう)』とは、人間ではないのだから。



  ◇



 花樹の人生の冒涜。それを特に気にもせず成し遂げて、『厳籠(げんろう)』は嗤っているだろうか。否、どこかで、嗤っているに違いない。


 少なくとも、ここで嗤っていないのなら『厳籠(げんろう)』と言う存在は成立しないのだ。


 ――と、そんな益体のない考えはどうでもいい。

 今重要なのは、フェナリを止めること。純粋に、フェナリの命を護ること。

 フェナリを『幻術』から解き放つために赴いたはずの我々が、取り戻すべき彼女を目の前で喪うなど、あってはならないのだから。


 しかし、悲しいかな。アロンの手は、剣は、魔術は、声は、どれもフェナリの覚悟に届かない。

 恐らく、ここに騎士が百人いたとして、シェイドがいたとして、フェナリの覚悟には誰もが届きえなかっただろう。ただ、ここにいたのがグラルド卿でなければ――。



「――ッたく! 何ッだッてんだ!! クソがァ!!」



 悪罵と共に、グラルド卿の騎士剣が下から割り込んだ。振りぬかれる騎士剣が、フェナリの花刀を弾き飛ばす。激しい金属音と共に、フェナリがフェナリを狙った凶刃は、その役目を果たさぬままに床に落ちる結末を迎えた。

 これで、やっと終わりか。そう安堵するのは、間違いなのだろう。


「――っ」


「ッ――フェナリ嬢!!」


「アロン、ここは俺が行ッてくる」


 終わりは、程遠い。終わりは、まだ遠い。終わりは、只管遠い。

 アロンが思考を巡らせ、シェイドが剣を振り、手掛かりを与え、グラルド卿が支え――、そうして辿り着いたはずの終結に、まだフェナリは迎えられない。理不尽ばかりだ。理不尽ばかりで、なのに挫けられない。全てを放り捨てて逃げるなんてことは、出来ない。


「ああ……クソ」


 珍しくアロンの口から漏れた悪罵は、誰にも聞かれなかった。誰に聞かれたとして、この状況で誰が彼を咎められようか。ここで彼を咎めるとすれば、倫理を持たぬ『厳籠(げんろう)』くらいのものであろう。


 ◇◆◇◆◇


 ――合理的な、判断だった。


 突然走り出し、調理室の窓から外へと飛び出して――その場からの逃亡を図ったフェナリに対して、アロンをその場で待機させ、グラルド卿がその背に追い縋る、というのは合理的な判断だったと、自負している。

 しかし、遠くに聞こえた悪友の悪罵が、その自負を揺らがそうとするのだ。


 グラルド卿は行動や決断に対して後悔することが少ない。いや、殆ど無いとまで言っていい。しかし、この時ばかりは珍しく後悔という事をしていた。

 アロンに追わせたとして、フェナリの駆け足にはついていけないだろう、というのは当然のことだ。だが、ならば自分がアロンを抱えてでも連れてくるべきではなかったのか。それが、正しかったのではないか。合理的かどうかではなく――、



「嬢ちゃんも、そォ思うだろ」


「――――」


 初めから、最後まで逃げ切るような気力があるようには見えなかった。何か、居たたまれない何かがあって、その場から咄嗟に逃亡した。ただ、それだけなのだ。

 少しばかり困ったことは、その『何か』がグラルド卿には分からない、という事だろうか。


 ◇◆◇◆◇


 ただ、自分の首を落としてしまえばいいと思った。

 何故、そう思ったのか。――敵を屠るか、自分が死ぬか、だからだ。


 碧の輝きを淡く見せる『運命石』。その輝きが、記憶と重なった。

 その瞬間、揺らぎ始めていた脆い世界は、その籠は、崩れ去ってしまった。崩れ去ってしまって、現実が目の前に広がっていって、視界に飛び込んできて、脳を殴ってきたのだ。


 自分が、刀を向けていたのは何か。

 自分が、敵としていたのは、何か。

 自分が、自分が自分が自分が自分が自分が自分自分自分――、自分が。


「すみませんでした」


 最後に謝罪の言葉を残せたのは、せめてもの誠意だった。それすら出来ないなら、死んでも罪は償いきれないだろうな、と思っていた。既に償いきれない罪を犯しておいて、何だという話ではあるが。

 死ぬ瞬間を見せてしまうというのは申し訳ない。汚い死に様で、その視界を穢してしまうのは、申し訳ない。しかし、この咄嗟だからこそ、自分は刀を首にあてがうことが出来るから。


 だけれど、そんな無様は、そんな無礼は、許されないらしい。

 グラルド卿の騎士剣が割り込んできたのを、自分でも殆ど視認できなくて、その煌めきが目を刺した瞬間に、その存在を理解した。同時に、自分は自刃による簡単な結末を迎えるなんてことが出来ないのだと、思い知らされた。


 なら、どうすればいい?

 敵を屠るどころか、仲間であるはずの彼らに刃を向け、花刀を振るった自分は、どうすれば、いいのか。彼らは、知ってしまったのだ。自分がか弱い少女でもなく、アロンらを護るための盾となるわけでもなく、彼らを、世界を傷つける――化け物なのだと。

 なら、どうすればいい?


 花刀は置いてきてしまった。二本目を顕現させるのは自分でも不可能。けれど、妖術だってある。自分の命を奪う方法は、いくらでもある。死んで償う方法は、まだある。妖術なら、グラルド卿だって防げないかもしれない。

 だから、そうすれば、罪を責めて償えるのかも。けれど――、



「――死ぬのが、こわい……っ」



 だから、立ち止まってしまった。

 立ち止まれば、後ろから追い縋ってくる誰かに捕まると知りながら。そして、その瞬間は思っていた以上に早く来る。ああ、グラルド卿か。ならこの速さも納得――。


「嬢ちゃんも、そォ思うだろ」


「――――」


 もう、来なくていいのに。


 ◇◆◇◆◇


 ――果たして、どこからどこだったのか。

 

 まず、グラルド卿が考えたのはそこだった。

 フェナリが『幻術』にかかっていたのは、どこからどこまでの瞬間なのか。自分の首に刃をあてがったのは、『幻術』が崩れ去った時の保険として『幻術使い』が仕込んだものであった可能性もある。ならば、その直後、逃げ始めたところからがフェナリ本人の意思だったのか。


 しかし、グラルド卿はそう思わなかった。

 刃を自らの命に斬り掛けた瞬間のフェナリは、本人だったのだと。それがグラルド卿の本能から来る判断だった。だからこそ、グラルド卿は意味が分からず、同時にどこか苛立ってもいた。


「――話は、終わッてなかッた。そォいうことだな」


「――――」


 重い声でグラルド卿が声を掛ける。しかし、フェナリからの返事はやはりなかった。

 

「人の命は脆い。そりゃァ、嬢ちゃんみてェに強くともだ。だから、生にしがみつけッて話をしたよな」


「――――」


「人の命は、捨てちゃいけねェんだ。ましてや、自分でなんて論外だろ」


「――『人の命は』です」


「あァ?」


 当然の論理だったはずだ。グラルド卿の述べていたことは、恐らく純粋な正論でしかなかった。フェナリの心に、その悩みに、『何か』に、寄り添えていた言葉だったかは知らないが、少なくとも正しい言葉だったはずで。

 しかし、その言葉はフェナリの言葉によって、完全に否定された。――否定されたのだ。


「怪物と言うものがいる。悪魔と言うものがいる。もしも、そう言った存在が語りかけてきて、自分たちは無害だ、仲間だ、という時――グラルド卿は、彼らを殺しませんか?」


「そりゃァ……」


「一度彼らを信じたとして、もしも、彼らが何らかの理由で暴走したら。敵だと、そう認めなければならない。そうではありませんか?」


 今先程まで『幻術』の渦中にあり、様々な困惑の末に状況からの逃亡を図ったはずのフェナリ。しかし、その口調は嫌に冷静で、理路整然とした話し方は、それこそが正論であると言わんばかりだった。

 せめて苦しげだったら、せめて曖昧な言葉であれば、せめて目を逸らしてくれれば。グラルド卿は、フェナリを説得できた。説得する、余地があった。しかし、俯いたままその表情を見せないフェナリは、されどグラルド卿を真正面に見据えているのだ。


「『化け物』の命まで、護る必要がありますか」


「――――」


「いつ、その力が暴走するかも分からない。もし暴走すれば、一部の人間以外にはその暴走を止めること自体が出来ない。暴走を止められなければ、恐ろしい被害が出る。……グラルド卿ですから明言しますが、私は武力の乏しい小国程度なら一人で滅ぼせます。それが、私です。――それが、『化け物』です」


 フェナリの言葉には、確信があった。自分の力に対する、圧倒的な自負。何度か覆された、その程度では揺るがない、自分の力の絶対性。それは、恐らくフェナリと言う人間を形作りながら、同時に彼女を苦しめている最大の要因でもある。

 自分は強い。だから、自分が敵に回った時の脅威も理解できる。自分の存在自体が利敵であるなら、フェナリは自分の存在自体をなくそうともするのだ。


 ――フェナリは強い。覆せない、事実だ。

 しかし、その事実とともに存在する、もう一つの事実もある。


「――ですから、ここで私を殺してください。グラルド卿」


「小国、か。小さく出たな。――俺ァ、ホカリナだって滅ぼせる」


「それは――グラルド卿は強いですから、事実かもしれませんね」


「俺ァ、千人の一般騎士相手に、独り勝ちできる。馬車で一日程度の距離が離れていよォが、戦闘の気配を感じ取ることが出来る。『幻術』だッて、見破れる。ギルストの王族だろォが、理由があれば、殺す必要があれば、殺せる」


「――――」


 自分の強さを、言葉を尽くして表現するグラルド卿。その言葉に、フェナリは初め純粋に困惑していた。しかし、グラルド卿の最後の言葉に、息を詰める。

 ただ、事実であろうとも思った。グラルド卿の実力は、未だ自分でも越えられていない未知の領分。それだけでなく、グラルド卿の立場も考えれば、王族に近づいて弑逆することは簡単だろう。


「嬢ちゃんが『化け物』ッてんだッたら、俺ァどうなる」


「グラルド卿、は――牙を剥く可能性がないでしょう」


「いや、ソレは違ェな。王族も国家も、俺ァ大嫌いだ。俺ァ悪友の頼みを守るだけで、ソイツが死んだときは知らねェ」


「それ、でも――グラルド卿は」


「いいかよ、嬢ちゃん。――自分を否定するために論理を組み立てるなんざ止めちまえ。認めろよ、俺も嬢ちゃんも、まッたく変わらねェ『化け物』なんだ」


 フェナリが国を滅ぼせるような超越的な力を持ち、いつか暴走する可能性を孕んでいる。だからフェナリは『化け物』だ。だと言うなら、グラルド卿も何ら変わらない。

 その身に有する力はフェナリをも越え、アロンという存在の有無に依ってのみ国に殉ずる。フェナリを『化け物』と呼ぶなら、グラルド卿も『化け物』と呼ばねばなるまい。


「っでも! 私には既成事実がある! 操られ、味方のはずの方々に、刀を向けた――事実が!!」


「知らねェよ。それが嬢ちゃんのすべてを否定するッてんなら、アロンが俺に下す最初の命令は嬢ちゃんを殺せ、だッたはずだろォが」


「――ぁ」


 フェナリが『敵』になったと知って、アロンがどんな判断を下し、どんな作戦を講じ、どんな結果を求めたのか。フェナリは知らない。

 けれど、一つだけ分かることがある。


 ――アロンは、フェナリを殺そうとはしていなかった。

 もしも、アロンがグラルド卿にフェナリの制圧や殺害を命令していたならば、今自分が死んでいないことが矛盾だ。グラルド卿なら、当然のようにフェナリを殺せるはずなのだから。


 アロンは、フェナリを『敵』だと認めていなかった。フェナリがしてしまったことも、すべてを知りながら――。

 それは、フェナリがしてしまったことが、少なくともアロンにとって赦せることだったということで。


「アロンも、シェイドも――その他知らねェヤツらも全員、嬢ちゃんを取り戻すために動いたんだ。嬢ちゃんを、殺すためじゃねェ。それこそ、事実だろォが」


「――でも、私は『化け物』で……いつか、誰かの害に……何かを壊すのは、怖がられるのは……」


「諦めろよ。嬢ちゃんが死にてェとして、死んだほうが、なんてバカを考えたッて、誰も死なせちゃくれねェんだ」


「――――」


「嬢ちゃんが赦せねェ自分を、赦す人間がいる。なら、ソイツのために生きるッてのも一興だ。そォだろ?」


「――。そう、ですね」


 ふと溢れた、納得の言葉。そこで、グラルド卿はこの話し合いの結実を見た。

 手合わせをしたときの延長戦のようなものだ。フェナリに、自分の命を大切にさせるための話し合い。それが、ようやく終わったのだと、グラルド卿は珍しく安堵して――、



「グラルド卿――安易に、死ぬのは辞めます。ですが、その代わりに」


 嫌な予感が、グラルド卿の背筋を通った。

 ――そんな気がした。


「私が真の意味で『敵』になるとき――グラルド卿が私を殺してください」


 その言葉に、グラルド卿は「んなときは来させねェ」とだけ、返した。そうとしか、返せなかった。


お読みいただきありがとうございました!

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